第51話
〜奏SIDE〜
「あなたは…」
その顔を見るのは2度目。
その『彼女』には一度会ったことがある。世話もかけた。
その『彼女』が部屋の奥に横たわっている2人の人間を血染めにした。
血染めにされたのはソルダート姉弟。
決して力がないとは思えなかった2人が血溜まりの上で倒れている。生死は不明。
その2人を血染めにした『彼女』とは―――
「雫…?」
久しぶりに見たその姿は最後に見た時と何も変わっていなかった。
「なぜ生きている?とでも言いたそうだね」
最後に見たその自信に満ちた瞳と声も変わっていない。
「教えてあげようか?」
「いい。興味ない」
邪魔するなら殺して進むだけ。生きていようが生きていまいが関係ない。
「まぁ聞きなさいよ。あの世界で如月無月に殺されかけた。
あれほど殺意と圧力に満ちた攻撃はホントに久しぶりだった。
次元転移するにも時間はかかるし足なんかほとんど動かなかったし。
だけど私は生きている。何を思ったかロキが助けてくれたのよ。
そこから転移させられてね。まさかこんな事をするヤツがいるとは思わなかった。
助かった私はここに連れてこられ従えと言われたわ。ロキは強い。
ここからは逃げられないってすぐ思った。だったら従うしかなかった。
で、この軍の中で比較的強かった私はここ周辺の守りを任されたってわけ。
弱っちい巨人族が殺られた時のためにね。
この先にはアポカリプス復活のためのリアクターがある。そこにロキはいないけどね」
「そ……じゃ殺す」
実際に戦った無月ほどじゃないけど雫の能力は知っている。
空気中の魔力に気をつければ大丈夫。
「?」
走りだそうとした所で左太ももに痛みを感じた。
見てみると切り傷を負い、そこから血が流れていた。
浅かったので戦闘に支障はないが問題はそこではない。
いつの間に…。
傷をつけるようなものは近くにない。
ということは…雫の力。
「どう?気付いた?私の魔力があなたを狙ってるって」
気付かなかった。
前は意識せずとも魔力の形は視えていた。
あの時では雫はリーガルの喉元に魔力の刃を突きつけていた。
おそらく何らかの理由でリーガルが裏切った時のため。
結局そんなことはなかったけれど。
その時は無月もリーガルも気付いていなかったようだった。
私は魔力知覚にも特化するよう創られた。
それはエルフと呼ばれた者たちと同等かそれ以上らしい。
その私が視えなかった。
ロキに力でも与えられたのか?
とにかくかなり感覚を研ぎ澄まさなければならないようだ。
「この2人は呆気なかった。けど、あなたは少し楽しませてね」
雫の右手は何かが握られている。
それは槍のような刺すべきものへと創作された魔力だというのがわかった。
そして雫は右手を伸ばすと魔力の槍が伸びる。
その速度は銃から放たれた弾ほどでもなかったが十分速いと言える。
私はそれを弾いて雫へと向かって走る。
「!?」
そばで魔力の変化を感じ、私は急停止して後ろへ後退する。
「なかなか勘がいいようですね」
弾いた槍の側面から3本ほど私の頭を狙って新たに槍が伸びていた。
あのまま走っていたら串刺し。
魔力は変幻自在。どこから狙ってくるかわからないなんて困難。
他のみんなも気がかりだし憑依ぐらいならしない理由はない。
―我の奏でる音と共に まどろむ月夜に舞え
9つの力を持つ幻獣よ
奏の名の下に告ぐ 我の前に姿を現せ―
「来なさい『妖狐』」
『憑依』
私の躰に妖狐を憑依させ5本の白い尾と耳が生える。
9本具現化させるほど完全に魔力を憑依させるとさすがに不安定になる。
安定できるとしても尾が9本あるのは煩わしい。
ちなみに普段そうする時は同一化する。
普段といってもそうすることはほとんどないけど。
「憑依か…それだけで勝てると思ってるの?」
雫はこれでも自分が勝てると信じ切っている。
「思ってる」
―万の船舶を暗黒へと沈めた魔物よ 我の命に従い 邪魔するモノを暗黒の海へと誘え―
