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ある少年の日常

人ならざる者、吸血鬼(ヴァンパイア)

彼らは、人の血を糧に生きる。だが、そんな彼らを糧にする者が生み出された。

それが、俺。

血に飢えた猟犬。その牙が、今宵も夜の闇に紅き花を散らす。



街外れの森の中にある教会の廃墟。そこに、俺はいた。

俺の持つ剣先にいるのは、一人の男。

片腕片足を切り落とされたその男は、恐怖に染まった瞳で俺を見上げていた。

そんな化け物を見るような目は止めて欲しい。いや、間違ってはいないのだが、あんたも化け物の仲間だろう。

「なぁ」

「ひっ…」

…声をかけただけで怯えられた。そのことに少しむっとしながらも、俺は言葉を続ける。

「あんたさぁ、吸血鬼の王って何処にいるか、知ってる?」

「し、知らない!俺みたいな混血が、知ってる訳ないだろ!」

「まぁ、だよなー」

この世の中、元々数の少ない吸血鬼が純血のまま生き残るのは難しいらしい。だから、この男のような人間と混血の吸血鬼が多いのだという。

俺が探しているのは、そんな半端者じゃなくて純血なんだけど。

「じゃあ、あんたに用はないや」

あっさりそう言って、俺は剣を振り上げる。すると、

「待ってくれ!殺さないで!」

と、まぁ、みっともない命乞いを始めた。

片腕片足だけの状態で生き残ったところで、意味があるのだろうか。尤も、そうしてしまったのは俺自身なのだけど。

めんどくさいな。

男の命乞いを右から左へと聞き流しながら、俺はそう思う。だから、一旦止めていた手をあっさりと振り下ろした。

散った返り血が、俺の服や頬にべったりとつく。

無造作に頬についた血を拭って、拭った手についた血を舐める。

「まず…くはないけど、美味しくもないなぁ。やっぱり、この程度の小物だとこんなものなのか…」

動かなくなった男を見下ろしても、正直食欲は湧かない。

いや、まぁ、普通の人間であれば湧くはずもないのだが。そこが、俺が普通の人間と違うところだ。

俺は、吸血鬼を糧に生きる存在だ。そうなるよう、作られた。普通の食事では味を感じず、飢えを満たすのは吸血鬼の血と肉。

だが、それは純血の吸血鬼でなければ意味がない。この飢えは純血の吸血鬼でないと満たされない。それもまた、調整された結果なのだけれど。

俺を作った人が求めているのは、純血の吸血鬼で。それも、その中でも吸血鬼の王だ。

「まぁ、いいや」

多少食べなくても、生きていけるから。

そう思考に結論付けて、俺は人目につかなさそうな場所を見つけて素手で穴を掘り始める。

ほどなくして、人一人が入れる程度の穴が出来上がる。そこへ男の遺体を引き摺って来て放り込んだ。

放置しておいて騒ぎになっても面倒だし、自分で殺したのだが一応弔ってやった方がいいだろう。

不自然に見えない程度に土をかけ、俺は一息吐いた。そして、自分の体を見下ろせば、血と土で汚れた何とも薄汚れた姿をしていた。

「またあの人に怒られるかなぁ…」

そう呟いて、仕方ないと思い直して俺はその場を離れたのだった。



街の中心部にある高級住宅街。人目につかないようにしながら、俺はその中の一つの屋敷に帰って来た。

「ただいまー」

返事がないと分かっていつつ、俺は声をかける。それから、一階の奥にある部屋へと向かった。

ノックもせず入った部屋の中には、誰もいなかった。代わりに薄暗い部屋には、俺には分からない機械がたくさん置いてあった。

そちらへは特に目も向けず、俺は奥の壁の前へと向かう。傍目分からない位置にあるボタンを押すと、壁の一部が開いた。その奥には、地下へと下りる階段が続く。

そこを下りて行くと、地下には広い空間が広がっている。その中央には、人一人が入れる程度のカプセル状の機械があった。

その中、緑色のジェルに包まれて横たえられているのは、一人の美しい女性だ。

それは、俺の母だった人。五年も前に病気で死んでしまった。

彼女が死んだ時のままの姿を保っているのは、父の作ったこの緑色のジェルのお陰だ。

