No.014 全力かくれんぼ 前半戦
【お菓子争奪戦 ホワイトテーブルの乱】から二日後、俺は文の家の前に立っていた。
それはもうご立派なことで、まず、俺達を待ち構えていたのは洋風の装飾が施された白い門。しかも馬鹿でかい。それをくぐり抜けると、先程の洋風な感じとは打って変わって和風庭園が広がる。
その広大な敷地の真ん中には、これまた洋風のご立派な三階建ての家が建てられていた。薄茶色の壁が視界いっぱいに広がり、いくつもの窓が光を反射している。2階にはベランダがあって、洗濯物が気持ち良さそうに風を受けて揺れている。三階は1,2階よりは広くないものの、いくつもの部屋があるように見える。
屋根には最新の太陽光パネルが設置され、今も神楽坂家のために発電を行っている。
なんて‥‥‥なんて良い家なんだ…っ!!
「ん?みんな入らないのか?」
見惚れていたのは俺だけではなく、文以外のCHAIN全員が神楽坂宅に見入っていた。
「文ちゃん…こりゃズルいよ…」
思わず智也が呟いた。確かにこれはズルい。こんな大きな家に住んでいるなんて、寮生活の俺らからしたら呆気にとられるのは当たり前だ。
「そんなこと言われても…」
照れくさそうに頭を掻く文、そこでまた自慢げにならないのも憎たらしい。
「ま、こりゃ中身も拝見しないと勿体ないね!」
俺の部屋でさえ色々と見ていた佳奈に気合いが入る。何も無い俺の部屋を物色しようとしていた佳奈だ、こんな大きな家がよりその物色したい気持ちを大きくさせたのだろう。
「………お邪魔します」
香帆を先頭に神楽坂宅へと突入していく俺ら、入ると無駄に広い玄関と、その先に広がる長い廊下、そしてその廊下の両脇にあるいくつもの扉がこの家の凄さを示していた。
そして手前から二番目の部屋から出てきた若い女性が玄関へと向かってきた。
見た目は20代っぽい、文のお姉さんかな…。だけど文には姉妹がいないはずじゃ…?
「いらっしゃいみなさん、今日はごゆっくりしていってくださいね」
丁寧なご挨拶と共に少しだけ頭を下げる女性、長い髪が少しだけ前に垂れ、その髪の艶と美しさに魅了される。
「あー、えっと。紹介する、俺の母だ」
「神楽坂 結です。文がいつもお世話になっています」
「「えぇっ!?」」
女性陣から驚きの声が上がる、だってよく考えてみろ?この見た目でお母さんということは最低でも30代なのだぞ?だけどこんな若々しい美人さんが文の母だなんて…!
「文ちゃんのお母さんって美人だな!」
智也も同じことを考えていたらしく、素直に感想を口に出した。それを受けて文の母は右手で肩まで伸びた髪をイジイジしながら、
「あらー、そんなダメよ?私は既に結婚しているの………。あなたと恋人以上の関係にはなれないわ。ごめんなさいね」
「母さん何言っているの!? 恋人以上って恋人にもならないでよ!? それで智也も残念そうな顔をするな!! 何友達の母親に手を出そうとしているんだよ!!」
「文ちゃん、冗談だよ」「文、私も冗談よ?」
「洒落にならねぇからやめてくれ!!」
結さんは出会い頭に物凄い爆弾を落としてきた…。髪をいじっているあたり凄く可愛いが、中身はとんでもないな…。
文が息を荒げて動揺する中、唯さんは次の標的を定めるように佳奈と香帆に視線を向け、またも爆弾を落とした。
「それで、こちらが文の彼女と愛人?どちらが彼女でどちらが愛人なの?」
「どちらも彼女でも愛人でもないよ!!」
文の息が整わない内に突っ込みどころ満載の爆弾発言をする結さん。
まず彼女と愛人がいるという発想に辿り着くまでがおかしすぎると俺は思う。
爆弾着弾地点の二人は、突然の攻撃に戸惑いを隠せないでいた。
「え、でも今日はお付き合いのご挨拶じゃないの…?もしかして結婚なの?」
「なんで結婚の話が出てくるんだよ!! だとしたら二人も連れてこないだろ!!」
「文って堂々と二股していたりするの?私はそんな風に育てた覚えは無いのに…!」
