No.016 カキ氷早食い選手権
ガガガガガガッッッ!!!!!
カキ氷製造機の氷を削る音がリビングに響く。
俺達は今、1階にあるリビングの窓を開け、そこから足を出し和風庭園を眺めながら、カキ氷の完成を待っている。
左から、佳奈、香帆、智也、文、俺という風に並んで、みんな外を眺めていた。
夏の風物詩。風鈴の音と、遥か向こうに見える入道雲に夏を感じながら癒されていた。
特に何かをするわけでも、話すわけでもなく。ただ景色を眺め、自然に体を委ねている。
景色と音色、この癒し要素に「この瞬間がいつまでも続けばいいのに」と思ってしまいそうだ。
しかし、こんな癒し要素に囲まれながらも、夏という季節は暑い。この心地良さを邪魔するものは紛れもなく暑さしかなかった。
そして、それに対抗すべき手段が、
「カキ氷できたわよー」
「待ってましたぁー!」
逸早く、結さんの声に反応した智也が歓声を上げる。
夏の暑さを打ち消してくれる魔法の食べ物、カキ氷だっ!
「私イチゴシロップもーらいっ」
「………じゃあ、私は抹茶かな」
なんでもこの氷は、現代にはあまりない氷屋から直接買い。天然水で出来た完璧な自然の氷を豪快にも砕いて作っているらしい。
その超豪華なカキ氷に、女子の二人はまさしく女子らしいシロップを選んでいた。
「俺はメロンで」
「僕はレモン!」
「「合わせてメモン!!」」「「いぇーい!!」」
一方、文と智也はそれぞれメロンとレモンを選び、お互いのカキ氷に手に取ったシロップをかけあい、ハイタッチしてよくわからないカキ氷を作っていた。
メロンの緑とレモンの黄色が混ざって色的には黄緑っぽい緑だ。
そして一連の流れを見ていた女子二人は、若干引いていた。
特に佳奈は「食べ物で遊んじゃダメだよー?」と言って注意していたが、それに対する智也は「違う!カキ氷は芸術だっ!」と、もっと訳が分からないことを言っていた。
俺は、と言うと。特に好きなシロップとかなかったので、王道のイチゴにした。
かけ終わると、全員で再び窓際に座り『『いただきまーっす!』』と一言。
スプーンで一杯分の氷をすくい、口に入れる。
冷蔵庫で作る氷とは全くの別物で、口に入れた瞬間とろける様な触感と一緒に口の中全体に広がるイチゴシロップの甘み、すぐに溶けてしまいまた一口、また一口とスプーンが止まらない。そして何故か、自然の氷はカキ氷恒例の【頭にキーンとくる】ということがなかった。
一味違うカキ氷に感動しつつ、一杯目を終える。
どうやらみんなはしっかりと味わって食べているようで、まだ半分も進んでいない。
お替りしようか少し迷ったが、みんなを待つことに。そしてその間、みんなの顔を観察することにした。
一番奥にいる佳奈は【頭にキーンとくる】現象が来ないことを不思議に思っているのか、全く別のものを見るような目でカキ氷の入ったガラスの皿を眺めながら、ゆっくりとイチゴカキ氷を口に頬張っていた。
その隣にいる香帆は、まるで子どものように無邪気で、上機嫌に満面の笑みを浮かべながら抹茶カキ氷を口に運んでいた。そういえば、香帆は俺の部屋であったお菓子争奪戦の時も、みんなが真剣に取り合う中、一人嬉しそうに、楽しそうにお菓子を食べていた。よほど甘いものが好きなのだろう。
そして中心にいる智也は、目線を向けた時には謎のカキ氷メモンは食べ終わっていた。寂しそうにガラスの皿を眺めたかと思うと、次の瞬間「いただきっ!」と言いながら香帆の抹茶カキ氷を横取りした。
不意を突かれた香帆は、負けじと智也のカキ氷を奪いにかかろうとするが、もうすでにない。それを確認した香帆は、次の段階へ移ったのかお皿を置いて無言で立ち上がる、そして智也の前に立ったかと思うと、
