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ふとした不安

  デート帰りに訪れたカツ丼家はちょうど夕食どきということもあってかかなり込み合っていた。待ち合い席で二十分くらい待たされた後ようやく席に案内された。あたしたと佑二は奥のテーブル席に向かい合わせに腰をおろすと、注文を取りに来た店員に同じカツ丼のセットを注文した。


「いつも思うことだけど、一年が経つのって早いよな。歳を取るごとにどんどん早くなっていく気がする」

 店員が厨房に戻って行くと、向かい側の席に腰掛けた佑二がナプキンで手を拭いながら言った。


「どうしたの急に?」

 佑二の科白があまりにも唐突だったのとその改まったような口調が可笑しかったのでからかうようにあたしは訊ねた。すると、佑二は苦笑して、いやべつにと答えた。


「ただもう今年も終わっちゃうんだなぁと思ってさ」

「それもそうね」

 今日は十二月二十九日で、昨日から会社はお正月休みに入っていた。佑二とは社内で知り合って付き合うようになった。


「あともうすぐで俺も三十歳か」

 佑二はため息をつくように言った。佑二は今年二十九歳で、来年三十歳の誕生日を迎える。

「もう完全におじさんね」 

 あたしはからかった。

「恵美子だって俺とひとつしか歳が違わないんだから、同じようなもんだろ」

 あたしの軽口に佑二は可笑しがっている口調で言った。


「まあね」

 あたしは微苦笑して認めた。あたしも先月の誕生日で二十八歳になった。自分が二十八歳になることなんて永遠にないと思っていたのだけれど、でも実際にはあっさりと二十八歳になってしまった。あまりにもあっけなく。そしてこれからも確実に少しずつ年老いて行くのだろう。そう思うと、怖いし、少し焦る。


「恵美子は正月はどうするの?家族と過ごすの?」

 あたしが考え事をしていると、佑二が口を開いて言った。あたしはテーブルの上に落としていた視線を佑二の顔に戻した。

「妹さん、東京から戻って来てるんだろ?久しぶりに家族でどこかにいったりするの?」

「今のところそういう予定はないのかな」

 あたしの妹は大学で東京にいったあとそのまま東京で暮らしている。就職はせず、アルバイトで生活しているみたいだ。二十三歳で若いからまだフリーターで良いのかななんて思ったりもするけれど、やはり将来のことを考えたら就職しておいた方が無難だろうと思う。そう思っていつも電話で話したときには言っているのだけれど、彼女はあまりちゃんとあたしの話に耳を傾けていない。


 妹はつい昨日正月が近いということもあって地元に帰省してきていた。帰りたくて帰って来たというよりは母親に言われて仕方なく帰って来たようだ。妹が今帰って来ていることはさっき車のなかで佑二には話してあった。

「あれ?せっかく家族みんなで過ごせるって言うのにそういう予定とか特にないんだ」

 佑二はあたしの返答が意外だったのか少し驚いたようにあたしの顔を見た。

「うちの妹ってマイペースだし、あんまり団体行動とか好きなタイプじゃないから。でも、どこかご飯食べに行ったりはすると思うけど」

 あたしは取り繕うように言った。


 あたしの科白に納得したのか、してないのか佑二はふうんと頷くと、

「俺んちなんて親戚が多いから毎年正月の元旦の日はじいちゃん家で飲むことになってるけどな」

 と、佑二はうんざりしているようなそれでいて楽しがっているような表情で言った。


「そっか」

 わたしはどう感想を述べたら良いのかわからなかったのでただ相槌を打った。

「料理まだかなぁ」

 注文してからまだ十分も経っていないというのに佑二は焦れったそう厨房の方を振り向いて言った。

「お店混んでるし、多分もうちょっとかかるよ」 

 あたしは佑二の顔を見ると、宥めるように言った。佑二は頬杖をつくと、いまひとつ納得しかねるといった様子で頷いた。そしてしばらくのあいだそのままでいたけれど、ふと思いついたようにあたしの顔を見ると、

「わりい。ちょっとしょんべん」と言って席を立つと、お手洗いがあるお店の奥の方へと歩いて行った。あたしは去って行く佑二の背中をなんとなくぼんやりと見送った。そして改めて佑二のいなくなった空間に視線を彷徨わせた。

 

 佑二がいなくなってしまったことで、あたし座っている位置からは窓の外の世界を望むことができた。もうすっかり日は暮れている。窓の外には田舎の、濃度の高い闇が広がり、そのなかにあたしの顔が淡く浮かびあがって見えた。闇のなかに浮かぶあたしの顔はひどく心細そうな表情を浮かべていた。何かに怯えているような。どうしてそんなふうに見えるのだろうかと考えてみたけれど、よくわからなかった。


 あたしは頬杖を付くと、暗い絵を眺めた。黒く塗りつぶされた絵を見ていると、さっきまでしていた佑二との会話が脳裏のなかに蘇って来た。歳を重ねるにつれてそのスピードが早くなっていっているような感覚。二十八歳という自分の年齢。二十八歳といえばまだまだ若いといえると思うのだけれど、それでも自分が歳を取ってしまったなという感覚は拭いきれない。


 中学生や、高校生の頃、あたしのなかで二十代後半や、まして三十代なんてずっとまだまださきのことだと思っていた。それが実際のことになってしまうなんて。不思議な感じがするというよりはいまひとつ実感がなかった。


 佑二とは付き合い始めてから三年になる。そろそろ結婚しようかという話も出ている。あたしは佑二と結婚するのだろうか?そして子供ができて色んな日々の雑事に追われて気がつけば今よりももっと歳を取ってたとえば四十歳とか五十歳になっているのだろうか。そんな日々は果たして幸せと呼べるのだろうか?それがあたしが人生に対してほんとうに求めていたものなのだろうか?


 世の中にはあたしなんかよりももっと遥かに恵まれない境遇にいるひともいるのだからこんなことを思ってしまってはいけないのだろうけれど、それでもなんなく物足りない感覚がある。どんどん先細りになってその未来の先端がやわらかく底のみえない暗闇のなかに沈み込んで行くような気がする。あたしにはもっと輝く未来が、華やかな、喜びに満ちた日々があったはずなんじゃないのか、そういった本来の未来を、あたしは知らないあいだに失ってしまったような気がする。あたしは軽く顔を伏せると、掌を広げてみて見た。その掌のなかにいつの間にかすり減って小さくなってしまった希望の欠片を見たように感じた。

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