No.009 ちょっと提案があるんだけど
北舎4階、2年7組。
暫く開いていなかったこの扉を開く。
ガラガラと古い良い音がして中の景色が目に入る。
綺麗に並べられた机、深緑をした黒板にピカピカの教卓。
そして北舎の向こうは山、季節により色とりどりに変化するその山を窓から眺める人が一人。
星野 佳奈。我らユニットCHAINのリーダー。
明るく綺麗で美しいのに運動神経は学年1位、普段は眼鏡をかけ髪を下ろしているが、戦闘時になると一転、眼鏡を外し、髪を後ろで二つに結びその運動神経を生かしフィールド内を駆け回る戦士となる。
そんな彼女が今、普段とは違い悲しそうな表情で窓の外を見つめる彼女を俺は、見てはいけなかった気がする。
俺に気付いたのか、そのままの表情で振り返り、口だけを動かしニコッと笑う。
「和樹くんかぁ…どうしたの?私を迎えに来てくれた?」
「いや、何故かここに立ち寄りたくて」
これは本当だ、佳奈がここにいることは知らなかったし、何故かここに立ち寄りたくなったことも確かだ。
「そ」
と短く返事をし、少しだけ本当の笑みを零す佳奈。
教卓を通り過ぎ、黒板の前を通過し俺の元へ歩み寄る。
そのまま俺の横も通過し、後ろに着いたところで立ち止まる。
「和樹くんとの出会いはね…本当にビビったのよ?この子何か持ってる!って気がして。思わず引っ張ってきちゃったの。ここにね」
ちょっと嬉しそうに語り始める佳奈。
ユニットが見つからず、彷徨っていた俺をこのユニットに引っ張ってきてくれて、入れてくれた第一人者。
俺はそのことに対して物凄く感謝をしている。
今はメンバーと喧嘩して、あまり喋れない状況だけれども、こんなに楽しそうなユニットは一度も見なかった。
ビビっときたっていう理由だけど、そんな理由でもこのユニットに勧誘してくれたことは俺にとってはかなりの出来事だった。
「文くんはね、最初に出会ったとき、この人すごいって思ったんだ。心の底からすごいって。今まで私に勉強で勝てる人がいなかったからね」
神楽坂文と、星野佳奈。
この出会いは多分ライバルとして因縁付けられたものなのだろう。
「それで、運動だけは自信があったから、この人だけには負けたくない!って初めて本気でそう思えたんだ」
その結果が、運動では佳奈が1位、勉強では文が1位っていう順位を付けているのだろう。『神と星の戦い』、本当にそのレベルに等しいくらいの努力をきっと、二人は積み重ねているのだろう。
「香帆ちゃんはね、SRのすごい子って知ってたんだ、私SR苦手でさ、それで興味だけはあったから、色々と試合とか見ていて。正直この子と仲良くなりたい!って思った」
みんなと話していて、なんとなくわかった佳奈と香帆の仲の良さ。
何か、通じているものがある、そんなようなことを感じさせるような仲の良さだった。
「でも最初は喋りかけにくい雰囲気でさ、1年生の時はあまり喋ることができなかったの、だけど2年生になって運良く同じクラスになれて、無事友達になることができましたっ!」
俺が香帆と初めて会った時、物静かで清楚だなぁと思った。
しかしそんなことはなく、結構喋るし、殴ったりもする。
硬い雰囲気はなく、彼女には優しいふんわりとしたオーラが漂っていた。
「智也くんも知ってたの、刀使いで、運動神経も良くて。数少ない近接武器使いだから少しだけかっこいいとも思っていたんだ」
いつもテンションが高く、明るく、ちょっとバカで。
でもいつもその表情には笑いが絶えなくて、こいつにはついていけないって思ったけど、ここにいてほしいとも思った。
「それで2年1組の前でうな垂れているのを発見してさ、ついつい拾いたくなっちゃったんだよね~。ほら、香帆ちゃんや文くんだと場の盛り上げに少々人手不足でしょ?だから智也くんにピッタリだなぁって思ってね」
智也がいると、どこか張り詰めた、冷たい空気でも。解いて、暖めてくれそうな感じがする。ユニットのムードメーカーと呼ぶのに相応しいだろう。
「4人ともみんな私にとっては運命の出会いだと思うんだ、CHAINっていうユニット名も、天の川のユニットマークも、最初から鎖で繋がられていた運命だったって。そう思うと素敵でしょ?」
「あぁ。とっても………とっても、素敵だよ」
俺は素直に感想を述べる。