「………かえせっ」と言いながら智也の頭に手刀を入れた。
かえす前に(といっても返すタイミングも物もなかったが)攻撃を受けた智也は、
「うぅ…【頭キーン】より痛いよこれ…」
と、唸っている。
そのことを面白そうに眺めながら、同じく謎のカキ氷メモンを食べ終わっていた文は、とっても楽しそうだった。一ヶ月前の文を思わせない、屈託のない笑顔だった。
「楽しそうだな、あいつら」
今も「かえせっ」と言いながら智也の頭に手刀を入れ続ける香帆とそれを受けて唸り続ける智也を見ながら、文が俺に喋りかけてきた。
「そうだねー…、何も知らない人から見たらかなり一方的なイジメだけどね」
「ハハ、そうだな。止めておくか。 オーイ中川、天野に新しいの作ってきてやれー」
文が智也に命令をすると、「その手があったか!」と蹲っていた頭をあげて、リビングへと向かっていった。文の仲裁に香帆も手を止め、そのまま腕を組み智也の帰りを待った。
やがて智也が新しいカキ氷を持ってくると、香帆は信じられないほど早いスピードでカキ氷を完食し、一言。
「………かえして」
智也がカキ氷を持ってきて、この発言まで僅か2分足らず。
「なにっ!? 意外にも香帆りんはフードファイターだったりするの!?」
「………このカキ氷なら、体が冷えない限り何杯でもいける!!」
このカキ氷…とは? あぁ、なるほど。【頭にキーンとくる】現象がないこのカキ氷なら、かなりのスピードでカキ氷を食すことができるってことか。
「へぇ…!! ならば香帆ちゃん私と勝負しようじゃないかー!!」
「おぉ…!? 佳奈が参加するなら俺も参加しようかな。よし、中川。俺と星野もついでに作ってこい。もちろん天野も、だ」
何故か香帆に勝負を申し込んだ佳奈と、何故かライバル心を燃やし始めた文が『カキ氷早食い選手権』に参加することになった。
「それと中川も参加しろよー」と智也も強制参加させられ、俺以外のメンバーのカキ氷が用意され始めた。
・・・あれ?俺の存在は?文、もしかして忘れて―――
「あ、あぁ。井上忘れいてた。中川、追加で井上のも用意してくれー」
―――忘れていやがったぁ!
ハハッ、こうなったらとことん勝負してやる。一番になって俺を忘れていたことを後悔させてやるよ…!
「よし、ルール説明だ。まずスタートの合図は母さんにやってもらう。母さんにはその後随時全員がダウンするまでカキ氷を作り続けてもらう。次にカキ氷だが、シロップは公平にするために全部イチゴシロップだ。皿の大きさ、スプーンのサイズなどは全て同じにする。あとは各自、体調を崩さない程度に真剣に挑むことだ。勝利条件は、自分以外のみんなが、ギブアップすること。以上だが質問は?」
「「「「なしっ!!!!」」」」
「ならば位置に付け」
見た目はシンプルそうで、実際の中身もシンプルなこの戦い。
場所はさっきカキ氷を食べていた窓際で、最初の並びと同じだ。
まぁ日が当たってカキ氷が溶けてしまいそうだけど、耐久戦なので少しでも暖めてくれるとありがたい。
そしていよいよ、最初の一杯目が渡される。
夏の太陽に照らされて赤みが増し、氷が光を反射してとても輝いて見える。
「じゃあ、結さん合図お願いします」
「はーい、じゃぁ―――」
結さんの声と共に、辺りが静まり返る。
何故か湧き上がってきた緊張で、セミの声すら耳に入らない。
急に汗が噴出してきて、ガラスの器が手から零れ落ちそうだ。
ちょっとした緊急事態に陥った俺を知ってか知らずか、
「よーい スタートッ!」