何故父が彼女をこんな風に保存しているのかと言えば、どうも彼は彼女を生き返らせようとしているらしい。そのために、俺も作られたようなものだ。

一度死んだ人間を生き返らせるなど常人の考えることとは思えないが(常人でない俺も考えない)、父は本気なようだ。我が父ながら理解出来ないし、しようとも思わない。

カプセルの横に立って母の姿を見下ろしながらそんなことを考えていると、

「ここで何をしている」

そんな感情を抑制したような低い声が背後から聞こえた。

気配で気付いていた俺は、特に驚くことなく振り返る。立っていたのは、白衣を着た一人の男。

俺を作った張本人である俺の父だ。

「許可なくここに立ち入るなと言ったはずだ。それから、そんな薄汚れた姿で彼女の前に立つな」

「はぁ…、すみません」

気のない謝罪をしながら俺がカプセルから離れると、入れ替わるように父がカプセルに近付いた。

「…で?見つかったのか、王は」

こちらに視線だけを向けてくる父に、俺は緩く首を振る。

「まだですねぇ。大体純血の吸血鬼自体少ないのに、そんな簡単に見つかるわけ…っ‼」

頬に強い衝撃を受け、俺は地面に倒れ込む。数瞬遅れて殴られたことに気付いた俺は、しかし特に文句を言うこともなく俺を殴った手を拭いている父を見上げた。

「言い訳はいい。何の為にお前をそんな体にしたと思ってる。余計な輩を殺す暇があるなら、さっさと王を見つけて来い」

わざわざ拭くなら殴らなきゃいいのに。そんなことを考えていた俺は、その言葉に、

「はーい」

と間延びした返事を返した。そんな俺を、父は苛立った様子で睨み付ける。

その瞳に浮かぶ軽蔑と嫌悪の色に、俺は思わず内心笑った。

あんたが俺を作ったのにな。

所詮、父の目には母しか見えておらず、俺はただの道具という訳だ。

今更分かりきった事実を再確認しつつ、俺は立ち上がる。それから父には別段断りを入れず、その場を離れた。

父も、別段何も言うことはなかった。

一階へ戻った俺は、そのままの足で厨房へと向かう。味はしないが、多少腹の足しにはなる食事を作るためだ。

作ると言っても、切って炒めて終了なのだが。味も分からないから、味付けも必要ない。ただ、口に入ればいい。正直、生の野菜だろうが肉だろうが問題ない。

それでもこうして料理らしきことをするのは、少しでも人間の体裁をとるためだろうか。

人間でもないくせに。

そう考えて、俺は自嘲するような笑みを唇に乗せた。

作った料理をそのまま厨房で食べていると、珍しく父がやって来た。俺を見た彼は、

「…何をしている?」

と気まぐれなのだろうが問いかけて来た。

「…食事を」

「意味もないのに?」

「多少腹の足しには。…食べますか?」

「いらん。何が入っているか分かったもんじゃない」

そう言いながら、彼はコーヒーを入れ始める。そういえば、彼がまともな食事を摂っているところを久しく見ていない気がする。

まぁ、死んではいないから食べてはいるのだろう。

「別に、毒なんて入ってないですけど」

「さて、どうだかな」

あんたを殺しても俺に得はないんですけど。

そう思ったが、何も言わずに俺は食事を続ける。

殺されるのではないかという疑心を抱かれているのか。恨んでいると思われているのか。

そんなことは思ってもいないのに。いや、そんなことはおろか、何も、ただ一つとしてこの人対して何の感情を抱いていないというのに。

せいぜいあるのは、一応の父に従う義務感くらいだ。

「そんな意味のないことをするくらいなら、純血を探しに行け」

冷たく言い置いて、父は厨房を出て行った。最後の一口を口に放り込んだ俺は、立ち上がって二階にある自分の部屋へと向かう。

探しに行け、とは言われたが、今すぐに、とは言われていないので、少し休むくらいいいだろう。

部屋に入った俺は、適当に服を脱ぎ捨ててベッドに寝転んだ。全く眠たくはないのだが、無理やり目を閉じる。

間も無くして、俺は浅い眠りへと落ちた。

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