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カエルとオレンジ

作者: 川崎 春

 私はある使命の為に地上に出現した。見た目はごく平凡な若い女だ。私の中には今のこの世界の知識と使命の事だけがあり、他には何もない。


 私の出現した場所は、大きな街の外れだった。

 そこには私の住むべき小さな家があり、私はずっとそこに住んでいて両親を亡くしたばかりだと周囲は信じ込んでいた。

「アリアナ、元気を出すんだぞ。もし働くなら、うちで売り子をしてくれないか?」

 毎日広場で果汁を絞って売っている男にそう言われ、私は素直に応じた。


 人々の行きかう広場で、私は毎日果汁を売りながら人々を見続ける事になった。

 私の使命はある人物を見つけ出し、持っている力を預ける事だ。きっとここで出会えるから、創造主が私をここに置いたのだ。


 そうして数日が過ぎた。


「一つくれ」

「はい、銅貨二枚です」

 私がそう言って果汁を絞る機械でオレンジを絞って渡すと、男は私を覗き込んだ。

「俺を見て赤くならない女って初めて見た」

「そうですか。銅貨二枚です」

 男は肩をすくめて私の掌に銅貨を二枚落として去って行った。


 美形なのかも知れない。しかし、私にはそれが分からない。だって、あの男だけ……頭がカエルに見えるのだから。


「ねえ、名前は?」

「アリアナ」

「この後時間ない?」

「ありません」

 カエルは、名前をザインと言う。家名もある貴族だったそうだが、今は除籍されて平民だそうだ。

 女癖が悪くて、王女様に手をだしたので王都を追放されたそうだ。そしてこの街で騎士団の下っ端をしている。


 私にはこの男が冤罪だとすぐに分かった。私には人のステータスを見る能力がある。

 この男は剣技レベル99で、神聖魔法レベル68の化け物だ。剣技に関してはこの男以上の者は地上におらず、神聖魔法では大司教クラスに匹敵する。魔法勝負で勝てるのは法王くらいだ。

 カエル頭で年齢は分からないが、若い男だと周囲が認識している。その年齢でここまでになろうと思ったら、女と遊んでいる暇などない筈だから。


 そして、私に絡んでくるのに街の娘達には見向きもしない。……私の中にある力を感じているのだろう。器と中身が惹かれあっているのだ。


 私としては速やかに力を渡したいところなのだが、渡す事が出来ない。それには理由がある。

 創造主の定めた条件で、私がこのカエル頭に惚れる事が、力の譲渡条件になっているのだ。


 このカエル頭に、惚れる。


 果汁を長い舌でベロベロなめているように私には見えるが、通りがかった女性達が頬を染めてチラチラ見ているから、実際は普通に人の頭で器からゴクゴク飲んでいるのだろう。

 恋がどういうものか分からないが、色々無理な気がしている。


 途方に暮れたまま、ザインに絡まれて半年程の時間が経過した。

 その間に、カエル頭に頭を撫でられたり、一緒に買い物に行ったりした。紳士なカエルとの時間は楽しかったが、休憩でカフェに入ると気分が急下降した。飲み方が、我慢できない。


「魔物が出たらしいよ」

「羊飼いが行方不明だって」

「羊もかなり食い荒らされていたらしい」


 不穏なニュースが街に届いた。

 何故私がここに居るのかを改めて認識する。……この世界は創造主のミスで世界に変な生物が生まれた。創造主は自分のミスをなかった事にしたくて、変な生き物を集めて封じた。

 今は魔物と呼ばれている。自分のミスをなかった事にした創造主を酷く憎んでいる。


 封じ目はきっちり閉じているのだが、創造主が思っていたよりも魔物の力が強く、封じ目が開く事がある。その部分を封じる為に、勇者……つまりカエル頭が生まれて来る。

 カエル頭も私も、創造主の尻ぬぐいの為に生まれ、こうして出会っているのだ。


 馬鹿らしいと思っていたが、被害者が出てしまうとそうも言っていられない。

 気付けば、カエル頭は騎士団の下っ端だったのにこの街で一番上になっていて、近隣の領地からも合同訓練で指南を頼まれる程になっている。街の住人は、もう誰も王女に手をだしたナンパ野郎だと思っていない。誰かが彼の才能に嫉妬してハメたのだろう。


