ただしイケメンに限る
最初は不安だったものの、喫茶店は特に問題なく回りもうすぐ昼という時間になった。
片隅の席でオブジェと化していた斎藤くんはひたすら携帯弄ってた。もうよく電池もつなというくらい。
クラスメイトも興味はあるが話しかけづらいらしく、思っていたほど絡まれなかった。たまに勇敢な人が何人か突撃してたけれど、その眼力と無言の圧力に屈しスゴスゴと退散。
流石の仏頂面。まあよく観察してたらヘタレっぽいのが最近分かってきたけど。
そうしてシフトが終わりようやく解放される。
そう思ったところで奴は来た。
「邪魔するよアユ」
「邪魔するなら帰って」
「はいよー……って吉本!?」
限りなく本気なネタにノリツッコミを決めてくる兄さん。
ツッコミはいらん。そのまま波に乗って何処かへ行け。
「あ、小笠原さんのお兄さん!」
「いらっしゃいシュウさん!」
「お久しぶりですお兄さん!」
しかし私の願いも虚しく、兄に気付いたクラスメイトたちの波が兄を教室に引っ張りこむ。
妙に人気があるのは無駄に整った容姿のせいらしい。私がいくらその変態性を語っても『※ただしイケメンに限る』が発動して問題にされやしない。
きっと兄さんが斎藤くんのような性格でも、根暗ではなくクールだと囃したてられるのだろう。
世の中は不公平である。
「……そういえばユウコさんは?」
「友人がここの生徒だったらしくてね。積もる話もあるだろうから先に来たんだよ」
それはまた珍しい。
この学校は中高一貫なので、高校に上がってもあまり外部校に友人ができずらい。
一体何処で知り合ったのか気になるが、あの人懐こいユウコさんだからそういう事もあるのだろう。
「やあカズマくん。待ったかい」
「……」
片手を上げて話しかける兄さんに、斎藤くんは無言でペコリと頭を下げる。
意外と言えば意外だが、斎藤くんは結構兄さんに気を許しているらしい。ウザくないのだろうかと思ったけど、ユウコさんで馴れているのだろうか。
……実の妹の私はまったく慣れないけど。
「お兄さんもお知り合いなんですか?」
「それは勿論。未来の義弟だからね」
何を言ってるのかこの兄は。
まだ高校生だと言うのに、ユウコさんと結婚するのは決定事項らしい。
先走りすぎだとは思うけれど、まあ有り得なくはないのだろう。というかこのシスコンとあのブラコンは、お互い以外にお互いを受け入れられる変人は居ないかもしれない。
『……』
そんな事を考えていると、教室が妙な静けさに包まれていることに気付く。
何事? そう疑問に思い、すぐに理由にたどり着き頭が痛くなってきた。
クラスメイトは兄さんに恋人がいて、その恋人の弟が斎藤くんだとは知らないのだ。
ではその前提条件が無い状態で、先程の『未来の義弟』発言はどのような意味に聞こえただろうか。
「……お兄さん公認!?」
「しかも結婚前提!?」
「あんなに否定してたのに!?」
「ツンデレ乙!」
「ご結婚おめでとうございます!」
数瞬の後に爆発したように騒ぎ出すクラスメイトたち。
もうしんどいので相手をしたくない。
「もう私に見えない何処かで兄さん死ねば良いのに」
「目の前で死ぬことすら許されないのかい僕は?」
さすがに騒ぎの原因が自分だと分かっているのか、ツッコミに勢いがない。
そして勢いという言葉には無縁なもう一人の当事者はどうしたのかと視線を向けると。
「……」
無言のままズリズリと教室のさらに隅っこに移動していた。心なしか無表情ながらも泣きそうだ。
流石斎藤くん。外見からは予想できない見事なヘタレっぷりだった。