第60話 モモのアイデンティティ
野呂 アスカの炎の剣を、晴子は氷の剣で受け止めた。
彼の放つ【炎の剣】は、火柱がまっすぐである。ムダな出力が、まったくない。マジメに修行をして、マジメに攻略を続けていた証だ。
対して、自分が出している【氷の剣】は、表面の構造が雑である。どんな局面にも対応できるように、太さを自在に変えているのもあった。しかし、本質は性格的な問題だろう。
晴子は、野呂先輩のような「本当に強い相手」と戦ったことがなかった。
いつの間にか、舐めプが板についている。あまりよい状況ではない。
「モモの父親は、勇者連合に所属していた」
しかし、問題児だった不良冒険者が、未踏破ダンジョン探索中に先走ってしまう。
ダンジョンボスに殺されそうになった彼を、モモの父親が救った。そのせいで、冒険者に復帰できないほどのケガを負うことに。
「その不良冒険者こそ、今の勇者連合の校長よ」
不良冒険者は、自身を反省する。誰にも迷惑をかけないように努力した結果、成長して勇者と認められた。今は若くして、勇者を育てる学校の校長にまで上り詰めている。
「だけど、幼少期のモモは怒ったわ。彼女は大衆の眼の前で、その人の腕を折った」
勇者連合の校長が、ボランティアで各地を回っていたときだった。
「では、あなたたちがダンジョンを出禁になっているのは……」
「違う。校長のせいじゃないわ。別に校長は、モモを恨んでないの。ウチの祖母が確認しているわ」
ああいう目に遭わされるのは、仕方ないと。
「でも、彼の家族や取り巻きは、モモを許していなかった」
色々と難癖をつけられて、勇者連合の息がかかったダンジョンには入れない。
「とはいえ、今は単純に、勇者連合はモモを恐れているだけみたい」
「たしかに。彼女は強すぎる」
モモだって、本気で勇者連合校長を潰すつもりじゃなかっただろう。どうしていいかわからない複雑な感情が、彼女を動かしたのだ。
モモの強さは、とにかく社会の理不尽をぶっ潰すところにある。やり場のない怒りが、彼女をここまで強くしたのだ。
「モモだって、今でも校長を憎んでいるわけじゃない。『不良の更生だけを美談として語り継いで、被害者がいたことをないがしろにする』世間が、許せないのよ」
「……そうか。つまり七星さんが襲撃前に話した、『イバラをモブとして処理したい』っていう提案も」
「彼女の怒りからよ。合宿二日目のボヤ。あのとき燃やされたのって、なんだった?」
「麝香学園の生徒会副会長が着るはずだった、ウェディングドレス……」
会長の嵐山と、副会長の玉蘭は、合宿最終日に結婚式を上げる予定だった。
イバラは、それをブチ壊したのである。
今でもショックで、麝香学園の面々はこちらに顔を出していない。
「あの子は、イバラを『荒らしの中の英雄』にしたくなかったの」
「よく見ていますね。七星さんが、あなたを慕うわけだ」
「褒められたって、手加減はしないわよ!」
晴子は氷の剣を、二刀流に変えた。片方は物理的な攻撃手段、片方は杖にして、魔法を撃つ。
「同じ氷魔法で、まったく違う攻撃手段を同時に行う。これが魔王!」
驚いてはいるが、野呂先輩はこちらのトリッキーな攻撃を、初見で対処した。炎の剣一本だけで。
これが、勇者か。まがい物ではない。幾多のダンジョンを攻略してきた、本物の勇者だ。
とはいえ、こちらだって毎日、洲桃と戦闘を繰り返してきた。どんなにしんどくても忙しくても、最低一時間はケンカする。ケンカの質と数なら、歴戦の勇者にだって負けない。
氷魔法の出力を抑えつつ、ピンポイントの障壁を作り、防御を続けた。
こんな相手に常時全力ブッパしていては、すぐガス欠になる。
だが野呂先輩は、こちらのガードするポイントをずらして、こちらに攻撃を当ててきた。勘がいい。
炎の剣が、わずかに晴子の肌を焼く。
だが、晴子だって無策ではない。
身体に薄い氷の膜を、あらかじめ張っていた。
炎と干渉したことにより、水蒸気が発生した。
高温の湯気で、野呂先輩の視界を奪う。
「【ウインド・カッター】!」
洲桃のお株を奪う、風属性魔法を乗せた回し蹴りを、野呂先輩のアゴに命中させた。
脳を揺らし、野呂先輩が昏倒する。
[野呂 アスカダウン。これにより、残りは三人となりました]
まだ、終わらない。
個人戦は、最後の一人になるまで続く。




