任命されただけの小隊長
射撃訓練場を後にした霧島と梁兵曹長は再び小隊区画を二人で歩いていた。
先ほどまで耳を打っていた銃声はすでに遠ざかり、規則的な機械音が場を満たしている。
霧島は先ほどのムサ一曹の言葉を反芻していた。思い出を作らないでとはどういうことなのか。その意味を霧島は聞き出せずにいる。梁兵曹長に聞いたとしても返事が返ってくることはないだろう。
「次は第二分隊です。」
先を歩く梁兵曹長が淡々と告げる。
「第二分隊長はヴァルター二等兵曹です。小隊長とは既に面識がおありだと思います。」
「ああ、着任してすぐ世話になった。」
「あの男は優秀です。この部隊で一番多くの任務をこなしてきた男ですから。」
そうヴァルターを評する梁兵曹長の言葉は温かみのある響きだった。その温かみは決して霧島に向けられることがないだろう仲間の情のように感じられた。
霧島は何度目かもはやわからない梁兵曹長との沈黙を耐え第二分隊が作業をしている第二小隊武器庫に到着した。
武器庫に到着するとすぐに梁兵曹長は近くにいた一等兵に分隊長を呼んでくるように命令した。梁兵曹長から命令された一等兵の男は武器庫に駆け足で入っていった。
十分後、一等兵の男は一人で霧島たちの元に戻ってきた。
一等兵の男は霧島にかけよるやいなや敬礼し口を開いた。
「分隊長からの伝言であります。小官はすでに小隊長殿とあいさつを交わしている。これ以上の形式は不要。とのことであります。」
一等兵の男は言い終えると敬礼をして戻ろうとした。
だが、それを梁兵曹長は許さなかった。
「貴様、私は何と命令した、分隊長を呼んで来いと命令したのだ。伝言を聞いてこいなどと命令していない。」
梁兵曹長は淡々と顔色一つ変えず一等兵に対し叱責をしている。怒気をあらわにしているわけではないがその無表情がその怖さを引き立たせていた。
「小隊長、申し訳ありません。最近兵が前線部隊員としての自覚に欠ける行動が増えてきています。早急に小隊員の引き締めが必要かと。」
そういうと梁兵曹長は一等兵の男に向き直った。いまにも鉄拳制裁を行いそうな雰囲気だ。
霧島は慌ててそれを制止した。
「梁兵曹長それはもう良い。無理を言って会いたいといったのはこの私だ。向こうに会う気がないのならば仕方あるまい。」
「しかし……いえ小隊長がそうおっしゃるのでしたら。」
梁兵曹長はそう言って霧島の方に向きなおした。
残る分隊はあと一つ第三分隊のみだ。
第一分隊長も第二分隊長との挨拶はうまくいったといえる結果ではなかった。やはり、任命されたというだけで小隊の仲間に加わるのは難しいのだろうと霧島は思わざるを得なかった。
そんな考え事をしているうちに第三分隊のいる小隊倉庫に到着した。
小隊倉庫には第二分隊の物品と火器以外の装備品が保管されている。第三分隊は倉庫で装甲服の点検をしていた。
梁兵曹長は倉庫の中に入り大声で名前を呼ぶ。そして倉庫の奥から二人の迷彩服を着た兵士が歩いてきた。
二人は霧島の前に進み敬礼をする。
「第三分隊長ルカ・フェルナンデス二等兵曹です。よろしく、小隊長」
「小隊整備長エリカ・ノイマン特務准尉よ。よろしくね、小隊長」
その二人は第三分隊長と整備士だった。いままでの雰囲気とはうってかわり二人とも明るく挨拶をしてくれた。
だが、エリカ・ノイマン准尉の存在は霧島を驚かせた。ノイマン准尉が女性であり霧島と同じ年齢程度に見えるがその年齢で特務准尉という階級。
通常准尉の階級は二等兵からのたたき上げの兵士が五十代で承認するのが普通だ。しかしノイマン准尉はまだ推定二十代、そして階級の前についた特務という聞きなれない名称。
特務准尉という階級は霧島の知識の中には存在しなかった。
そんな疑念にとらわれていると梁兵曹長がその二人に向かって話し始めた。
「お前たち、上官への口の利き方がなっていないぞ。いつになったら治せるのだ。」
梁兵曹長が二人に小言を言う。しかし、梁兵曹長にフェルナンデス二曹が反論した。
「そんなこと言ったら梁、君もノイマン准尉殿への口の利き方が悪いんじゃないのかい。」
「それは、」
梁兵曹長は一瞬押し黙る。そうしているとノイマン准尉が手をたたいて場を制した。
「はいはい、そこまで。フェルナンデス君、私たちの言葉遣いが悪かったのは事実なんだからそんな嚙みつかないの。ごめんね小隊長、いつもこんな感じなんだよ。」
「にぎやかでいいじゃないか」
「あ、言葉遣い。正した方がいいよね、じゃなくていいですよね。」
「構わんよ、その方が私も楽だ。」
「やった、私堅苦しいのは嫌いだからさ、前の小隊長なんか」
ノイマン准尉が言いかけた瞬間、フェルナンデス二曹が会話に割り込んできた。
「エリカ准尉、それ以上は」
「あ、そうだったね。ごめんね小隊長、気にしないで」
そう言って一瞬の中断はあったがその後も二人と数度会話を交わし霧島は倉庫を後にした。
「これで第二小隊の幹部の紹介は以上になります。何か質問はありますか。」
「いや、大丈夫だ。今日一日ありがとう梁兵曹長。」
「いえ、気にしないでください。」
そう言って梁兵曹長は敬礼をし、自室へと戻っていった。
霧島の中には疑問が渦巻いている。
しかし、根拠はないがそんな疑問もすぐに晴れる予感がした。
悪い予感とともに。