 騎士隊長としてその現場も調べに行っていたのだろう。大きな馬に乗ったカエル頭が広場に来たのは、ニュースが伝わって三日後だった。カエル頭は広場を通り過ぎたが、私の方を一切見なかった。

 羊飼いと羊だけの被害だと聞いていたのに、実際には村が一つ全滅していた事が分かったのだ。


 カエル頭は果汁を買いに来ない。それでも私は遅くまでオレンジを一個だけ取って置く。閉店間際にカエル頭が買いに来るかも知れないから。毎日、毎日。

 そして銅貨二枚を売り上げに入れて家に持ち帰り、自分で皮を剥いて食べる。一番いいのをこっそり取ってあるのに、家で食べるとすっぱく感じた。


 あの事件が起こるまで、三日と置かずに私の元に来ていたカエル頭。私の力が必要な筈なのに。本当はそれを分かっている筈なのに来ない。どうして?


 そして、とうとうオレンジが入って来なくなって、果汁売りは休業する事になった。

 そして食料は配給制になり、広場では炊き出しが始まった。誰もがカエル頭の指示に従っている。


「勇者様」

「どうか勇者様」

 人々の祈りの声が聞こえる。


 潮時だ。


 私は、もう一つの方法を取る事にした。これは、本当ならやりたくなかった。けれど、惚れられなかったのだから仕方ない。


 創造主の持つ莫大な知識の中に、カエルに変えられた王子をお姫様が救う話がある。

 創造主は、カエルでも愛する優しさで力を受け渡す事を望んだ。しかし創造主の知っている元のお話通りにやったって、きっと力は受け渡せる。だって、私はその知識から生まれたお姫様役なのだから。


 私は騎士達が集まっている場所で、カエル頭の居場所を突き留めた。カエル頭のお気に入りの果汁売りの娘。それだけで騎士団の詰め所は顔パスだ。


 カエル頭は詰め所の一室で、窓際で夕陽を浴びて黄昏ていた。カエル頭の表情は変わらない。それでも分かるのだから情はかなりあると思う。ただ、キスをする程の気持ちはない。


 創造主のお望みは、カエル頭とのキスなのだ。


 何でそんなに高いハードルを設けたのか……障害が大きすぎて、愛は燃え上がらなかった。

 本来の話では、お姫様はカエルを嫌がって投げつけるのだ。そうするとカエルが王子様に戻る。

 だから、ずんずん近づくと、むんずとカエル頭の体を掴んで持ち上げ、壁に向かってぶん投げた。まだ力を譲渡していない私は想像以上に力持ちだった。


 あれ?……だったら私が封じに行ってもよくない?


 ドガッ!


 壁にぶつかってカエル頭がドサリと床に落ちる。……あ、髪の毛がある。ずっとヌトヌトのツルツル後頭部だったのに。予想通り、創造主の条件はこれで崩壊したようだ。

 しかし今から見るであろう顔がどうであれ、このままではキスをする事になってしまう!そう思ったら反射的に部屋から走って逃げていた。


 やがて、背後に物凄い殺気を感じる。馬だ。馬で追いかけてきている!間違いなくカエル頭だ。


 怒ってる!キスしたくない!


