1 自由宣言
「卒業後に必ず君と結婚する。だから、せめて学園に在籍している間だけは俺を自由にしてくれないか」
言った。ようやく言ったぞ!
イソマキ侯爵家令息トルスティ(17歳)は高揚していた。彼の友人達は既に同じような台詞を各々の婚約者にぶつけ、学園内で下位貴族の令嬢や平民の女たちと楽しそうに過ごしている。
⦅俺だって、いろんな女の子と遊んでいいはずだ!⦆
そう考えたトルスティは、しかし優柔不断な性格が災いし、なかなか自分の婚約者に言い出せずにいた。だが、ついに意を決して伝えることが出来たのだ。ちなみに此処は学園の中庭である。
「まぁ?」
と目を見開く婚約者。カーッパ伯爵家令嬢ユリアナ(17歳)である。彼女とトルスティは15歳の頃からの婚約者で、学園では同級生でもある。もちろん親同士が決めた政略の婚約だ。トルスティとユリアナは婚約以来この2年間、それなりに交流を重ねてはいたが、特別に仲が良いわけではない。別に悪くも無いが。ユリアナは華奢で儚げで確かに美しい令嬢ではあった。けれどおっとりとしていて口数が少なく、トルスティは彼女に対してどこか物足りなさを感じていた。だから余計に思ったのだ。他の女の子と仲良くしてみたいなー、と。もっとお喋りな女の子とだったら話も弾んで楽しいんじゃないかなー、と。
「ナイスアイディアですわ。トルスティ様」
ユリアナの口から出た言葉に驚くトルスティ。おそらく「あら、イヤですわ」とおっとりと断られるだろうと思っていたからだ。その上で「みんなしてるし」と、何とか彼女を説き伏せようと目論んでいたのである。
「は?」
「どうせ卒業したら私たちは結婚するのです。そして結婚すれば、どうせ共に暮らすのです」
鈴を転がすような声でそう言われた。
「『どうせ』……?」
繰り返された「どうせ」という台詞に、何故だかトルスティの胸はチクリと痛んだ。
ユリアナはにこやかに笑みを浮かべ、続ける。
「ですから、せめて学生時代くらいお互い自由に過ごしましょう。素晴らしいご提案、ありがとうございます」
「『お互い』?」
「ええ、お互い」
ここでトルスティの背をイヤな汗が伝った。
「君も自由にするということか?」
「ええ、もちろん。トルスティ様は進歩的ですわね。流石です!」
「あ、えっと……」
トルスティは焦った。これはマズい展開ではなかろうか?
トルスティは周囲の友人達を真似て、男である自分だけが自由を満喫しようと思っていた。当然のように。だが、考えてみればオカシな話だ。男だけが好き勝手に過ごして、婚約者にはおとなしくしていろと? 理屈も道理も通らない。トルスティはもともと強気な性格ではなく、優柔不断だ。ユリアナにどう言っていいか迷ってモゴモゴしているうちに、ユリアナは「それではそういう事で」といつものおっとりとした口調で言い、中庭を去って行ってしまった。
え? どうすんだ、これ? 大丈夫そ?
トルスティは地味な男子であった。見た目も中身もパッとしない。平凡な顔立ちはイケメンの友人達といると埋没するし、王国17歳男子の平均身長に及ばない上背は、高身長の友人達といると埋没する。ぽっちゃりとした体型は細マッチョの友人達といると悪目立ちしかしない。学園の成績は中の上。成績上位の友人達の中で肩身が狭い。剣の授業もダンスの授業も補習組だ。揃って運動神経の良い友人達に教えてもらうが、なかなか上手くいかない。
⦅い、いや。でも俺は名門イソマキ侯爵家の長男にして跡取りだ!⦆
「俺って、それしか取り柄がないのかな?」
悲しくなったトルスティは、せめてモテモテの友人達の真似をして婚約者以外の女の子と仲良くしてみたいと思ったのだ。思ってしまったのだ。
「ユリアナ嬢って儚くて綺麗だよな~。まるで花の妖精みたいだ。トルスティには勿体ない!」
「ホント、ホント」
などと、友人達に日常的に言われるのも癪に障った。
⦅俺だって、婚約者以外のガールフレンドを作れるんだ! 見とけよ!⦆
そう考えてユリアナに冒頭の台詞を吐いたのだ。
だが、ユリアナの「お互い自由に過ごしましょう」という言葉に、今は不安しかないトルスティなのだった……(自業自得)




