第23話
「オレは人攫い屋じゃなくて怪盗なんスよ?
あなたといい雇い主といい、人使いの荒い人たちだ」
「ちゃんと報酬あげるんだから素直になりなさい」
「はいはい。
どうせオレは報酬さえもらえれば何でも盗む怪盗ですよ。
…で?こいつらどうします?
こいつは早く治療しないと死にますよ」
「私に任せておいて、あなたは見ていなさい」
「へ〜い」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
真っ暗だ…自分以外何も見えない。
―如月無月、聞こえるか?―
誰かの声がする。女の声だ。
―あなたは生死を彷徨っている。時間がない、質問するからさっさと答えなさい―
面倒になってきたのか途中でシリアスな声色から自然体であろう声色に変わる。
―今あなたは2つの選択肢がある。1つはこのまま冥府へ逝く事。
もう1つは苦痛を感じながらも生き続ける事。あなたはどちらを選ぶ?
このまま逝っちゃった方が私もあなたも楽なんだけど―
死んだら親父に合わせる顔がないからな。
―そうそう言い忘れてたけどあなたの父親はこの世にもあの世にもいないわよ―
「どういうことだ!?」
―日向が最後に使った魔術、覚えてる?
アレは魂を代償に対象を縛る術だからあの世へは逝っていない。
あの娘の心に留まっているだけ。
それでさっきの件で堕天使…いや今は悪魔か。
その封印が解かれると共に消えたわ。日向の魂である鎖は破壊された―
あの時聞いた音は鎖が破壊された音だったのか…。
―さ、早く決断をしてちょうだい。あなたの組織の名と同じ『オルタナティブ』、
『二者択一』なんだからそう悩むこともないでしょ。さっさと決めないと死ぬわ。ほら―
「!?」
オレの体が薄くなっていく。オレの姿が完全に消えれば死か。
「決まっている。オレは祢音を助けられていない。どんな苦しみでも耐えてやる」
―そう。じゃ決まりね―
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ある程度感覚が戻っている。オレは仰向けになっていた。
どうやら口に何か液体を少しづつ流し込まれているようだ。
それは少し粘りがあって温かい。
「―――!?」
ゆっくり目を開ければ何者か知らない金髪のロングヘアーをした女が
オレを押し倒したように跨り、唇から血を垂らしている。
どうやらオレはその血を飲んでいるようだ。
「待って。動かないで」
突然の事に驚き、体を動かそうとしたオレの体を女が押さえる。
「生きるんでしょ?だったら大人しくしてなさい」
どっかで聞いたことのある声。そういやさっきの…。
「!? ぐああああああああああああああああ!!!」
急に女がオレの上からどいたかと思うと急に体中が痛み出す。
「頭ガ…ワレル…アアアアアアア!!!」
特に頭の痛みが激しすぎる。何だこれは?
「動いちゃダメよ、ゼロ」
「それはNGワード。
あなたたちに言い聞かせるのはもう諦めてるんですけど」
するとオレは何かに縛られたように手足が動かなくなる。
「『どんな苦しみでも耐えてやる』んでしょ?」
「アアアアアアアア!!」
思わず頭を押さえたくなるが手が動かず、叫ぶしかなくなる。
「女アアアァァァァ!!ドウイウツモリダ!!?」
オレは先ほどの約束なんて忘れ、目の前でほくそ笑んでる女へ叫ぶ。
「今あなたは吸血鬼の血を得、躰は吸血鬼となっていってる。
特に頭が痛むのはあなたの頭に魔性炉が形成されている証拠」
「アアアアアあああぁぁぁ…!!」
痛みが引いていく。どうやら終わったようだ。
「さて、どうする?
今から事の説明を始めてもいいんだけど。起きてられるかしら?」
「無茶を…言うな…ん…」
一気に脱力感が体を襲い、オレは眠ってしまう。
「やっぱりね。さて、そろそろ夜も明けるし、そこの3人も起こさないとね」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
オレは生きてるみたいだな。
寝ていたせいか少しばかりだが疲れもとれてる。
「…起きた」
「よかったぁ」
「やっと起きやがったか」
仰向けに倒れているオレの顔を奏とリルラ、リストが覗き込んでいる。
傷は癒えているようだ。
オレは体をゆっくり起こし、そして立つ。
「やっと起きたわね。あ〜待ちくたびれた」
さっきの女がオレを見て気怠そうに言う。
「さて、まずは自己紹介しなくちゃね。
私は『フェイト・ドラキュラ・アカシャ』。
つまりアカシャの末裔」
フェイト・ドラキュラ・アカシャは俗にセクシーと呼ばれるような体型で。
露出の高い黒いドレスを着ている。
メデスがいたら喜んで飛びつきそうだな。そう言えば顔は青白い。
「ドラキュラ?」
「そう、私はアカシャの末裔にして吸血鬼なの。吸血鬼の血を濃く受け継いだ。
今はあなたも同じ吸血鬼。それについてざっと勉強してもらわないとね。
吸血鬼はほとんど男しか産まれない。
女は1年に数回産まれるかどうか。私もその1人。
だから女に飢えてるのが多いわね。
あなたたちも街にいたなら見たでしょ?色々と」
見たな、色々と。
「化物みたいなのもいたでしょ?
