第19話
「いやぁなかなかショッキングだなぁ」
魔法を使う以外普通の人間であるヤツが狼男になり、
メデスは冷や汗でもかいているような顔で言う。
「どうやら魔玉の魔力は自分の器に収まりきらなかったようですね」
「だからって狼にならなくてもいいだろ。祢音、どうすりゃいい?」
「彼は生きた魔宝と言ってもそう違わないでしょう。
私が魔法で彼の動きを捕らえますのでその隙に魔玉を」
入手しろってわけか。
「OK」
「来ます」
「ヮオーーーーーン」
ヤツは大きな雄叫びを上げ、四足歩行でこちらへ走ってくる。
そしてヤツは跳び、前足を使って攻撃してくる。
「散れ!」
オレたちは四方に散り、ヤツを中心に囲むような陣形をとる。
「いきます!」
祢音が素速く詠唱すると差し出された手のひらから
白く光る1本の紐がヤツへ向けて放たれる。
が、しかし――
「!!」
強靱な脚力を使い簡単にかわすと祢音の隙をついて爪をかかげ、振り下ろす。
「……間一髪だな」
ヤツの手はオレの刀によって血を流しながら止まっている。
「オレだけ護られてばっかりじゃ不甲斐ねぇからな。メデス、奏!」
「あいよ」
「わかった」
動きを止めたヤツの背後にメデスと奏が控えており槍と剣を突き刺す。
「ギャオオオオオオオ!!」
悲鳴を上げ体を激しく捻り、刺さった槍と剣を振り払う。
「っと、攻撃するだけじゃあ動きを止めるのは無理かもな」
勢いよく振り払われメデスが荒れ果てた地を滑る。
「もう一度!」
祢音は再び魔法を使うがそれを避けるとヤツは駆け回り始めた。
「くっ!」
祢音は何度も詠唱を行い、魔法を発動させるが
相手はかなりのスピードで走っているためなかなか捕らえられない。
「はあぁ!」
瞬時にヤツの横へ移動し、刀を振るが当たらない。
「…これで!」
今度は奏がヤツの進行方向に移動し、
剣を縦に振るが見事な反射で横へ避けられてこれも当たらない。
「これならどうだ!」
メデスは氷の魔法を使い、ヤツの足を止めようとするが
速すぎて当たらない上、擦る程度の効果では振り払われてしまう。
「ちっ、鬱陶しいな」
下半身が強化されスピードはあるし、跳躍力も並ではない。
「仕方ありません。『ルーン魔術』を使います」
「『ルーン魔術』だと?んなもんどうやって――」
「話は後です。
しばらくの間詠唱を行いますのでその間私に攻撃をさせないようにしてください」
「わかった。メデス、奏聞いたか!?」
ヤツの相手をしているメデスと奏に向かって叫ぶ。
「とりあえず相手してりゃいいんだろ!?」
「………わかった」
ちゃんと聞こえていたようだ。
「じゃオレも行ってくる」
「お願いします」
そう言うと祢音は白い魔法陣を出現させ、目を閉じて詠唱を開始し、
オレはヤツの相手をしに行く。
ヤツも相手をしてくれたおかげでまともに攻撃は当たる。
ヤツへ攻撃した時数値が出ているということは、
ダメージを与えられているということなんだろうが
まるで実感がないと思わせるほどヤツの動きに鈍りはない。
「ちっ!うわっ……!」
背後をつかれその攻撃を刀で防いだのだがそのまま力で押し切られ吹っ飛ぶ。
「大丈夫か!?」
「ああ、心配ない」
するとヤツの真下に祢音の真下にあるのと同じような魔法陣が現れる。
祢音の方を見れば既に詠唱が終わっていた。
ヤツは逃れようと駆け回るが魔法陣はピッタリと後を付いていく。
『グレイプニル』
するとヤツの体は人の腕ほどありそうな太い紐で腕と胴をぐるぐる巻きにされる。
必死に逃れようとと暴れるが紐は固定されたようにそこから一切動くことはない。
「無月さん、今です」
オレは暴れるヤツの目の前まで来て詠唱を始める。
その間ヤツはオレが噛み殺そうと首を伸ばしていたがそれがオレまで届くことはなかった。
「やっと終わったな」
魔玉を取り除かれたラッドは衰弱しきっており死んでいた。
「何とかなったみたいだね」
いつの間にか天使の祢音ではなくなり、いつもの祢音に戻っていた。
「お前天使になれるようになったのか?」
「まぁね。人格は変わっちゃうけど悪い人じゃないし。
でも欠点があってこれを使うとかなり疲れ…て……」
ふらふらっと覚束ない足取りになったかと思うと
そのままオレへもたれ掛かり、寝息を立てて寝てしまった。
「勝手に寝るんじゃねぇよ。しゃあねぇな、宿に戻るか」
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
ベッドに祢音を寝かせてオレたちはその周りを囲んでいる。
事情の知らないヤツがこの場面を見たら祢音が死んだと思うだろうな。
「……無月」
奏が急にオレの名を呼ぶ。
「何だ?」
「お姉様はまだ死んでない……」
「な!?何でわかった」
奏にも人の心を読む力があるのか!?
