兄のこと 2
「ねえ、あのさ・・」
あたし佑二の顔を見ると、口を開いた。そしてあたしにはひきもりの兄がいることを伝えようとした。兄がひきこもりになってしまった経緯について。
でも、上手く言葉が出てこなかった。何をどう伝えたら良いのかわからなかった。
「どうしたんだよ。そんな怖い顔してさ」
あたしが適当な言葉を思いつけないでいると、佑二はからかうような口調で言った。
「あのさ、佑二はひきこりのひととかってどう思う?」
あたしは訊ねた。ひきこもりという単語を口にするとき、かなり勇気がいった。
「ひきこもり?なんで?」
あたしが口にした話題があまりにも脈略がなかったせいだろう、佑二は怪訝そうな顔つきであたしの顔を見つめた。気のせいか、ひきこもりという言葉を耳にしたとき、佑二の顔つきが一瞬鋭くなったような気がした。
「・・・べつになんでってこともないけど・・昨日テレビでそういうひとの特集やってたからさ・・なんとなく」
あたしは苦笑して自分が口にしようとしていた言葉を飲み込んだ。
やっぱり言えなかった。もしほんとうのことを告げて、佑二があたしとの結婚を躊躇うようなことがあったらどうしようと恐れてしまう情けない自分がいた。怖かった。佑二を失ってしまいそうで。
「ひきこもりねぇ」
佑二はあたしの不安をよそに、面白がっているような微笑を浮かべた。そして頬杖をつくと少しのあいだ考えていたけれど、
「まあ、ひきこもりのひともそうなるには色々事情があるんだろうとは思うけど・・」
「思うけど?」
「でも、結局は甘えてるだけなんじゃないかなぁって思う。こういう考え方って冷たいのかもしれないけど、でも、そんなふうにしてたってどうしようもないじゃん。みんな同じだよ。生きるっていうことは大変なことだし、みんな辛いこととか、嫌なことを我慢して頑張ってるわけなんだからさ、そのひとだけ特別っていうわけにはいかないと思うよ。ちゃんとしようよって俺は思うね」
「・・・そうだよね」
あたしは佑二の科白に、傷ついた寂しい気持ちで相槌を打った。
「あれ?なんでそんな浮かない顔してるの?」
佑二はあたしのご機嫌を取ろうとするようにどことなく卑屈な笑顔を浮かべて言った。
「何か俺、気に障るようなこと言った?」
「べつに。そんなことないよ」
あたしは自分の感情を隠そうと微笑んだけれど、それがちゃんと笑みの形になっているか自信が持てなかった。あたしはテーブルの上のお冷やを手に取ると、一口飲んだ。そして手にしていたお冷やのグラスをテーブルの上に戻すと、
「ごめん。あたしもちょっとお手洗い」
と、佑二の顔を見て言った。