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8話 まず感謝した


 ——根と幹の世界、床屋にて。


 まず結論から言うとしよう、お前には意味不明な話だろうけどな!


 クリステンは二人の英雄に出会うことができた。

 しかもそれはあろうことか、あの宇宙船で乗り合わせた老紳士と日本人であった。


 星間戦争。通称ビッグバン・オペラが始まって、最初二つの大きな戦いがあった。それに木星軍の将軍として指揮をとった二人の英雄が勝利の立役者となった。それ以外の中小規模の戦いでも連戦連勝で負けなしだった。


 その後、地球侵攻作戦が行われ、ここでも二人の英雄がタッグを組み地球軍を打ち破った。悪の地球貴族たちはこの戦いで地球にはいられなくなり、太陽系内の星々や都市型宇宙船に逃げ込んだが、彼らは降伏をよしとせずに徹底抗戦の構えを見せた。


 月市民と火星市民は敗戦ムード一色で士気は皆無だったが、彼らの政府は負ければ処刑されると思っていたので、(実際にそうなったものも多いが)市民にドローンを向け、不正選挙をし、AIの決定を改竄してでも戦争を継続しようとした。


 木星・土星連合の次なる制圧目標は月と火星だった。


 月は驚くほど抵抗した。指揮官がよほど良かったのだろう。

 月が陥落寸前になると月の軍は火星に逃げて、その他の地球軍残党と合流。


 残る地球軍残党の本拠は火星と金星だけとなった。


 それにしても、地球貴族のアイバンホー公爵とダグラ伯爵は腐敗の権化だったよ、こいつらこそが戦争の原因そのものだったのだが、奴らは地球にいられなくなってもまだ余裕綽々だった。彼らは地球市民も月も火星も彼らの奴隷だと思っていたようだ。そして彼らは他の貴族も脅迫、司法関係者も全てだ。


 放っておけばどんな組織も腐敗し、その被害者は市民となるものだが、そもそもが徹底的な適性検査をするべきだ、違うかね?


 過去にまで遡り、仕事をチェックしろ! すぐに首を切れ。賄賂の確認も! 脅迫されていないかの確認もだよ!脅迫は重罪にしろ、当たり前のことだ、可哀想に! しかしエレベータのメンテナンスをしないメンテナンス係は首を切れ、君たちならきっと出来る!


 え? どうやるか?


 ……話を戻そう、お前さんのためにな。


 あれ、どこまで話したっけ。

 木星の元首は敵を裏で支援する地球協会ギャング撲滅を決定。


 このギャングは貴族に影響力を行使してきたのだが、やがて数人のリーダーが強固な連携をとり選ばれしものが全てを管理する社会を目指していたようだった。しかし、それは仮初のお題目で、彼らに協力したものの9割以上が彼らの奴隷になる予定でもあった。奴隷としても要らないようなものは処分される手筈になっていたのだ。


 しかし彼らは選ばれしものではない。

 彼らは100%失敗すると断言できる。


 なぜうまく行くわけなかったのか。

 答えを言ってしまえば、それは彼らは自分を否定できないからだった。


 自分が見下している庶民と自分が生まれが違うだけの同じ型番の遺伝子タイプの1個人だと認められない、自分の愛している人とまるで同じ精神や、なんなら見た目まで似ている個体が自分が紛争地帯に変えて殺害した数十万人の中に何百人もいること、己の子供、親と同じような人間が敵の中にいてそれを殺していること。その全てを彼らは正面から受け止められないのだ。


 人間は愚かだよ! 全く! 人種や、コミュニティ、国家、国籍や言語で人間を分けても意味がないのに気づかない! 人間は遺伝子タイプを土台としてまず分けて、それからだね。話はまずそこらからなんだよ。よくもまぁ、気づかないもんだ。協働するために違いがあり、協働は救いであるのに!