「だからその前にまずどちらとも付き合いとかそういうのはないから!!」
「何焦っているの?冗談に決まっているじゃない♪」
うへぇぇ…、と、普段の文からは想像もつかない溜め息が漏れた。
これが毎日続いているとしたら文はよく対応しきれている…。
肩を落とす文をよそ目に俺達に再び視線を向けた
「とりあえず文、皆さんをご紹介いただけるかしら?」
「あ、あぁ。えっと、疲れたから各自でよろしく…」
と言って壁に凭れ掛かる文、そりゃこんなやり取りあったら一瞬で疲れるよな…と心の奥底で同情しつつ、俺は先陣を切って結さんに自己紹介した。
その後智也、佳奈、香帆の順に名前だけの自己紹介をし、最後に文がユニットメンバーということを伝える。
自己紹介中、結さんはじっとこちらを見つめ、やはり最低30代とは思えないほど可愛い顔でにっこりと笑っていた。そして自己紹介が終わると、
「みなさんこれからも文がお世話になります。どうぞ仲良くしてやってくださいね。私はお菓子とお飲み物を用意しますから。文はみなさんを部屋へお連れして」
そう言って、最初に出て来た部屋へと戻っていった。
文は重たそうな体をゆっくりと動かし、「こっち」と言って廊下を歩き始めた。
長い廊下を突き進み右に曲がると階段があり、その階段を上にあがるとまた左右に広がる長い廊下が現れ、それを左に進むと一つだけドアがあった。
『文の部屋』と手作り感満載で書かれた部屋をあけると、とても一人の部屋とは思えない(例えるなら俺の部屋のリビング。それ以上かもしれないが)くらいの広さの部屋がそこにはあった。
確かこの部屋のドアには文の部屋と書いてあった。それが確かならばこの一人で使うには勿体ないスペースを誇る部屋は…
「ここが、俺の部屋だ。存分にくつろいでくれ」
「「「「は、はぁ…」」」」
部屋の左奥には大きなシングルベッドが一つ、その隣には棚が置いてあり地球儀やら何かのトロフィーやら家族写真やらが置いてあった。
そして右奥には勉強机が置いてあり、その横には本屋の一角を切り取ったみたいに、本棚と隙間もなく埋められ並べられた本があった。
そのすぐ左には「50型くらいはあるのではないだろうか」と疑ってしまう程の大きさのテレビがあり、それを見るためのソファが真ん中に置かれていた。
ソファの前には大理石で作られたソファと同じくらいのサイズのテーブルが一つ置かれている。
その部屋を明るく照らすように左と奥の壁に窓が設置されている。窓の向こうにはベランダが広がっていて、奥の窓の近くには天体望遠鏡も置かれていた。
それぞれ全てが通常サイズより大きく、更にそれを感じさせないほど広い部屋を目の当たりにして、俺たちはどうすればいいのだろうか。
流石にこれは佳奈でも物色しようとは思わな――――
「絨毯モコモコじゃん!」
――――思わないはずがなかった。
佳奈はすぐに部屋へと侵入し、そのまま絨毯にダイブ。その柔らかさを体験すると次はベッドへ向かった。
「ベッドふわふわじゃん!」
子どものように飛び跳ね、そのふわふわ感を体全体で味わう佳奈。
智也も佳奈を見て遠慮をなくしたのか、ソファに駆け寄り座る。その姿勢のまま足を使って上へジャンプし、着地すると下半身の半分ほどが沈んだ。
「何このソファ!すごいよ!」
そして、感動していた。
しかし、感動していたのは佳奈や智也だけではない。
ゆっくりと本棚へ歩み寄りじっと本を見つめる香帆も、同じく感動しているようだった。
「………文、お願い。見させて」
「え…?」
佳奈と智也の行動に若干ビビッていた文は、聞き取れなかったのか聞き返す。
それを拒否と勘違いしたのか、香帆は兵隊のように真っ直ぐに立ち、姿勢を整えた。
何をするのかと俺と文は見ていると、香帆は膝を床に付け、姿勢を低くした。
この時点で文は香帆がしようとしていることを察して、直ぐにその行動を止めにかかる。
