第37話
雫の血を舐めて吸血鬼化し、魔力が上がり魔性の力も得る。
少量ではあったが吸血鬼化するには十分だ。
「見かけは人なのに人でない者…醜いですね」
「んな事どうでもいい。
オレはお前を殺すだけだ。……痛っ」
吸血鬼となったせいかヤツの魔力がよく視える。
それに体の傷も動ける程度まで治癒されている。
だが吸血鬼となったオレに日光は毒だ。
体が灼けるようにジリジリとした痛みを感じ、そして視界がぼやける。
「吸血鬼にとってこの日光は弱点のようですね。それで勝てるんですか?」
「勝てる…こんなもん気合でなんとかしてやる」
「そうですか。だからと言って手加減はしませんよ」
雫は懐から2本目のメスを取り出し、2本目のメスをこちらへ投げる。
メスは普通に飛んでくるが魔力の刃はメスの動く速さより速く長く伸びている。
伸びてくる刃をかわしてメスを斬り落とすと雫に向かって走り出す。
そして雫も同じようにこちらへ走ってくる。
音もせずに刃と刃がぶつかり、オレと雫は睨み合う。
「私の攻撃をここまで簡単に避けられたのは久しぶりです。見事ね」
「そうかい。ありがとよっ!」
一気に押し込み雫との距離ができた所で剣を振る。
だがおれが斬ったのは残像だけだった。
雫の気配は結構後ろの方に感じられたが油断はできない。
「はぁっ!」
長い刃が薙ぎ払うように横から向かってくる。
魔力であるため重さはないためあれだけ長くても動きは速い。
だが雫が切ったのもオレの残像だけだった。
「なっ!?」
オレは雫の後方にいた。
『一閃 鎌鼬』
素速く剣を振ると斬撃が放たれ、雫へ向かっていく。
そんなに離れていない上、
斬撃の速度は非常に速いので雫が振り返ると同時に雫の腹部に一文字の傷を負わせる。
「ちっ」
斬撃を放った瞬間に走り出していたので雫が傷を負ってすぐに攻撃に移れた。
『二閃 双月』
続いて左の腰から右肩へ、右の腰から左肩へ斬りつける。
「ぐあっ!」
まだ…終わらせない。
『三閃 紅に染まる刃』
さらに追い討ちをかけ、既に傷が付いた上から全く同じ所を斬りつける。
「ああっ!!」
その後すぐに雫はオレの目の前から消え、さらに奥へ移動した。
「くっ、治癒魔法を……」
すると雫が傷に治癒のための魔力を手に帯びさせることなく、
手を当てていないのに傷が見る見るうちに塞がっていく。
「この程度ではまだ死にませんよ」
どうやらそのようだな。
一撃で決めるか…。
オレは剣に着いた雫の血を舐める。
オレの剣の刃には雫の多量の血が着いていた。
その量はさっきより多いため、魔力も魔性もその分強くなる。
ケガも完治した。これなら…。
オレは剣に魔力と魔性を込めながらイメージを始めた。
『炎』ではなく『焔』に…『紅蓮』へ…。
『斬る』から……『KILL』へ……。
レーヴァテインを包む焔の色が赤から紫へと変化する。
『焔獄紅蓮斬』
オレが放ったのはただ焔に包まれた斬撃。
だが魔力と魔性を最大限まで込めた最強の一撃。
これならいくら治癒力が強くても殺せる!
燃え盛る紫色の焔の中、雫の姿は確認できなかった。
多分高密度の魔力や魔性で消滅したんだろう。
疲れた…今ので一気に魔力を使った。
無茶苦茶な疲労感がオレを襲い、思わず倒れる。
血を失いすぎたのか目眩もする。
雫から得た血だけでは足りなかったか?
戦いが終わったと思ったがそれは違った。
「ここだな」
結界内に新たに何十人もの魔術師が現れた。
服装からして次元管理局の者。
この結界に入ってくるとはなかなかの魔術師だろう。
雫の部隊のヤツらか?
「援軍に来たんだがもう終わったようだな。副隊長は……そうか」
声が聞こえる。どうやら雫の援軍に来たようだ。
こんなに来てくれるとは、オレも結構良い評価されてるみてぇだな。
「副隊長のおかげだな。こいつ、魔力をほとんど使い果たしている」
ザコの集まりのようだが今の魔力でこの人数ではさすがに相手できねぇかも…。
奏、こっち来てくんねぇかな…。
「縛っておけ。本局まで連れてくぞ」
「てめぇ…オレなんかほっといて帰れよ。
オレは疲れてんだ。休ませろ」
「休んでいるのは勝手だがオレたちは帰らない。命令なんでな」
無理矢理立たされ胴体を縛られる。
ヤベぇ…力入んねぇし眠たくなってきたしマジでピンチだ。
その時―――
急にとんでもない悪寒が感じられた。
そのせいで眠気も吹っ飛ぶ。
それはザコのヤツらでも感じられたようでザワザワ騒いでいる。
そして上空に魔法陣が出現し、そこからヤツが現れた。
そいつの名は…ロキ…。
氷より遥かに冷たい眼は変わっていなかった。
「ロキ…」
オレはなんの感情も込めずに思わず呟いた。
「なんだ……生きていたのか。
知ってたけどな」
ゆっくりとロキは降りてくる。
その真下にいた次元管理局の魔術師たちは逃げるようにその場から退く。
「消えろ」
ロキが何かを素速く呟く。多分呪文なんだろうがうまく聞き取れない。
すると周りにいた魔術師が一人、また一人闇に包まれ姿を消す。
「「「うわああああああああ!!!」」」
魔術師たちは右往左往したり逃げようとする者や
ロキに攻撃しようとするバカなヤツまでいるが
どいつもこいつも抵抗できずに次々と消えていく。
そして残ったのはオレとロキだけ。オレを縛っていた魔法も解けていた。
次元管理局のヤツらは一人残らず消えた。
殺される。
そろそろオレも覚悟をしなければいけないようだ。
オレは覚悟を決め、目を閉じる。
自分の眼が最後に映すのは闇なんて嫌だからな。
目を閉じたら真っ暗なんだから同じことか?
「……………?」
だがいつまで経っても死んだ感じがしない。
ゆっくり眼を開けるとそこにはまだロキの姿が映っている。
「なんで、殺さない?」
「オレがここに来たのはお前を助けるためだからだ」
「オレを……?オレとお前は敵のハズだがな」
「そう深く考える必要はない。ただの気まぐれだ。じゃあな」
そしてロキは次元転移魔法を使おうとする。
「待て」
オレが言うとロキは動きを止めた。
「祢音はどうしてる?」
それだけはどうしても訊きたかった。
「元気…とでも言えばいいのか?」
「本当の事を言え」
「ふっ……生きてはいる。
後は自分で確かめるんだな」
鼻で笑い、口を緩めるとそう言い、この世界から去った。
「ふうっ…」
緊張感から解放され、一息吐くとさっきの眠気が再び起こりオレは倒れて眠った。