 ま、いいや。木星では、このギャングや、地球貴族たちのような組織がなぜ生まれるのか、全ての構成員とその遺伝子、行動、判断パターンを解析し、家でもなく、思想でもなく、所属組織でもなく。遺伝子タイプで人間を分けるモデルとして地球社会を使った。


 それは一定の成果を上げた。当たり前だけどね。


 腐敗のモデルや仕組み、責任を感じる範囲や方向性に遺伝子レベルの違いがあることや、特定の決まり決まった型番同士の相性や、争いのパターンに学習の仕方の違い。これらは技術的にはとっくに解決、判明していなければおかしいほど簡単に割り出せるものであったけど、特定の個人が計画的にではなく、無意識から自分たちの権利にしがみつこうとして研究を潰していたことも発覚したり、それと子供たちのセラピーも積極的にやるようになったな。


 型番は重要だから、覚えとけよ。


 これはこの時代の一般的な市民や大勢の権力者たちにはすでに理解されない考えで、なぜならそれは皆しがみついてはいけないものにしがみついていても満たされることはない、と知っているから。


 アーサー、お前さんはこの時代の人間じゃないが、お前さんならわかるかもしれない。


 しかしお前はここまでよく私の話を聞くことをこなした。頭がいいんだか、忍耐強いんだか。


 さらに続けさせてもらおう、満たされるということについて。


 なんだ? ちょっと嫌そうな顔したか? 私の勘違いならいいのだが。違わなかったら酷いぞ!


 古代の人類の作品の中ではこんな話があった。あ、お前にとっては違うけどさ。


 ファースト、いやワウストと言ったな。セカンド、セコンドとも間違えたことがある。何しろ間違えすぎて覚えてないのだけど。えーと確か……


 まず初めに——


 悪魔が出てくるだろ?


 悪魔は人間はどうしようもない生き物だと神に言って。


 対して神は——


 人は迷うだけであり、悪いものではないよ。


 と言ったわけ。


 それで意見が分かれたので悪魔と神は賭けをすることになったんだ。


 悪魔は一人の賢明な人間と契約を結んだ。


 その人間は満たされないと言うので、どんな願い事でも叶えてやるから、満たされたらお前の魂を持っていくぞ、というふうに。


 人間は欲望の限り、若返り、欲しい異性をものにし、色々とやるのだが、どうしても、何をやっても満たされない。紆余曲折あって、彼のものが最後に未来の人たちのためになることを願うと、その希望に満ち溢れた未来を感じてついに彼は満たされた。


 悪魔が彼の魂を攫おうとすると天使と神の光明が現れて彼の魂を天国へと救って行った。


 そんな話だ。


 これは要するに人間はどれだけ悪いことをやっても満たされることはない。必ず善いことでしか満たされないように出来ている、人は悪いものでは決してない、と神の言ったことが証明されたと言うことで賭けは神の勝ちになり、ついでに良きものは天国へ。


 となったわけなのだが、えーと、つまり僕が言いたいのは……



「おい、人間! おい、聞いているか!? 聞いてないならひどいぞ! わふわふ!」


 —やい! 人間の善性がだな、それで証明されて……




 **




 意識が朦朧とする中、恐ろしく長い話を聞かされていたような気がした。


 そういえばハービットが何か話していたのだった。


 >>アーサー・ボイド・ベクスター 視点


 クロウリー政府に対して反乱軍を組織し、アジトとなっている床屋に逃げ込むと旦那の愛犬ハービットがいて喋りかけてきたのだとアーサーは思い出した。


 アーサー・ボイド・ベクスターは甲高い声から、人語を発する時はひどく低く威厳のある中年男性の声色を真似て喋る怪犬の話には興味があったが、それ以上に胴体にくらった鉛玉の摘出に意識が行っていた。銃弾を食らった箇所から鈍い熱を感じる。


 ファニー・ステファニーが治療してくれている。横顔、顎のラインが美しく、この時になって初めて彼女がこんなに造形に恵まれていたのか、と気づいた。



 横目で犬を見ると、少し不機嫌なように見えた。多少申し訳なく思えて——


「俺には難しかったが、後でたんまりと聞くさ、ハービット。それより旦那はいないかな、しばらく会えてないんだ」


 そういうと、ハービットはビクッと固まった後、目が泳ぎ出し何か思い出したようなそぶりであたりを見回して、床屋から大急ぎで飛び出して行った。



「犬に何を話しかけてんのよ、アーサー。全くあなた重症なんだからね」


 わかってるの? と続けて言ってファニーが心配そうにアーサーの瞳を覗き込む。

 負傷した中年男の意識の具合を確認しているのだろう。


 アーサーはといえば、ハービットの人語は自分にだけ聞こえていたらしいことを理解して、どうりでファニーが驚かないわけだ、などとアーサーは考えながらファニーの瞳を見返していた。