「まてまてまて天野!土下座しなくても本は見せるから!」
丁度地面に手を付こうとしていたところだった。もう少しで土下座が完全体になる寸前でその行動を阻止できた文は、ほっとする。
香帆は少し顔を赤く染めながら本棚へと手を伸ばして本を読み始めた。
土下座までしたくなるほどの本を持っているとは………。恐ろしい、恐ろしいぞ文。
そして俺は何をしているかと言うと、特にすることがなかった。と、いうより、部屋が大きすぎて何をすればいいのかわからなかった。
なので、大理石のテーブルに置かれた、結さんが持ってきてくれた紅茶に砂糖を少し入れて、ただひたすら飲んでいた。これで3杯目。
少しして、文の部屋に飽きたのか、今まで、楽しそうに部屋中を観察していた佳奈が、のそのそと大理石テーブルにやってきた。
「………失礼だけど、飽きちゃった」
まぁ、仕方ないよね。俺なんか、何をすればいいのかわからなくて紅茶を飲んでただけだもん。
「てことで何かしよ?」
その言葉に反応して、ずっとソファでふわふわしていた智也が大理石テーブルへやってきた。
香帆もなんとなく察したのか本を片手に大理石テーブルへ集合する。
「と、ゆーことで! この無駄に広い空間を活かして何かしたいのですが、案のある人ッ!」
「――――、」
いやまぁそうなるよね。日向学園という無駄に広い空間で日々暮らし、その中で銃しか学んでこなかった俺らに、何をしろと言うのだ。
「かくれんぼ!」
智也が唐突に叫ぶ。『かくれんぼ』かぁ…。確かにこの広い空間を有意義に利用することができるが、どうも『小学生がやる遊び』というイメージが先行してしまい。あまり乗り気にはなれないが―――
「いいねぇそれ!」
すっごい乗り気の女子一名。
「まぁ、走り回らない程度なら大丈夫だと思うけど、マジでやるの?」
まず走り回らない程度で大丈夫なところがすごい。
しかし『かくれんぼ』は追いかけたり駆け回ったりする遊びじゃないと思うからその辺は気にしなくても大丈夫なのだろう。
「マジでやるマジでやる!」
佳奈が興奮交じりに叫ぶ。
「………やるからには本気で」
本をバタンと閉じてこっちに向き直る香帆、こちらもちょっとはやる気があるようだ。
「じゃあ俺も全力で楽しむかなー!」
智也も指の関節を鳴らしやる気を示す。こうして段々とみんながやる気になるので、自分にも不本意ながらやる気が出てきた。
「よしじゃあ、やりますか?かくれんぼ」
「井上まで…、あぁ、いいぞ。ただし俺に勝てると思うなよ、なんたってここは俺の家だからな、隅々まで把握しているのは俺だけだ!」
「文くんの家じゃなくて、文くんが住んでいる家だけどねー!」
「細かいとこ突っ込んでくるなよ…」
「最初“鬼”誰やるー?」
「スルーするなよ!」
「じゃあ文くん“鬼”ね」
「だったら土地の有利が活かせないじゃないかっ!」
「それが目的」
恐るべし、佳奈。文を押している…!
確かに鬼ならば、自分の知っている場所を利用して隠れる事もできない。しかし、見つける側としてもその土地の有利は活かされるのではないか…?
まぁ隠れられるよりはまだマシか。
「じゃあ、私たち隠れるねっ!1分くらいしたら探していいよ!」
「りょーかい」
「さぁ、香帆ちゃん行くよっ!」
「………うん!」
勢いよく廊下へ飛び出す二人、足音が遠退いていき、やがて静かになる。
「おい井上? 隠れなくていいのか?」
「…え?」
周りを見渡すと、いつの間にか智也が消えていた。
「あと30秒~」
やっばい!かなり出遅れた!!
部屋を飛び出し廊下を駆け抜ける、とりあえず1階に行ってみる。
ズラリと並ぶ扉を目の前にし、一瞬どのドアを開こうか迷ったが、そんな時間もないので手前から4番目の部屋に入ってみる。
中は和室らしく、6畳くらいの広さだ。
しかし隠れられそうな場所がない、どうする。どうするっ!
畳…、畳いぃっ!