始まってしまった『カキ氷早食い選手権』。俺はスタートの合図と共にスプーン一杯に、イチゴシロップのかかった氷を掬い、口に放り込む。イチゴの甘さを味わう前に、次の一杯をまた放り込む。
氷の冷たさが喉を通り、体内を冷やしていく。
しかしそれと同時に、カキ氷をスプーンで掬い口元へ運ぶという単純作業でも、夏の暑さが加われば、かなりの汗が吹き出る。
体の中は冷えているのに、汗をかくという不思議な感覚に襲われながら、一杯目を食べ終わる。
「おかわりっ!」
と叫ぶと同時に、結さんが俺の元へカキ氷を持ってきてくれる。
既に作ってあるようで、奥のテーブルには透明なガラスに入ったカキ氷がいくつか見える。
俺がおかわりした時点で、香帆は2杯目の半分くらいまで進んでいた。
それに負けじと、佳奈と智也も2杯目に突入している。
一方文は、まだ一杯目の途中みたいで何故かマイペースだった。
シャリシャリッシャクシャクッ
とカキ氷をスプーンで掬う音が、辺り一帯に響き渡る。
みんなの状況を素早く確認して、また2杯目のカキ氷を口の中に放り込み始める。
段々と冷たさにも慣れてきて、汗もそこまで気にしなくなってきた。
ここからペースを上げれば、まだ勝機はあるかもしれない。
「おかわり~」
ここで、やっと文が一杯目を食べ終わる。
そしてその約10秒後、香帆が2杯目を食べ終わった。
香帆と文の差は、一杯分も空いてしまっている。
文はどうやって勝つつもりなのだろうか…?
何か作戦でもあるのだろうか…。
そういえば…『勝利条件は、自分以外のみんなが、ギブアップすること』だっけ?
そういうことなら、文以外は最初から勢いよく食べ続けていたけど。これは耐久戦なんだ!
勝利の鍵は『スピード』ではない。『どれだけ長くカキ氷を食べ続けられるか』、が勝利への近道となるかもしれない。
そんなことに今気付き、少しだけペースを弱める。
再度みんなの様子を食べながら確認してみると、文は相変わらず自分のペースを保ちながら、カキ氷を食べ進めていた。
智也は・・・顔色が悪かった。
明らかに腕が震えている、唇も若干紫っぽくなっているが。大丈夫なのだろうか。
まぁ敢えて声は掛けない。
そして香帆の様子だが、こちらも少しおかしい。
相変わらず俺に比べるとものすごい速さで食べているのだが、さっきよりは遅くなっている。特に目でわかる体調の崩れはないが、どこか心配だ。
更に奥にいる佳奈も、さっきより食べるスピードが遅い。
しかに顔は笑っていた。多分文の作戦に気付いて、俺と同じように食べる速度をわざと落としているのだろう。
カツンッ!
何の音かと思えば、いつの間にか俺の皿のカキ氷が無くなっていて、スプーンが器の底に当たった音だった。
「おかわりお願いしまーす」
と一声かけ、三杯目が運ばれてくる。
あれ、いつの間にか…佳奈と智也を抜かしてい―――
「「おかわりっ!」」
―――なかった。
しかし、声はまだ続いた。
「俺もおかわり」
さっきまで二杯目だった文がもう追いついてきた。
焦る気持ちがより一層高まる、が。
俺は騙されない。
これは追いつかれることによって生まれる焦りで、カキ氷を早く食べさせてギブアップさせようという文の作戦だと俺は推理する。
実際に、この勝負は自分以外のみんながギブアップするまで食べ続けたものが勝者になる。だから早く食べたり、多く食べたりする必要はない。
兎に角、これで全員が三杯目に突入した。
香帆はもう既に終わりそうなのだが、一番早く三杯目を渡されたわりには少し遅い気もする。
そうだ、どうせなら俺も文の作戦を使ってみようか…。
とても危険な賭けだが、上手くいけば文以外は落とせるかもしれない!