あれは人工的に造られた生物よ。
人に酷似しているのはちゃんと人の中から産まれた者。
その子たちの人数はかなりいるわね。
数えてられないくらい。何万もいるわ。
吸血鬼には女が少ないのになんでそんなに産まれるかってのは…教えるまでもないわね。
教える方もいい気分じゃないし。
で、吸血鬼って言ったら文字通り吸血だけど。今は三世代あってね。
第一世代は血がなくては生きていけないけど第三世代では必要なくなってる。
進化していってるのよ。
血が大好物であることには変わりはないんだけどね。
私は第三世代だからあなたもそうなる」
そう言ってドラキュラは血の味を思い出したのか舌なめずりをする。
「私はそういう血は吸わないからわからないんだけど、処女の血は美味しいらしいわよ。
そこのお嬢ちゃんたちは気をつけないとね。
時々食欲が抑えきれなくなって襲うこともあるから」
そうして笑うドラキュラにそこにいる全ての者の視線が様々な感情をもってオレを射抜く。
「血を飲むことで魔性の力は増大する。魔力もそうなるかしらね。
そうそう魔性も説明しないと。あ〜だるいなぁ」
そう言って溜息を吐くドラキュラの姿はフェイトの末裔や吸血鬼であるという感じがしない。
まぁ魅夜もどうかと思うが。
「魔性ってのは魔力って考えてもいいかしらね。
頭でイメージすることによって自分の姿を変えることができる。こんな感じにね」
そして指を針のように細くして伸ばす。
そういえばこないだ戦ったヤツもそんな事をしてたな。
「上達すれば体全体を変えることもできる。
あなたは後天的吸血鬼だから無理でしょうけど。
あなたが吸血鬼になって変わったことは血に飢えるようになったこと。
他人の血を飲んで吸血鬼の力を得た時、太陽の光が苦痛となること。
血を吸って吸血鬼化した時は眼が紅くなるからそれが目印かしらね。
私の血を受けたから太陽の光を受けて灰になることはないけど結構辛いわよ。
他には頭に魔性炉ができたこと。
その魔性炉を潰さないとよっぽどの事がない限り死なない、
それと老いにくくなったことかしらね」
「質問していいか?」
気になることがいくつかある。
「どうぞ」
ドラキュラは気前よく許可してくれた。
「まずオレたちをここに運んできたのは誰だ?」
虚ろだがオレは誰かに抱えられていた記憶がある。
「オレだよ」
そこで次元の怪盗が姿を現した。服装は前見た時と違って真っ黒だ。
祢音を攫ったヤツなのに怒りが込み上げてこないのは疲れているからだろうか。
「何で服が黒い」
「今は太陽の出てる昼だからだよ」
「寒がりなのか?」
確か黒い服は太陽の熱を吸収しやすい服だったはず。
「んなわけねぇよ。夜は白、昼は黒い服を着るのがオレのポリシーだ」
どんなポリシーだ。
とツッコミを入れると話が長くなりそうなので次の質問に移ろうとするが。
「どんなポリシーよ」
オレがせっかくツッコミたい気持ちを抑えたというのにリルラがつっこむ。
邪魔をするな。
「いいじゃねぇかよ。オレの勝手だ」
「その方が映えるんだって。ゼロは目立つのが好きですもんねぇ」
夜は真っ暗だから白は目立つかもしれないが明るいと他の派手な色もある。
なぜ黒を選ぶ?
「だからゼロって呼ぶのはやめてくれ。気分わりぃ」
ゼロ?そういやロキもそんな事言ってたな。
「『ゼロ』って何だ?お前の本名か?」
「ほら見ろ。こうゆう展開になる」
と言って怪盗はドラキュラを見ながらオレを指さす。
「まぁいい。オレの本名っちゃ本名かな。
そう呼ばれんの好きじゃねぇから言うなよ」
と言うことだから言わないでおくか。
「じゃあ次の質問。ここはどこだ?」
やっと次に進めた。
「ドラキュラ城」
即答だった。
「ならドラキュラ伯爵がどこかにいるはずじゃないのか?
オレと戦った吸血鬼が言ってた。
あんたがドラキュラ伯爵なのか?」
「いいえ。確かにここはドラキュラ城で私はここに住んでるし、ドラキュラという名もある。
だけどドラキュラ伯爵じゃない。
私はここにいるだけ。同じ吸血鬼だけど彼とは何も関係はない。
それに今ドラキュラ伯爵を主とした吸血鬼はここにはいない。
極東の国にいる。
そこで彼に抗う者たちと戦っている。
あぁこれは無用な話だったわね。他には?」
「もうない。……ぐっ!?」
いきなり体中が疼き始める。
「早速きたわね、血の欲が。初めは苦しいわよ。
他人の血を一度も吸ってないからまだ完全に吸血鬼になりきれてない。
だから意識ははっきりしてるけど必ず理性より本能が打ち勝ってしまう。
安心して。咬まれて血を吸われた人が吸血鬼になることはない。
そういう世界もあるけどね」
冷静にドラキュラは説明をし始めた。
もちろん安心なんかできるはずがない。
「そう言えばぁ……処女かそうでないかってどうやって見分けると思う?