「井上~、そこにいるのはわかっているぞ~」
ドキッ
「確かこの和室に…あれ、いねぇな。い~の~う~え~」
ドキッ
「俺の見当違いだったかな…」(スーッ)
ふぅ…どうやら部屋から出たみたいだ。
適当に畳を叩いてみたら、何故か外れて下に隠し扉的なものがあった。咄嗟にそこに飛び込み、隠れることが成功した。
多分物置部屋だと思われる場所に一時隠れることにした。
部屋に入る前に畳も上手く元に戻るようにしたし、バレるはずがない。
それにしてもやはり暗いな…、物置部屋らしい場所はやはり無駄に広いし。段々と、少しずつ怖くなってきた。
上にある扉を押して開けてみる………が、開かない。
あれ、これってもしかして一方通行?中からは開けられない系密室?
え?…え?ちょい待て、もしかして俺…。
閉じ込められた!?
□■□
久しぶりの『かくれんぼ』。まさかこの歳になってできるとはなー…。
香帆ちゃんといつの間にか逸れちゃったし、ここからどうしよ…。
とりあえず三階に来た。そうだベランダに行こう!外なら中よりは安全でしょー!
適当に部屋に入って窓に近寄る。あまり音をたてないように気をつけながら窓を開けて外にベランダに出た。
「星野ー、どこだー」
何ッ!? 何故名指しでここ一帯を探している!
まさか、もう既にばれている…?
いや、まだ『みーつけた』とは言われていない。諦めるのには早い!
「ほーしーの。いませんかー」
ドキッ
「鍵が開けられているな…、ベランダか?」
しまった! それだけは外側からできないっ…私を見つけるな!
ガラガラガラ…
私とは対照的に音を堂々とたててベランダへ侵入する文くん。
うぅ…腕が結構きつくなってきた…早く…!!
「もしかして星野のフェイクだったりするかな…。ほーしーのー」
お、おぉ、そういう思考回路していますか文くん。
なんとか助かったのかな…。
ベランダの端から外壁へと飛び移り、角を曲がって足場も僅か10cmくらいのところに頑張って耐えていた甲斐があった。
踏み外さないように慎重に戻り始める。ここは3階、落ちたら打撲程度じゃ済まないと思う、上手く着地できたらまぁそれくらいに収まるかもしれないけど。
ベランダの方に飛び移り、なんとか危機を乗り越えた―――と思っていた。
「星野みーつけた」
「………ぅ、見つかったー!」
□■□
こう見えても私『かくれんぼ』得意なんだよねー♪
小学校の経験上、佳奈には悪いけど一人で隠れたほうが見つかりにくい…!
隠れる場所として最適な場所としては、『普段誰も近寄らなさそうなところに行って、身を隠す』のではなく、『普段誰もが通りかかりそうな所に、如何に上手く溶け込むか』が重要となってくると思うのっ。
だから私は敢えて文の部屋の隣に潜んで、文が2階からいなくなった隙に文の部屋に再び侵入し、ベッドの下に潜るという作戦を実行するのである。
名付けるとしたら、『犯人は現場に戻ってくる!作戦!』かな。
なんか犯人とか現場とか色々と間違っている気がするけど、今は作戦名をじっくり考えている暇なんてない。
隣の部屋を最初に探すとは考えにくい、だから、私が今隠れているこの部屋では物陰とかに姿などを隠したりせず。扉を開いたとき死角となる、扉の後ろのスペースに身を置いている。
壁に耳をあてて廊下の様子を探る。
丁度今1階から2階へと文が上がってくるところだ、足音が一つだから間違いない。
そしてその足音は2階に止まることなく、3階へと続いていく。
よし、今がチャンス…!
音をたてないようにゆっくりと扉を開き、僅か2cm程度の隙間から廊下を見渡す、誰もいないことを確認し、再び文の部屋へと侵入する。
そのままベッドだけを視界に捕らえ、その下へと潜り込む。
仰向けになって、天井を見る体勢になり、ズリズリと体を忍ばせていく。
顔をあまり動かさないように、そして髪を外に出さないように注意しながら、なんとかベッド下の中心くらいの距離まで進むことができた。
奥に行き過ぎると逆に反対側から見つかるかもしれないから、やっぱり中心くらいがいい。
ふぅ…何時まで見つからないかな――――
「か、香帆りん…?」
「ひぇっ!?」
――――早速見つかった!?
…いや、私を『香帆りん』なんて呼ぶ人は一人しかいない。
けど、どうしてここに!
