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6話 紳士の会話、木星にて。


 ——曇り、午後2時、木星、ジェントルマンズ・クラブ


 窓の外には雨が降っていた。


 それを見ている男とテーブルの下から同じように雨を眺める犬。


 地上24階建てのビルの18階にそのレストランはあった。ジェントルマンズ・クラブと言いつつも女人禁制というわけではない。会員制の料理店であり、内装が紳士を意識して作られている、そのようなテーマの場所なのだ。


 ちなみに徒歩5分のところにはバーバリアンズ・クラブという卑猥な飲み屋もあり、秘密の系列店となっている。どちらも木星の将校に人気の店だった。


 そのジェントルマンズ・クラブの窓際の席で雨を見ている男の元に、軍の儀礼服を着た男が進んできて、見下ろすように止まった。


(ボスぅ、来ましたよ! ギレシアのやつです!)


「やぁ、座るかい?」


 ハービットが大騒ぎしながら主人に告げて、当然のように男は未来の木星元首に席をすすめた。


「その前に、私はここで重要な話を重要な人物としにきたはずなのだが、あなたは誰か?」


 まるで空気を吸ってどうぞ、と言われ、言われなくても吸うわ、という具合に席に座ろうとした自分を律してギレシアは質問した。現れた時からここまでギレシアの表情は氷のように冷たかった。それがこの男にとっては常なのだろう。


「ディーン・D・デューン。言いにくいと思ったならDでも、ディーンでも、3Dと呼んでもいい」


 その言葉を聞いてギレシアは冷たい表情を崩さずに、しかし唾を飲み込んで緊張しながら席に座った。なぜ緊張したのかはわからない、疑問も湧かなかった。ただ自分が今非日常の中に足を踏み入れていることだけを理解していた。


 —ギレシアよ、君はリッチで大成功するだろうね、未来においてね……


 窓の外からギレシアに目を移してDが言うと互いの目が合った。ギレシアは見惚れてしまった。それはあまりにもDと名乗る男が神々しく見えたからであった。


 数十年以上前、地球貴族たちと戦って敗れて散った父の仲間の一人を思い出した。


 素晴らしい人だったが、ゴミのような人間に対して優しすぎた、甘いものはそこをつけ込まれるものだ。


 忌み嫌われようが、無能な社会にも人類のためにも必要のない者どもに力を盗まれ、敗れるよりは遥かに良い。


 それを嫌と言うほどに実感したのがギレシアの幼少期からの人生であった。しかしこの男からは甘さと言うよりは、余裕と憂鬱を強く感じた。それは気掛かりではあるものの、そのような人間の心情などはギレシアの預かり知らぬことであり、どうでもよくもあった。


「金持ちですか、成功と……」


 過去の記憶を追い出して返事をした。


「今より、と言うことだ。そこで君は今現在この世の春を謳歌している連中に引導を渡すことになる」


「……」


 ギレシアはどう返して良いかわからなかったが、この男には素直に返答することにした。このような時は直感で決めるのがギレシアの流儀だったからだ。


「心当たりはありますが、少しだけ…… あなたは一体……」


 誰なのか、なぜそのような話をするのか聞こうとして——


「Dだよ、いったろう。成功は確約しよう、しかし精神のほうが問題だ。君はその後に握った力に溺れないかね? 具体的には言えないが」


 Dが言った。


「おっしゃる意味がわかりませんな、ディーンさん」


 警戒しながら返すと、ジャックラッセルテリアがテーブルの下からDの腿の上に乗っかった。後頭部をDの胸に擦り付けて高い声で短く吠えた。



 —君は合理的なことが好きだそうだね。すばらしいことだ、世界観としても良い。まぁ別に全ての世界観は良いけどね。


「……」


 —しかし、仮に君が君の世界観と協働できないのなら話は変わる。できる力はありそうだから、不思議ではある。君ならできるはずなのだから、果たしてこのようなことを君に言う必要があるのか、私には分からないが……



「単刀直入にお願いします、まどろっこしいものは得意ではないので」


 ギレシアは合理性というものは確かに好きだった、そしてそれは当然であるし、皆そうであるべきだとさえ思った。何を言っているのだ、と。生まれてこの方ギレシアは不合理なものを見ると頭が沸騰しそうなほどの怒りが湧くのだから。


 —順序というものがある、レイヤーでも良い。合理的世界が意義の世界を無視し、合理性が勝ると思うのなら自殺すればいい、そうじゃないか? 突然なにかと思うだろうが、結局は合理的というのは無駄なことをしないということであるからだ。意義や意味を気にしないならさっさと死ねばそれ以上に簡潔で合理的なことはなく、それを他者に強要する意味もないので、君が一人で死ねばいいのだ。もちろん生き物としてなどという感情を優先させるなどもってのほかだ、合理的じゃないだろ。少なくとも他の世界観を否定するなり、その目的を劣等だと思うのならね。


「……」


 多少己の合理性を極論で批判されたようにも感じて一瞬だけ不服に思いつつも、それは確かにそうだともギレシアは思った。


 わふわふ!

(つまり今すぐみんなが死ねば最強の合理性が手に入るんですよね! ね? ボスぅ!)


 犬がわんわんと鳴くと、犬の耳元にキスをするように口を持っていったDは——


 低い小声で「いいか、餌を抜きにされたくなければ黙ってろ、ウスノロ、ぶっ殺すぞ」と言ってギレシアをギョッとさせた。


「おっしゃる意味は多少はわかる気がしますが……、それを私に伝える意図は?」


 話を進めたくなってギレシアが言った。


 —意義とは方向性のことだよ、価値なども含まれるかもしれない。正しい方向に向かって船が進む、その船を無駄なく良く働かせる。それが正しい合理というものだろう。君ならそれができると思うんだ。


「これはアドバイスですか? あなたからの……」


 わふわふ!

(バァーか! それ以外何があるんだよ! ボスぅ、こいつ多分バカですよー!)


 わふん、キュゥん!


(イタタタ、耳引っ張らないでぇー)


 Dと名乗った男は犬の耳を軽く引っ張りながら——


 —期待しているよ、今ならできる。


 とだけ言った。


 気がつけばギレシアはバーバリアンズ・クラブの目の前に立っていて、前から気になっていた不誠実だという噂があるものの愛らしいお気に入りの女性客が店に入っていくのを見て、自らも寄っていくことにした。



「やれやれ、まぁ忠告は素直に受け取っておくか」



 独り言ちながら。



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