俺はこの賭けを実行することにした。
度々見せ付けるように大きな音を出しながら、今までのスピードの倍くらいでカキ氷を消化していく。
そしてそれに逸早く反応し、文+俺の作戦の第一被害者となったのが智也。
度々俺や文の顔をチラ見しながら、段々と食べるスピードが上がっていく。
智也って本当に見た目通り性格通りに引っかかりやすいタイプだな・・・。
それを見ながら段々とスピードを上げていく佳奈。
佳奈はそれほど頭が悪いわけでもないから…多分わかっていて乗っているな。
香帆を抜いた3人が、俺と同じように速度を上げてカキ氷を頬張っていく。
そして・・・
「「「「「おかわりっ!!!!!」」」」」
5人一斉に食べ終わり、結さんに新たなカキ氷を求める。
少し戸惑っていた結さんだが、冷静に対処し5人の手元に同時にカキ氷が渡される。
さっきと同じペースでスプーンを動かしていく。
しかし氷を口にした瞬間、違和感を感じた。
シャリシャリとした食感と共に伝わってくる冷たさ。
明らかにさっきまで食べていた氷とは違う。
これは――――!?
キ――ン!!
「いったぁー」
「…うぅ」
「!?」
「お母さん…?」
「どういうことで…」
確か今まで食べていた氷は頭がキーンとならない氷じゃなかったのか?
とすると、今さっき食べた氷は…?
「いやぁ…天然水で作った氷…切らしちゃった☆」
「なるほどな、つまり切らしたから家で作っていた氷を使った、その結果がこれって訳か」
は、ははは・・・。
これじゃあさっきまでのペースでカキ氷を食べ続けるのは難しそうだな…。
「ふぅ…それにしてもさ、私もう食べられないよ?」
と、いいつつ受け取った頭がキーンとなるかき氷を最後まで食べ続けている佳奈。
そういうとこは佳奈らしくて良い所だ。
そんな佳奈を見習い、俺もカキ氷を食べ続ける。
「私も、ちょっと限界だった…」
やはり香帆も限界だったようで、そうとうきつかったらしい。
しかし、さっき貰ったカキ氷はもう食べ終わっている。
「そうなのー?僕はまだまだいけたよっ!」
自信満々にそう告げる智也。
まんまと文の作戦に乗せられていたくせに。
「ははは…、まぁこれで終わりにするか?」
こちらもまだまだ食べられそうだが、みんなの様子をみて提案する文。
確かに、俺もそんなに食べ続けられそうじゃなかったし。流石に体も少し冷えてきた。
と、いうか。既に舌は冷たさで若干麻痺している。
「じゃ、終わりにしようか」
こうして、『カキ氷早食い選手権』は終わりを迎えた。
燐火:はい、おはこんばんにちわー。
ガンコン十六話目は、カキ氷早食い選手権です。
美帆:またこれ楽しそうだね!!
燐火:投稿したのはまだ肌寒い季節なのですが、カキ氷食べたくなりました。
美帆:いいなー、やっぱ私はイチゴかなー、宇治抹茶とかもいいよ!
燐火:自分はいっつもイチゴです。
そういえばシロップで未だに「オレンジ」だとか「みかん」
といったシロップを見かけないのですが、これは自分だけ・・・?
美帆:屋台とかには見かけないけど・・・作ればいいじゃん!
燐火:なるほど、でも自分料理できないので作れないなぁ・・・。
でもさっぱりとしていて、ほんのり酸味を感じるみかんシロップ
いいじゃないですか!
美帆:はいはい、長くなりそうだからそこまでにしときましょうね。
燐火:あ、はい。と、いうことで!
美帆:次回もお楽しみに!!
燐火:今後ともどうぞよろしくお願いします!!!