念のため、私の背後から聞こえてきた声の持ち主を確認してみる。
「………と、智也?」
「やっぱ香帆り――むぐぅ!?」
いきなり大声で叫ばれたので、取りあえず見えないけど肘で攻撃しておいた。狭いスペースだったのであまり大きな動作はできなかったけど、ダメージはあったみたいだ。
とりあえず、この現状を打開せねば…。
「………智也、どっか行って」
「って言われましてもー、最初に隠れていたのは僕だよ?」
「………そんなの関係ない、私の作戦が台無しになる」
「香帆りんの作戦なんて知らないよ!てゆーか香帆りんこそどっか行けばいいじゃん!」
「………なっ、いいから―――」
行きなさいよ!とは続けられなかった。
ドアが開く音がして、反射的に口を閉じる。
「いやぁ~!捕まっちゃったー!」
□■□
『かくれんぼ』~♪
冗談で言ってみたけど佳奈っちが予想以上の反応で決定してしまった僕の案。
こういうのは普通、最初にいる場所からできるだけ遠くはなれて、それも見つからなさそうな場所を選んで隠れる。それを鬼もわかっていて、敢えて遠い場所へと足を運ぶのだ。
だがしかし!
これをわかってしまった僕は裏をかいてわざと最初の『文ちゃんの部屋のベッドの下』という場所を選んだのだ!
一人で寝るには惜しいくらいでかいこのベッドは、178cmある僕の身長をスッポリと覆っている。
ふわふわとした絨毯に身を包まれながら、ベッドの下という少し暗い空間で、ついうとうとしてしまう。
ヤバイ、完全に眠たい。
いや、いっそこのまま寝てしまおうか。
そうだ……………………、そう……………しよう………………………………。
………………………………ハッ。
本当に寝てしまっていた!
此処は…まだベッドの下みたいだ。そう長く寝ていなかったのかな…。
(スーッ)
あれ…?ほぼ無音に近い状態で扉が開いた。
一瞬幽霊とか変な想像をしてしまったが、僅かな隙間から見えた足はしっかりと地面についている。
音を立てずにゆっくりと部屋に入ってきたその足は、膝から上を見ることができず、誰なのか確認することができない。
足の細さから文ちゃんじゃないとは思うのだが…。
ゆっくりと扉が閉まる、そしてその足は扉からどんどんベッドへと近づいてくる。
………えっ?
ベッドの前で立ち止まると、膝までしか見えなかった足が折り曲げられ、スカートが見えた。あれ、これってもしかして―――。
足が伸び、体が見え、顔が現れる。これ香帆りんじゃん!
え、もしかしてベッドの下に潜ろうとしている?
まってまって!ここに僕がいるよ!気付いてよ気付かないのかよ!
僕の心の訴えが聞こえるはずもなく、香帆りんは遠慮なく仰向けになり、ズルズルと入ってきた。
ちょ…。入ってきた香帆りんの体に反応して、つい奥の方へ体を動かす。
自然に僕がいた中央辺りのスペースが空いて、そこに香帆りんが入り込む。
どうしよう。え、どうしよう。これじゃあ見つかる可能性も上がってしまう。とりあえず声を掛けてみよう…。
「か、香帆りん…?」
「ひぇっ!?」
なっ!やっぱこの落ち着いたトーンなのに発言が超可愛いのは香帆りんしかいないっ!
「………と、智也?」
「やっぱ香帆り――むぐぅ!?」
痛いっ…、こっちを見ないで肘打ちされたのに上手い事に鳩尾に入った…。
おかげで目は覚めたけど、こんなやり方あんまりじゃない…?
「………智也、どっか行って」
え? いやいや、落ち着いた声でそんなこと言われましても。
「最初に隠れていたのは僕だよ?」
「………そんなの関係ない、私の作戦が台無しになる」
「香帆りんの作戦なんて知らないよ!てゆーか香帆りんこそどっか行けばいいじゃん!」
「………なっ、いいから―――」
何かを言おうとして、途中で途切れた香帆りん。その理由はすぐにわかった。
「いやぁ~!捕まっちゃったー!」
「普通外に行くなら鍵のことくらい頭に入れておけよ」
佳奈っちに続き文ちゃんの声もする。どうやら文ちゃんが佳奈っちを見つけたみたいだ。
これで残りはここにいる僕と香帆りんとかっきー。つか絶対に今の状況ピンチじゃん!
