兄の心妹知らず
「わあ、結構混んでるね」
演劇が終わった後。姉さんや小笠原さんと合流した俺たちは、姉さんの提案で美術部へと足を運んだ。
美的センスの無い俺では展示品の良し悪しなど分からないが、目的は美術部員による似顔絵コーナーだ。
幾つか参考の絵が置かれているが、描き手が違うのかデフォルメされたものと写実的なものとが混ざり合い中々にカオスな空間となっている。
「あ、小笠原さんだ」
「小笠原さん……まさか似顔絵希望!? 描く描く私が描く!」
「じゃあお兄さんは私が描きたい!」
「いえ、ここは副部長の私が!」
そして入室するなり大人気な小笠原兄妹。
美形だもんなぁ。妹はちょっと恐いけど。
「五月蝿い。私たち以外にもお客さんいるんだから集らないで散りなさい!」
一喝に定評のある小笠原妹。多分根っからの委員長体質なんだろうな。
「今空いてるのは二人だけかな。じゃあユウコさんとアユが先に描いてもらうと良いよ」
「お願いしまーす」
小笠原さんの言葉を受けて笑顔で美術部員の前に座る姉さん。
「……お願いします」
対して『我不服也』と顔面にはりつけている小笠原妹。対面の美術部員が苦笑している。そのふてくされた顔を再現するのかフィルターをかけるのか、中々に注目の一番である。
「カズマくんはこういうのは苦手じゃ無いのかい?」
「……特には」
二人が座ったのを見計らったように、小笠原さんが話しかけてくる。
思えば姉さんの行動も謎だけどこの人も謎だ。姉さんと張り合えるレベルのシスコンなのは間違いないが、ならば何故その妹を俺に会わせようとするのか。
「まあ君なら大丈夫かなと思ったからだね」
何も言ってないのに返事を的確に返してくる小笠原さん。
妹と言い小笠原家の人間はサトリか。
「もう知ってると思うけど、アユは男嫌いでね。星陵を選んだのも女子校だからってくらいだし、家族以外の男の知り合いは皆無なくらいの重症なんだよ」
小笠原妹の男嫌いが予想以上な件。
男の知り合いが居ないって、それは男嫌いで済ませて良い問題なのか。
俺には同性の友達すら居ないけどな!
「僕としては虫が寄ってこなくて良いかなと思ってたんだけど、高校に上がってもコレだと将来が心配になってきてね。何とか男性不審を払拭できないかと思って、ユウコさんと相談して君をぶつけてみた」
何そのなるようになるさと言わんばかりの大雑把な作戦。
というかどう考えても人選ミスだろ。自慢じゃないが俺は人付き合いは壊滅的だぞ。
「だからこそかな。アユの男嫌いの原因を考えると、お喋りで軽い男より、無口である意味重い君の方が良いと思ったんだ」
「……原因?」
原因が分かっているなら確かに対処法もある程度は分かるだろう。だが俺みたいなのが必要になる原因とは何なのか。
「アユはあの通り可愛いからね。小学生になる頃にはモテモテだったんだよ。だけどまあ君にも経験があると思うけど、小学生男子というのは馬鹿の代名詞みたいなものでね」
否定はしないが、男子は思春期に入る前も安定の馬鹿なのか。果たして男子が馬鹿じゃない時期は存在するのだろうか。
「好きな子を苛めちゃう馬鹿が定期的に発生してね。しかもアユはあの通り堅物で冗談が通じない性分だ。男子は好きな子を苛めちゃうんだよと諭した結果返ってきた答えは『男子は馬鹿なのね』という理性的かつ容赦の無いものだった」
「……」
その小笠原妹は本当に小学生か。
だが何となく分かった。小笠原妹は多分精神年齢が他の同年代の子供より高かったんだろう。
そういう意味では、馬鹿と判断したのが男子だけで済んで良かったのかもしれない。
「僕がユウコさんに告白したとき、君はお姉さんにアドバイスしたらしいね」
「……はい」
急に話題が変わった。というか何故知っている。
「その話をユウコさんから聞いて君に抱いた印象は、慎重で思慮深いというものだった。……予想以上に無口なせいで、アユは気付いてないみたいだけどね」
「……」
大体分かった。
要は『馬鹿じゃない男子』を小笠原妹に会わせて、男嫌いを治そうとしたのだろう。
しかし肝心の俺のコミュニケーション能力に問題がありすぎて、思った通りに事は運ばなかったと。
「……すいません」
「君が謝ることじゃないさ。それに思惑は外れたけど、アユは君を拒絶はしなかった」
確かに拒絶はされていないが、世話をされているというか呆れられているというか。
……そうか。俺がヘタレ過ぎて小笠原妹の委員長体質が良い方向に発揮されたのか。
「そういうわけだから、これからもアユと友達でいてくれないかな。……君にとっては苦手なタイプの女の子だろうけどね」
「……」
そう言って笑う小笠原さん。
何もかも見透かされてる。それが何だが恥ずかしくて、何も言えずに視線をそらした。