このメンバーが日向島に集まり、偶然にも星野に見つけられ、その星野がユニットを設立しようと思い、それぞれの頭文字を並べて、CHAINと天の川に決定する。
それが全て運命で仕組まれていたとしたら、それは如何に素敵なことなのだろうか。
「勝ちたいね」
佳奈が俺の隣に立ち、そっと呟く。その思いに答えるべく、俺も呟く。
「あぁ、勝ちたいな」
「でも、勝てるかな………?」
「勝てるさ」
不安げな表情を見せる佳奈に俺は自信を持って答える。
「勝たせてみせる。みんなの力で」
「みんな……くるよね?」
「当たり前だろ」
時計を見ると時刻は〔8:52〕。
「ほら、もうすぐ始まる。いくぜ?」
「あははっ。かっこいいー」
「からかうなよ…」
「にひー」
いつもの笑顔溢れる表情に戻る佳奈。
このままみんながいつも通りでいてくればと願う。
僅か設立して一週間のユニットだが、既にお互いのことをわかっているような感覚でいた。本当は文のように、何も誰一人として完全にわかっていないのに。
でも、だからこそ。知らないからわかることだってある。
誠心誠意を込めて、俺はそれを文に伝えなければならない。
俺は小さな決意と共に、2年7組の教室をあとにした。
□■□
「ねね、神楽坂っていう人でしょ?」「あー!あの成績優秀な?」
「んでも前の試合で何もしてなかったんだろ?」「それでメンバーを怒らせただとか」
校門をくぐる前からこの状態だ、俺の姿を見るなりひそひそと…。
早めに登校してなるべく人に会わないようにしようと7時に学校に着くようにしたのだが、それも意味なしか…。
あー、嫌だ。
別にこの人たちは悪口を言っているわけではないんだ。
それでも何故か自分の敵のように見えてしかたがない。
違う、敵じゃない。敵は決勝戦の相手だ。
そう思わないと平然としていられない自分が嫌だ。
「はぁ…」
自然と溜め息が出た。心を落ち着かせないと。
2年7組、自分のクラスでもあり、ユニットのメンバーが最初に集まった場所でもある。
早い登校時間の上に、今日は決勝戦ということで殆どの生徒が外にいる。
2年7組にも誰もいなければ良いのだが…。
ガラガラという変わらない教室のドアを開ける。
綺麗に並べられた机、深緑をした黒板にピカピカの教卓。
そして北舎の向こうは山、季節により色とりどりに変化するその山を窓から眺める人が一人。
天野 香帆。我らユニットCHAINのスナイパー。
俺に気付き、少し驚いた顔で俺を見つめる天野。
「………文、おはよ」
と言って少し微笑む天野。一瞬天使にも見えたその微笑みに、自然と俺も頬を緩める。
「おはよう、天野」
何故か久しぶりに笑った気がした、確かに最近笑っていなかったな。
騒がしい雰囲気は苦手だけど、笑いあって、和める雰囲気は寧ろ好きなくらいだ。
「………決勝だね」
「決勝だな」
いつの間にか、もう決勝まで進んでいた。
俺がこんな状態でも勝ち進み、優勝を目指している。
まるで昨日のことが今さっきあったような気がして、今からが決勝だなんて信じられなかった。
「………文ってさ、意外と弱い?」
その言葉に一旦思考を止める。
徐々に理解できてきたその言葉、意外に弱い?俺は弱いのか?そうじゃない、弱いから強くなろうとするわけだから、決して弱いっていうのは間違いではなく、でも弱いだなんてそんな………。
「あっ………ごめんなさい。でも、これは言わないといけない気がして」
「別に、いいぞ?ハッキリ……言ってもらえば助かるな」
今にも崩れそうになる顔を頑張って保ち、不安そうに見つめている天野に答える。
「………その、人間って生まれたときからある程度の強さって決まっていると思うの。遺伝とか、家系とか。そういうのもあると思うけど、元からの性格…癖、って言うのかな」
ある程度強さが決まっている?
なんだそれは、じゃあ、元から強い者は強くなれて、弱い者は弱いままっていうことなのか?
「それで、元から弱かったりする人は、自分が弱いって大抵分かっているの、和樹だって自分を追い込んだりするから、初日の試合のあとすっごい沈んでいるのが見てわかった」
自分が弱いって分かっている。それは当たり前じゃないか。
強いものを見せつけられて、あぁ、自分はなんてダメなんだ。
そう思ってしまうのが普通じゃないのか?