「来なさい『クラーケン』。『憑依』」
背後に出現した巨大なイカを躰に憑依させると雫からは白い10本の触手が背中から生える。
イカの触手の数は10本。
それを全て具現化させてるということはほぼ全ての力を憑依しているということ。
雫の器がクラーケンを上回っているのか、単にクラーケンの魔力が弱いのかはわからない。
だけど雫は自我を保っている。
「あんまりこんなのは趣味じゃないんだけど、
ロキが言うにはこれしか適合しそうなのはなかったらしいしね」
雫はその内の1本を撫でながら言った。
「行くわよ」
先に雫が動いた。私は走り出すことはない。
両手も合わせれば12本の手。近づくのは危険。
『妖術 狐火』
周囲に蒼い火球を展開させる。
これだけで10本もの触手を破壊できるかわからない。
狐火は一斉に雫の触手へと飛ぶ。
そして触手はそれぞれ狐火を振り払おうとするが触手が触れた瞬間狐火は爆発する。
爆発の直撃を受けた部分は焼け焦げている。
ダメージは十分与えられたようだがその傷をすぐ治癒されてしまう。
「私には治癒能力がある。それでは殺せない」
そうか…無月がそんな報告してた。
「首を落とせば問題ない」
今度は雫から仕掛けてきた。
10本の触手が順々に向かってくる。
それら全ての触手の先端に雫の魔力があって鋭くされている。
まず1本目を躱し、続いて2本目も躱す。
「これならどう?」
今度は4本同時に襲いかかってくる。
『ソニックムーブ』
触れる寸前で私は音速で移動する。
4本の触手を躱し、斬り落としてさらに雫へと向かう。
雫の目の前でほんの一瞬停止して残像を残すとすぐに背後に回り込む。
「ちっ」
雫の小さな舌打ちが聞こえた。
このスピードには何本もある触手もついて来れなかったようでまごついている。
雫が急いで振り返るがその隙に触手を3本斬り落とし
さらに浅くなってしまったが雫の背中を斬りつけ少しだけ距離をとる。
「ぅあああっ!」
斬り落とされた触手からは噴水のように血が吹き出る。
雫は背中と触手の痛みに悲鳴をあげ、よろめく。
「これで私の勝ち」
「ふふっ…バカじゃないの?」
「!?」
トドメをさすために雫に近づこうとしたが
足下にあった斬られた触手が私の足首を掴んでいて進めない。
その触手は思った以上に力が強く振り払えない。
「だったら…くっ!」
振り払えないなら斬ろうとしたけどさらに両腕に首も触手に固定される。
「この触手は私の魔力で動いている。
斬り離されても魔力を送ればまだ動くのよ」
「くっ…痛っ!」
振り払おうともがくが逆に締め付けられる。
「魔法を使おうとすれば絞め殺す。じゃ、死んでもらおうかな」
触手の1本が私の左胸に迫ってくる。
それの先はやはり槍のようになっていた。
「私は…まだ…死ねない」
『第四第五の尾開放 武術妖術最大限開放』
5本あった尾は2本に減ったが魔力…というよりは
元々妖狐の持っている妖力は格段に上がる。
「ちっ」
「うっ…はぁっ!」
一瞬急激に首を締め付けられたが開放した瞬間に起きた
妖力の波動によって雫もろとも吹き飛ぶ。
「きゃああっ!」
吹っ飛んだ雫は何回か跳ねた後床を滑っていく。
『妖術 灰燼』
斬り落とした触手に向けて指を指し、魔力弾を当てると触手は灰となって消え去った。
「くっ…それが全力か。だったらこちらも応えなければならないですね」
雫は立ち上がり、雫とクラーケンの魔力が右腕へと集まらせていく。
そしてそれは次第に剣を模っていく。
「殺す!」
そして音のしない剣の弾き合いが始まった。
『妖術 劈き烏』
一旦離れ、何匹かの真っ黒な烏を模った影を創り出し、
一直線に突撃させるが雫は素速い烏の動きを見切り軽々と躱していく。
雫に当たらないのはわかってる。
当てるつもりはない。躱させる。
うまく雫は動いてくれた。
当たれば誘導できなくなっていたけどそんな心配は無用。
そこ!