寿命で死ぬまで処女の人もいれば、
年齢が2桁にもならない娘が処女を失うこともあるのに…」
徐々に欲望という本能が体を支配していくのがわかる。
理性を保つのに精一杯で説明を聞いている余裕なんてない。
「わかるのよ、ここでね」
そう言ってドラキュラは自分の頭を軽く2回叩く。
「ウア…アア…ア…!」
歯が疼く。犬歯が鋭くなっているのがわかる。
「おいおい、ヤベぇぞ。どうすんだ?」
慌てた怪盗の声が聞こえる。
「さてどうするかしらね」
もう限界…だ…。
「ウオオオオオアアアアアアアアァァァァァ!!!」
最後の抵抗にオレは天井に向かって力の限り叫んだ。
「お嬢ちゃんたち、気をつけなさいよ。
欲を満たすためだけだから1滴残さずってことはないだろうけど。
運が悪くちゃ死ぬから」
理性に支配されたオレが始めに眼に入ったのはリルラ。
「血ヲ寄越セ…」
オレは鋭い牙を剥き出しにしてリルラに向かって走り出していた。
「姉さんは傷つけさせない」
その前に鎌を持ったリストが立ち塞がる。
「邪魔ヲスルナ!」
心にも思っていないことが口から出る。
「殺シテヤル!」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
オレは誰かの首筋に咬みつき、そして貪るように血を吸っている。
これは…?
「カナデ…?」
オレは奏の血を吸っている。
「大丈夫、吸いたいだけ吸えばいい……死なない程度で」
そう優しく安心させるように言った奏はそのまま突っ立て、オレに血を吸われている。
初めて吸った血の味は美味かった。そう思ってしまう自分が情けなかっし、恨めしかった。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「どう?美味しかった?」
血を吸い終えたオレにドラキュラが声をかけてくる。奏は生きていた。
ちなみにその後、仕事があるからと怪盗はすぐに姿を消した。
重要な所で逃げ出すヤツだな。
「……………」
唇の端に着いた奏の血を親指で拭って舐める。
ガンを飛ばすことでその問いの返答にする。
「そう。魔力が高まってるのはわかる?」
それを見たドラキュラは満足そうに言った。
確かに魔力は増大しているのが感じ取れる。
それに今のオレの眼が紅くなっているんだろうし牙は鋭くなっている。
「ああ」
「その状態はしばらく経ったら戻るから
その時は元の値に魔力も減少するでしょうし眼も歯も戻るわ。
今みたいな暴走を避けたかったら時々他人の血を吸いなさい。
そうしないと躯を本能に乗っ取られるから。
ちなみに自分のを吸っても気休めにもならないから注意して。
これはあなたが背負う苦痛の1つでしかないわ。
これからもっと苦しい事が待ってるかもしれない」
オレは耐えると誓った。
「構わない」
「これからは私が一緒に行く。無月の餌になってお姉様を探す」
「他人だったら誰でもいいんだけど……そう決めたのなら頑張りなさい。
そろそろ迎えが来るわ。早くここから去らないと―――」
「ドラキュラ伯爵がここに帰ってくるのか?」
ドラキュラ伯爵はオレたちがこの城にいることを許さないかもしれない。
「さあ?どうかしら」
ドラキュラはそう答えて何か見透かしたように妖しく笑った。
「さ、迎えが来たわよ」
ドラキュラが後ろを指さしたのでそちらへ振り返ればメデスがいた。
「よっ、大変だったみたいだな」
「お前か…」
「無月お前眼ぇ紅くなってるのもあるかもしれねぇけどなんか眼つきさらに悪くなってるぞ」
別に普通に見ていたつもりだったんだけどな。
「どうも初めまして私はメデスという者です。以後お見知りおきを」
そんな挨拶をドラキュラとリルラと交わした。
ドラキュラに飛びつかなかったのは予想外だったし、その2人は案外普通に挨拶していた。
「さてと、今すぐ本部に戻るぞ。緊急招集だ。オレの船に乗ってけ」
「お前の『船』?」
そんなもん初耳だ。
「メデスさん船なんか持ってたんですか?」
「海に出ても何もねぇだろ。そもそもこの国は海に面していない」
リルラとリストも疑問の声を出す。
「船は船でも……」
そう言ってメデスは振り返り、短い呪文を唱えるとドアが出現した。
その模様はあの時崩れていく城で見た幾何学模様と一緒だった。
「次元を飛ぶ魔法の船『スキーズブラズニル』だけどな」
さて、一気に話が動いたこの世界はここで終わりです。
まだ激しい動きはあるんですけどね。
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