「でも……それが性格とか、癖とかなら、直すのはそんなに簡単なことじゃない。だからね、認めたくはないとは思うけど、仕方ないことなんだと思う」
弱さが、性格、癖で出来ている。
もしそれが本当ならば、自分を変えなければ直すなんて無理じゃないか。
でも俺は自分の弱さが仕方ないで済ませることができない。
あの5人を傷つけない強さがほしい。
こんな状況でも平然といられる自分がほしい。
「だけど、弱さが性格とか癖にあるならば、強さも性格とか癖とか、もっと言えば取り柄とかにあると思うんだ。単純に力が強いのも取り柄、仲間を守ってあげられる強さも取り柄、どんな状況でも笑っていられる強さも取り柄、そう考えると人間ってみんな弱さがあって、強さがあると思うんだ」
性格、癖、取り柄に強さと弱さはある。
じゃあ、俺の性格ってなんだ?癖って、取り柄ってなんだ?
そんなこと一度も考えたことがない。
考えられない。 分からない。
「和樹ってすごいなーって思った、私もこのことは和樹の言葉を聞いてから考えていたんだけどね、私がさっき言ったこと全部和樹はわかっているのかなーって思うと、普通にすごいって思った。だから、強さを求めるには、自分を理解して、自分を”受け入れて”そこから、弱さと強さを見つけて、行動すればいいと思う」
・・・そうか、そういうことなのか。
自分を受け入れて、自分を見つける。
弱さも、強さも認めた上で、その弱さをどのように補い、どのように強くなるか。
それを自分で考える。
そのことを母さんはできる、と自信をもって言ってくれた。
あぁ、やっと理解できた。
「………わかった?文」
「おう、すっげぇわかった。ありがとな、天野」
「お礼なら和樹に言って、和樹の言葉で私はわかったんだから」
井上が俺に殴りかけながらも訴えたその言葉、それを天野が理解し、俺に伝えてくれた。
かなり遠回しになったけど、やっと理解できたよ。
――――ありがとう、井上。
「ちょっと提案があるんだけど」
「…なんだ?」
「今日の決勝戦だけど・・・」
□■□
俺と佳奈は一緒にユニ棟の西側に向かった。
ユニ棟周辺は最近ずっと工事をしていて、ユニ棟がやっと工事が終了したくらいだ。
その工事の一つが今回の新フィールドだったってわけか。
西側に広がる大きな山は、元々ここにあった島の名残だ。
人工島なのだが、元々この場所にあった島を拡大し、人工的に住みやすくしたっていうのが本当で、山や、その山から流れる川、砂浜などはそのまま残してある。
来る途中何度も何度も話しかけられたが、知らない人に対しては「試合前なんで」と言ってなんとか切り抜けた。
真新しい入り口を見つけ、そのすぐ目の前にあった木の陰に入り9時になるのを待つ。
周りを見渡せば人ばかりだが、入り口の近くには決勝進出ユニットに配慮してか、あまり人は集まっていない。
新フィールドはかなり大きく、それを更に上回る灰色のシートが上から覆いかぶさっており、中が見えないようになっている。
「みんなこないねぇ…」
佳奈が一人呟く。今の時刻は〔8:53〕となっている。
説明の7分前、試合開始の22分前だ。
みんな、来てくれれば良いのだが…。
「あっ、きた!」
佳奈の声色が変わり、立ち上がる。見ている方向を俺も見てみると、そこには香帆と一緒にしっかりとした足取りでこっちに向かってくる文の姿が見えた。
良かった、文が来てくれた。
しかもその表情は明るく、何かこう、吹っ切れたような表情をしていた。
一日前の暗さとは正反対に、嬉しそうな表情に俺は安心する。
「心配したよー!」
と言いながら香帆に抱きつく佳奈。一瞬肩に力を入れるも、すぐに抜いて抱きつかれる香帆。なんとも微笑ましい光景だ。
「井上、おはよう」
香帆と佳奈が抱き合う姿を見ていた俺の隣に立つ文。
「おはよう文。その、昨日はすまなかったな」
「許さねぇ」
「おう………って、え?」
許さないって、やはりまだ昨日のこと怒っているのか?
