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少し短めです。
弱々しい吐息しか出せなくなっている目の前の怪我人を見下ろす。恐らく彼の視界はもう殆ど機能していないはずだ。包帯で巻かれた腹部からは血が滲み、そこだけでなく包帯が体中に巻かれている。あと、ほんのひと時でも放っておけば、目の前の彼は物言わぬ物になっているだろう。
「あと少し、頑張らなきゃ駄目」
そうしないと、怒るわよ。茶目っ気たっぷりに声をかける。聞こえていないのは分かっているが、どうしても声をかけずにはいられない。彼は助かる。そう、自分の中の声が言っているが、絶対に助けるとは言わない。そこかしこで、もう呻き声も出せない人達の絶え絶えの息が聞こえる。その中でも目の前の彼は一際、死に近い状態だ。自分の役割は一番死に近い状態の人間から順に癒していくこと。
そっと、地面へと膝をつき、彼の体に手を翳す。そのまま、ゆっくりと手を薙ぐ。それだけで、目の前の体から安定した呼吸が戻ってくる。
ほっと一息ついたところで、隣に佇んでいた医師へと後を任す。
「あと、お願いします」
「おう、任しとけ」
頼もしい一言に、ふ、と笑みが漏れる。ここに居る医師達は皆、良い人ばかりだ。自分がやるのは、最後の一線を越えようとした人達をこちら側に引き戻すこと。それも、こちらに残る意志がある人だけを戻すことしかできない。助かる、助からないは本人達の意志によるところが大きいから、五分五分としか言えない。それに、と思う。自分の力は彼らには遠く及ばない。この場に居る医師は全員癒し手である。しかも、自分のように出来ることが限られることなく、全ての人間を癒すことが出来る。その他にも様々、自分と彼らの違いはあるが、それでへこたれている訳にはいかない。ここは戦場で負傷者は次々とここに運び込まれてくる。考えているより一つでも多くの命を救うことだ。
一人、また一人と手を薙いでいく。意識を集中させて。それでも、無理な場合がある。一目見ただけで手遅れだと分かる者もいる。けれど、それで諦めることは絶対にしない。目の前で死にそうになっていても、生を諦めようとしないのであれば、自分が諦めることは絶対にしないと決めている。
「駄目よ、絶対に帰るの。諦めるなんて馬鹿なこと、あたしは許さないわよ」
もし、諦めたら蹴倒すからね、とおよそ怪我人にかけるべきでない言葉をかけ、きつく、きつく相手を睨む。そのまま、どこかに行きそうな目の前の兵士の体を引っ掴んで、引き戻すように手を薙ぐ。
そうすると、何とかすることが出来る。周囲は偶然だと思っているが、そうでないことをあたし自身は知っている。言うつもりはないが、良くやったと言って褒めてくれると、少しだけ罪悪感がでる。出来ることをただ単純にやっているのだから、出来ないほうがあたしにはおかしいのだ。
少しであれ、犠牲が少なくなれば、彼の心を軽くすることが出来る。自分よがりなのは良く分かっていたが、彼の悲しそうな顔を見るのはあまり好きではない。本当は人一番誰かが傷つくことに憶病であることをあたしは知っているから。
寝ることも惜しんで毎日、毎日、癒し続ける。