「何となく」
『何となく』かい!?
「てめぇ!兄が妹の死を頭に浮かべやがって!!」
オレの心のツッコミも虚しく、なぜかキレてるメデスに迫られる。
「うるせぇ!静かにしろっ!」
メデスの腹を容赦なく殴るとメデスは呻き声を上げてしゃがみ込む。
「別に殴らなくても……」
「お姉様はしばらく起きないから今夜は寝た方がいい」
と言うことなのでオレたちはそれぞれの部屋で寝ることにした。
☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★
「いや〜〜よく寝た〜」
と言いつつも街の出口近くで欠伸をする祢音。
「欠伸なんかするな。みっともない」
年頃の女がそんな大きな口開けて欠伸なんてするもんじゃない。
「ついでに言うが口を隠すならしっかり隠せ」
「でもこれが性格なもんでねぇ…。ふわぁぁ」
と言ってまた欠伸をする。
「じゃここでお別れだな」
「えー一緒に行こうよ」
「バカか?これはゲームだぞ?
こんなトコで次元転移したらどうなるかわかったもんじゃない」
駄々をこねたところでどうにもならない事だ。
「多分大丈夫だって情報は全部ここに入ってるし現実世界には私たちはいないんだよ」
「祢音の言う通りだよ」
そう言って現れたのは昨日この街で再会した魅夜。
「用事が終わったから様子を見に来ましたー。ちゃんと魔玉はとれたみたいだね」
ヤツから奪った魔玉は祢音のおかげで勝ったも同然なので祢音の物になっている。
そうしなければあとの2人がうるさかったしな。
奏はうるさくはなかったのだがグサリとくる言葉を言ってきて辛かった。
「私の言う通りってことはこのまま転移できるってこと?」
「そ。私の条件無効魔法を使えばさらに確実に」
「じゃあさ、頼んでいい?その魔法」
「OK。任せなさいって♪」
そしてグッと親指を立てる魅夜。
できればやめて欲しかったな。
メデスだけで疲れるって言うのに祢音までプラスされちゃあ困る。
「じゃ、オレはここで降りるな」
メデスはオレたちから離れて言った。
「え、何で?」
「調律師が3人もいちゃ効率が悪くなるだろ。
オレは十分楽しませてもらったし、別行動するよ」
う〜ん、こんなに謙虚になるなんてあいつらしくない。
こんな時はノリノリでついてくると思ったんだけどな。
「じゃ、オレも降りるよ」
そしてオレも離れようとしたのだが
「お兄ちゃんはさっきまでメデスと一緒だったでしょ!
……諦めてついてきなさいって」
祢音はそう言い、魔法詠唱の準備に入る。
「「さて、始めようか♪」」
そして同時に言ってそれぞれ魔法を使う祢音と魅夜。
魅夜の魔法でオレたちはガラスのように透明な円で囲まれ、
祢音の魔法によって次元転移のための魔法陣が現れる。
「んじゃね、2人とも」
「バイバイ♪」
「あ、メデス。お前魅夜をナンパする気じゃねぇだろうな」
直前になって1つの可能性が浮かび上がる。
「大丈夫だってお前の恋人だもんな。手は出さねぇよ」
だがそれはメデスに笑顔で否定される。
笑顔ってのが気になるがこれも違ったか。
そしてオレたちは次元転移した。
「さて、行くか。フェイト様」
「そうだね。じゃ、行こうか」
メデスが魅夜にナンパし、魅夜は快く承諾!?
これは魅夜が不倫(一応恋人ではないですが)か!!??