「大丈夫、たった三発だ。明日には軽傷になってるさ……」


「そんなわけないでしょ、もう……」


 ファニーが「死んじゃダメよ」小声でそういってアーサーの頭部を胸いっぱいに抱きしめた。





 **




 夜、襲撃があった。


 政府軍だ。


 床屋の裏手の地下排水路から逃げる、店内と店先の通りで20人以上やったと思う。

 上出来だった。しかしファニーが死んだ。死んでしまった。実は知らんぷりしていたが、互いに惹かれあっていたように思う、涙は出ず、咳が出始めていた。


 自分もここまでかもしれない。

 

 狭いトンネルの中を足を引き摺りながら、街の外へと向かっていると咳がひどくなってきた。トーチの光が後ろから誰かを探すように振り回されている。


 気配を消しながら振り向いて、まだここにいるとは知られていなそうだと思った。


 ——その時。

 漆黒の闇の中、いつの間にか間近にトーチが現れて点き思い切り自分の顔を照らした。心臓が跳ねたが疲労で気にならなかった。それよりもすり減っているような感覚の中でなんとか意識を保つので精一杯だった。


 反射的に両手を目のまえにだして顔を顰めた。


 うっすらと目を開けると——


 水路トンネルに丸テーブルがありそこに旦那が座っていた。


 ちょうどトンネル出口で、外は雨。

 曇りだが空がほんのりと明るくなり始めていた。



 —やぁ、ピンチなようだね。男前のアーサー。


 こんな時でも相変わらずの調子で話す男だった。


「旦那、そんな場合じゃないな。限界だ」


 脇腹の出血している部位に布を押し当てながら、どかっと椅子に座る。

 嘘じゃなく、限界が来ていた。


 —今はどうだ?


「すり減って死んじまいそうだ、紙やすりの海で溺れているよ」


 —可哀想にな。


「全然そう思ってなさそうだ、それだけ言いにきたのか? 違う、ことを、願いたいんだが」


 息も絶え絶えにようやく、絞り出した言葉だった。視界が傾いて、自分が傾いていることに気づく。今にも椅子から転げ落ちて自分は死ぬのだろうと思った。ファニーも、守ってやれなかった……


 —最後に言いたいことはあるか?


「ファニー、すまん、俺はまた仲間を守れなかった……、俺は、ただ皆のために正しいことが、、」


 したかった、と言いかけて意識が反転し真っ白な世界に行く前に声が聞こえた。


 —安心しろ、これは夢だ。お前は夢から覚めて、やるべき事を成す。願い正しければこの宇宙はそれを叶えるようにできている。というわけで行ってこい! 男の中の男、ボイドの中で輝く星のような男! アーサー・ボイド・ベクスター!


「そうだ、そうだー! わふわふ!」



 **



 目覚めると、床屋でファニーが銃弾を摘出し終わったところだった。


 ハービットがまだそこにはいて……


「やい!人間。私に感謝しろよ? なんせ命の恩人だからな? わふわふ!」


 と可愛い声で言って、偉そうだがその声を聞くと落ち着いた。


 夢だったのに、またここが襲撃されると疑うこともなく動いた。


 ファニーと犬を連れて、急いで店を出て街の出口を目指す。途中でハービットが突然街中へ突っ込んでいき襲撃しにきた男たちを十人平らげて戻ってきた。


「これをやるから食べるんだぞ! わふわふ!」


 ハービットが蝋でコーティングされたようなジェリービーンズの入った小袋を渡してきた。

 一つ食べると全身の細胞が沸き立って急速に体が整ったような感覚になった。


 痛みがすっかりなくなって傷に触れてみると傷がどこにもない。


「おいおいなんだこれは……」


「そのジェリービーンは5つしかないからな、間食したらお仕置きだぞ、人間!わふわふ!」


「ああ、わかった、それにしても出来したぞ」


 というとハービットは——


「当たり前だよ!それと新たなアジトの場所が載っている地図を見ろ」


 という。


「地図なんて持ってないぞ」


 というとコートのポケットに旦那が入れたと言う。


 ポケットを探ると一体いつの間に入れられていたのか、本当にあった。……場所を確認すると——


「これは……、ゲロ吹きの縄張りのど真ん中だな……」


 またしても前途多難だった。


「それでも、まずは感謝しよう」



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