戸惑う俺を見て少しからかうように笑い、言葉を続ける。
「だから、優勝して仲直りだ」
優勝して、仲直り…。いつの日か文と交わした約束。
俺はそれを忘れていた。
あぁ、やっぱり文らしいや。しっかりと覚えていやがる。
「おう」
俺は短く返事をし、元に戻りつつあるその鎖を、少し誇らしげに見ていた。
『九時になりました!決勝戦の説明を行います』
校内に響くアナウンス。時刻は9時、しかしCHAINは全員集まっていなかった。
智也がいない。
どうした、何があった。まさか襲われたか?しかし返り討ちにしてやると意気込んでいた智也だ。そんな襲われたくらいで遅れるような奴ではない。
「落ち着け井上、今は説明のほうが重要だ。試合開始までは15分ある、そのうち来るさ」
そのうちって言われても、まだあの5人が何をしてくるかわからないこの状況で落ち着いてなどいられない。
そんな俺を知ってか知らないか説明は始まった。
『それではまず、決勝戦のフィールドをご紹介しましょう!【城下町】です!』
校長先生が右手で、灰色のシートに覆われたフィールドに合図すると、どこからかヘリの音が聞こえてきた。
その音は段々と大きくなり、やがてヘリは姿を現した。
俺たちの反対側に待機していたと思われるヘリが飛び立ち、繋がれた灰色のシートを上空へと持ち上げる。
そして隠されていたそのフィールドの全貌が明らかになる。
入り口からじゃ見えないが、そこでもはっきりと分かるものが一つ。
城だ。壁は白く瓦は漆黒で、石垣が積まれたその建造物を城以外になんと呼べよう。
『『おぉぉぉおおおおおおおお!!!!!!!』』
周囲から歓声があがる。
それもそのはず。この再現度は、ここだけ戦国時代にタイムスリップしたかのように詳細に精巧に作られていた。
「………すごい」
香帆の口からも感動の声が漏れる。
こんな場所で俺たちは最初に戦闘を行うことができるのだ、戦国時代に現代の武器で戦うっていうのもおかしな気がするけど、それでも戦闘を行わず見ているよりは、戦闘を行って楽しんだほうが絶対に良いはずだ。
『複雑な道で形成されたこのフィールド、真ん中には大きな城が聳え立ち、そこに入る事も可能です。しかし城への入り口は一つしかないのでご注意を。町には川が流れておりそれを渡る橋も設置してあります。その橋は3つありそれぞれ正三角形を描くような位置関係にあります。その橋の前がスタート地点になり、橋を渡って町へ入ることができます、町の中心にある城をどのように生かし、複雑な地形をどうやって乗り越えるかが勝負の鍵となっております。尚、MAPの使用は可能です。なので最初に地形を把握するのも良いでしょう、フィールドの説明は以上です』
なるほど、MAPが使えるっていうことは最初から位置把握と地形の把握ができるのか。
説明によると、城下町の道は複雑だという。
中学の頃に敵の侵入を少しでも遅らせるために曲がり角を多くした城下町が多かったという話を覚えている。多分それなのだろう。
更に城の中に入れるということは、そこから相手の位置把握や指示が的確に出せたりする。あの城を如何に早く占拠できるかというところが勝負の鍵となりそうだ。
『次に戦闘形式についてです。今までは2ユニットずつ戦闘を行ってきましたが、今回は3ユニットでの戦いです。勝利条件は3ユニットのうち、1ユニットだけが生き残ることです。例え3ユニット15人の内、1人だけが生き残ったとしても、その最後の1人が所属しているユニットが勝利となります。使用武器、その他ルールなどは今までと同様変わりません』
生き残り、つまりサバイバル戦だ。
3ユニット中2ユニット全員が倒され。残り1つのユニットが例え1人であろうとも勝利。
敵の人数も増えて、倒さないといけない人数も増えた。
【迷路】のように狭いわけでもなく、【交差点】のようにだだっ広いわけでもない。
【草原】のように障害物がないわけでもない。
未知の領域で行われる戦闘に俺はワクワクを隠せないでいた。
「いたっ!井上!」
突然人込みの中から俺を呼ぶ声が聞こえる。
「健太か!見ろよあの城!今から戦うんだぜ、あそこで!」
「そんなことはどうでもいいんだよ!とりあえずCHAINの人たちも来てくれ!」
健太をよく見てみると汗だくだった、余程急いで俺達を探していたのだろう。
俺達はそのただならぬ嫌な予感を感じ取り、顔を見合わせ、走り出した。
燐火:はい、おはこんばんにちわー。
ガンコン九話目は、前回と同じく決勝目前となっている場面です。
美帆:いやー無事神楽坂が復活してくれて良かったですね!
それに佳奈のメンバーに対する思いなども聞けてちょっと嬉しかったです。
燐火:井上がちょっと格好つけてましたがまぁそれは置いといて。
次回はいよいよ決勝戦です。
明かされた未知のフィールド【城下町】
そこで行われる予想外の戦闘!?そして最後の健太の呼び出しとは!?
美帆:えっ・・・あっ・・・私の台詞は?
燐火:あっ・・・と、ということで!
美帆:オイ、ちょっとまてぃ!!
燐火:次回もお楽しみに!今後ともどうぞよろしくお願いします!!!