「いいフェイクになるかなーと思ってー」
「フェイクのわりには外にいたけどな」
「あぅ…」
ふむ、佳奈っちは外にいたのか…。今更だが、なんでこんな広い敷地内でこの危険度の高いここを選んだのだろう。もしかして僕ってスリリングなのが好きだとか!?
(…ねね、香帆りん。こっからどうすイタタッ!!)
腕を抓られた。喋りかけるなっていう合図だろうか。
「他のみんなはどこに行ったのかなー」
「さぁな、まぁ大抵検討はついているが」
何っ…!? もしや僕がここに隠れた時点でもうバレていた!?
いや、ならばとっくに見つかっているはず。
ならば文ちゃんの今の一言は嘘となる…!
まだ、まだ勝算はある! 文ちゃんがこの部屋から出て行ってくれれば、なんとかなるかもしれない!!
「暇だからベッドで遊んでいるねー」
「ほどほどにしろよ」
「はーい」
と、文ちゃんと言葉を交わしたあと、ベッドに近づく佳奈っち。
・・・嫌な予感しかしない。
「ダーイブ!」ガタンッ!!
佳奈っちのダイビングと共にベッドが音をたてて悲鳴をあげる。
流石は高級 (?) ベッド、すごい衝撃だったのに下まであまり伝わってこない。
しかし、それでもベッドの下という環境は甘くなかった。
小さな埃が落ちてきて、僕の体へ着地。
佳奈っちが跳ねる度、いくつかの埃が落ちてくる。
外に出て回避することも可能なのだが、今は『かくれんぼ』の最中だ、それに加えて文ちゃんは何故かこの部屋を出ようとしない。
悪意が全く無い嫌がらせに、どうすることもできなかった。
「コホッ…」
香帆りんが小さく咳をした。
さっきまで咳なんかしていなかった、風邪ではないとしたら、考えられるのは埃だ。
埃で咳をするって、よくわからないけど不味くない…?
どうしよう、どうしよう。
ここはもう、僕が犠牲になって佳奈を止めるしかない―――。
「星野、そろそろやめな」
決心した瞬間、文ちゃんが半分笑いながら言った。なんだかよく分からないけど、とりあえず助かった。
「えー、いいじゃんー」
よくない、全然よくない。
「いいと思うならベッドの下を見てみな、星野」
「…え、下って…なんで?」
なにっ!? もしかして文ちゃんは僕がここに隠れているって知っていたのか!?
「あれっ!! 香帆ちゃんと…智也くん!?」
「…ん?まぁいい。てゆーことで、天野と中川みーつけた」
「ハ…ハハ…」「………見つかっちゃった」
うぅ…、文ちゃんがこの部屋にずっといる時点でなんとなくそんな予感はしていたよ…。
「文ちゃんはいつから気付いていたの?」
「星野を見つけて、ここに戻ってきた時だな。天野がギリギリ見えたんだよ。そしたらなんか中川も一緒に見つかって、何故か一石二鳥?」
「………智也が早くどっか行けば、もう少し奥に隠れて見つからなかったのに」
「いや、だから最初に隠れていたのは僕だよ!?」
「え?二人仲良く一緒に隠れてイチャイチャしていたんじゃ―――」
「「絶対に違うからっ!!」」
流石は文ちゃん、あの結さんの血を引く者である。
「ハハッ、ごめんごめん。冗談だからそこまで怒るな」
怒らないでっていう方が無理だと思うんだけど!
「………兎に角、残りは和樹だけだね」
ベランダに行って、新鮮な空気を吸っていた香帆りんが帰ってきた。
そう、まだ見つかってないのはかっきーだけだ。
かっきー、どこに隠れているんだろう。
燐火:はい、おはこんばんにちわー。
ガンコン十四話目は、かくれんぼ前半戦です。
美帆:神楽坂豪邸に住んでいるんだねー、いーなぁー。
燐火:かくれんぼできるほどの家の広さですからねー、いいですね。
美帆:というか、タイトルで 前半 と表記されているということは。
燐火:もちろん後半まで続きます。というかこれは自分自身予想外でした。
書いてたら何故かこの長さという。
美帆:なるほど燐火もかくれんぼしたいんだねっ!
燐火:案外そうかも。
と、いうことで!
美帆:次回をお楽しみに!
燐火:今後ともよろしくお願いします!!