私は雫の目の前で剣を構える。
「その程度で勝ったつもりか!?」
見破られてた?
私が構えている間に雫はすでに振り始めていた。
私も急いで振るけれどタメが十分でなかった上
腕が中途半端に伸びていたから私は押し負けて体勢が崩れた。
「死ねぇっ!」
すぐに後ろへ跳ぶ。シールドの準備も忘れない。
「あああぁっ!!」
シールドは少し抵抗を見せたものの結局は破壊されさらに私の躰も傷つける。
少しだけ離れていたから躰は繋がっている。直撃だったら真っ二つだったはず。
そのくらいあの魔力は高密度で高濃度。
「はぁ…はぁ…おぇ…」
傷口からの流血だけでなく吐血の量も尋常じゃない。足下には血溜まりができる。
このままじゃ死ぬのは確実。
一度に二つの尾を開放するのは躰にも負担が大きい。
「はぁ…これでわた…はぁ…」
雫もかなり息が上がっている。
あれだけの魔力を使い続ければ誰だってそうなる。
「私の――」
「――勝ちだと思った?」
その瞬間重傷を負った『私という名の空蝉』は消える。
本物の私は雫の背後にいた。
「な!?…きゃあっ!」
雫の持つ魔力の剣が弾けた。
それは雫が集中力を切らし、剣の魔力が不安定になったから。
「はぁ…はぁ…」
もう雫に魔力は残っていない。
「ぐっ…なぜ…」
「私は開放して雫が吹っ飛んでる間に私の空蝉を創り、雫には念のため幻術をかけた。
開放状態の私なら殺しでもしない限り消えない空蝉が創れるし、
直接触れないでも強力な幻術をかけられる。
それで雫は空蝉を私と思いこんで戦っていた」
「その割には息が上がってるし顔色悪いわよ?」
そう、私の頬や背中には嫌な汗が流れている。
私は頬の汗を拭って言った。
「空蝉だと動きに微妙な反応の鈍さがでるから私は空蝉を精神を繋がらせていた。
それで殺せれば過ぎたことはないし。
さっきの雫の攻撃は傷はなくても痛みとかは直に感じてる」
魔力を使いすぎたってこともあるけど。
「バカね…私はまだ戦えるわよ!」
雫は再度魔力の剣を創り出す。
だけどそれはさきほどの魔力は感じられない。
『妖術 合鏡』
何枚もの鏡が雫を囲みそれら全てに雫とその背後に私の姿が映る。
合わせ鏡になってるからその鏡の奥にも私と雫の姿がある。
そして雫の背後にある鏡の中にいる私が背後から雫の背中を斬りつけた。
「ああっ!何!?」
雫が振り返った先には鏡の中の雫を斬りつけ、返り血を浴びながらも無表情でいる私がいる。
「雫は勝てない。私の勝ち」
「はっ!まだよ!私は負けない!」
どうして諦めないの?いいか、どうせ私の勝ちなんだし。
「じゃ、さよなら。最期ぐらい痛みはないように…」
『妖術 闇雲帝冥』
それぞれの鏡にいる私は中の雫へ手を翳して中、そして外の雫を闇色の球体で包み込む。
しばらくして球体が弾けた跡には雫の姿はなかった。
「ふぅ…」
そうだ…あの2人は?
倒れている2人を調べるととりあえず息はある。
でも重傷。放っておけばいつかは死ぬ。
応急処置にしかならないけど傷のひどい所に治癒魔法をかける。
「ん…くっ…」
先にリストの意識が戻った。
「大丈夫?」
「お前は…奏だっけか。
…リルラは?…それとあの女は?」
「リルラは気絶してるけど応急処置したから大丈夫。雫は殺した」
「そうか。不意を突かれたとはいえ不甲斐ないな」
「リルラは任せる。私は先に行くから」
「ああ」
そして私はリアクターへと続いている道へ走り出した。
長い(オレ的に)・・・・1回の戦闘でここまで長いか・・・・・
あとの祢音とか無月の戦闘ここまで長くできるか・・・?
まぁいいか。感想&評価待ってます