 私は必死だった。

 果汁を舐める姿、買い物で疲れただろうと椅子まで引いてくれた紳士なのに、向かい側でコーヒーをベチャネチャ舐めるあの姿が走馬灯のように浮かんで消える。

 犬顔をしているなら許せたのにと、犬を撫でながら泣いた事もある。


 走るうちに力が体になじんでいく。馬でも追いつけない速さで疾走し、私は創造主のミスによって生まれた生き物たちの住む場所との境に来ていた。


 彼らは皆真っ黒で赤い目をして、牙があった。でも、もしゃもしゃとどこから持って来たのか、オレンジを食べていた。

「オレンジヲクレ、タベタイ」

 どうやら魔物にとって、オレンジが最高の食材であるらしい。


 話してみれば、オレンジの農園のある村でオレンジを取ろうとして戦闘になり、村を全滅させてしまったそうだ。羊飼いと羊は、食べてみたがおいしくなかったと言う。

 私が売っている果汁はオレンジ一択だ。だってこの辺はオレンジが特産品なので。そのオレンジの匂いをさせている私に対しての警戒心は薄く、対話してくれたのはありがたかった。


「分かった。沢山あげる」

 私は勇者の力を使って、オレンジの木を茂らせた。 

「アリガトウ」

 被害者や動物達の冥福を祈りながら、彼らの為にも力を振るう。


 本当は光り輝く剣を降臨させる力だ。それを全て使って作ったオレンジの森。輝いていて夜でも明るい程だった。


 朝日が昇って高くなり、オレンジの木を力のある限り茂らせ続け、力を使い果たした私はオレンジの木の幹にもたれて座る。

 指先から薄くなっていく自分の姿。力を譲渡したら消える運命だった事を思い出した。きっと力を失ったら思い出す仕組みだったのだ。創造主、趣味悪すぎ。

「創造主は悲恋をお望みだったと言う事ね」

 カエル頭の障害を乗り越えた先での悲しい別れとか、無茶ぶりドラマチック過ぎる。そんな事するために私は産まれたのか……。精一杯逆らってやった。悔いはない。


 手足に力が入らなくて動けないから目を閉じていたら、馬の走って来る音がした。

 ああ……早く消えないと。カエル頭が来ちゃう。

「アリアナ!」

 声は間違いなくカエル頭だ。絶対に目を開けるものか。

「消えてないでくれ!」

 駆け寄ってきて抱きしめられる。そして、唇に柔らかい感触が。


 何してくれるんじゃ!


 カッ!と目を見開くと、そこにはドアップのサラサラ金髪に碧眼の美男の顔があった。好みドストライク。うわ、かっこいい。

「もっと早く見たかった。……でも、飲み物は目の前で飲まないで欲しい」

「アリアナ?」

 すると、空気に溶けるように薄くなっていた指先がはっきりして、手足に力が入る様になった。

「奇跡だ。神様ありがとう!」


 元カエル頭に抱きしめられながら、私は雲一つない空を睨みつけた。

『お前は面白いから長生きしろ』

 そんな声が聞こえたからだ。


 まさか、輝くオレンジを食べた魔物達が、時間をかけてゆっくりと小さくなり、消えていく事になるとはこの時は思ってもみなかった。

 今までの勇者は、この力で魔物達をガンガン殺していた。恨みを吸った大地からまた魔物が生まれて来る事になっていた。それではいけなかったのだ。オレンジを喜んで食べて滅びていく魔物達の事を思うと複雑だが、もう考えない事にした。今の私はただの人間だから。


 私の生み出したオレンジは、創造主の魔物殺しの力で輝くだけで、ごくごく普通のオレンジだった。

 輝く夜の森を見に来る人達のお陰で観光で潤う事になった。


 今日も私は果汁売りをしている。

「ねえ、何で俺だけストローつけてくれるの?特別感あって嬉しいけど……」

 ズズズーっとすすっているザイン。

「何だか、落ち着くのよ」

 ザインが何かを飲むのに慣れるにはもう少し時間が必要そうだ。創造主の思惑通りでちょっと悔しいけれど、慣れたら好きだと伝えてみよう。

アリアナは、一応聖女です。自分では平凡だと思っていますが、可愛い系の美少女です。

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