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4話 玉川・クリステン・正信


 ——玉川クリステン・正信。


 およそ無駄な贅肉というものがない三十代の男。


 ピッタリとしたスリムなスーツは古代のクラッシーな子供が嗜んだとされるトレーディングカードのキラのようなホログラムが柄になっていて、動くたびに反射される光は落ち着いたモスグリーンとメタリックブルー。


 玉川クリステンはバスルームの鏡の前で糊固めたようなオールバックの髪のウェーブのかかり具合を顎のラインをこれでもか、と出しながらキメ顔を作りチェックする。


「ふぅ…… これで良しだ」



 クリステンが東京の郊外、西にある春用の自宅を出ると同時に自宅の引き払い手続きが完了したことを知らせる通知が脳内に届いた。


 彼がこの場所を離れたことを確認して5分もすれば、全ての家具が入れ替えられ新しい家主の持ち家に変わる。時間は15分ほどかかるだろう、なんせ特注の邸宅で仮想家具などではない、本物の家具が多くあるのだ。


 西暦2055年ごろから始まった人類のライフスタイルの変化。渡り鳥のように人々は自由に季節ごとに住処を移して暮らすことが普通になった。


 それまでの社会では季節ごとに住居や学校、会社を変えて暮らすことは裕福な個人の特権であったらしいということは歴史好きな人間の間では常識であるが、そうでないものからは考えられないことのように思われる。


どんな奴隷のような生活を許容し続ければそんな原始的な時代ですらできそうなことすら不可能になるのか。


 という理屈なのだが、原則的には人類は自由を手放し、不自由になりながらも新たなものを手に入れて、そして裕福な一握りのものが新しいものや昔手放したものを手にいれ、そのお下がりが時間が経つとい庶民に届くというサイクルは珍しくない。


別段目物珍しいことが起きているわけではないのだが、それでも直感的には異常に思えるのだ。


 そしてその頃の人類から見ればまたこの時代のものも、さまざまな《《当たり前》》の自由を手放しているように見えるだろう。それは職業選択の自由や、彼らの時代では学歴や職業差別が当たり前のところ、ヒエラルキーによる優遇や、利権を持つ自由などはとてもこの時代では保証されることはなくなっている、少なくとも、いたはずだった。


 遺伝子と適正によっていずれの職業につくかは制限がされる、遺伝子レベルで権力を握ること自体に制限が課せられている市民は9割にのぼる。


司法関係者なども常に検査され、突然親族の全てに渡るまでの資産の強制整理などから、投獄、免許証の剥奪、司法からの追放。スピーディに、どの職にいても誰のためにもならないと判断されればその個人の職業もキャリアも全て10分の手続きで剥奪される。


 古代人が聞けば発狂しそうな社会だが、その代わりその後のケアもバッチリなので、合わない業界から離れることなどは人間誰しもが経験しているような普通なことでもあり、むしろ人生を無駄にしないための、本人にもっとも益があるシステムだと理解されている。


 要はしがみつけないようになった、ということはしがみつかなくても良くなった、ということでもあるのだ。


最近は「しがみつく自由」と言うものが提唱され、地球ではそれが盛んに議論されているが、AIなどは否定的な見方をし、さらに危険だともいうがクリステンには関係のないことだった。


 クリステンが川沿いを10分ほど散歩すると、景色が変わり、途中で一軒家が一瞬明滅するように光った。時折旧型の自動運転車が通り過ぎるが、それは景観のために流しているだけでありアスファルトの道路の存在理由と同じく、文化的余裕がこれらを街にいまだに残してくれていた。


 自動運転車両にとって変わった交通手段が興盛を極めると、事故率は減少し、自動運転車などを使用するもの、所有するものは人殺しであるという論調が他勢を占めるようになり、またデータ自体がそれを裏付けるようになると世代交代が進んだが、その自動運転車自体が登場した頃にも同様な主張がなされたことは皮肉的ジョークとして笑いのネタになった。


 クリステンは育ての親にその時の話を聞かされたのだが、その時クリステンの親は130歳ほどで、意図的自然死を選ぶ前に彼らが20歳くらいの頃の話をしてくれた。その話を聞いたのが60年以上前なので百七十年以上前の話になる。


 過去を鮮明に思い出す脳内物質と過去をより質よく思い出すための補助パーツを提供するソフトウェアが起動し、良く思い出しながら、クリステンは明滅する家に入っていく。足を踏み入れた玄関の中は暗く、ぼうっと明るくなると宙港についた。


 宙港のターミナルには数百人ほどの旅客がフロアにはいて、皆好きなように過ごしていた。右手にロビー、左手には仮想喫煙所。仮想喫煙所は好きな量の仮想物質と匂い、煙の量に至るまで詳細にカスタマイズされたものを吸いながら本物の人間交流を楽しめる。


 クリステンもよく仮想喫煙所を利用するが、どうにも今日は一人でいたくてロビーの方へ向かい、(わざわざ贅沢なことに!) 本物の人間の接客要員に大金を支払いウィスキーをシングル持ってきてもらった。窓際のテラスで軌道エレベータを眺めながら飲む。


 昔はちょっとした小銭で人間同士で接客しあえたらしいが、豊かになればなるほどそれがどれだけ贅沢なことなのか人類は思い知った。たったグラス一杯の酒で月行きの起動エレベータの運賃を超えているのだから当然クリステンとしても安い買い物ではないのだが、人類の8割に比べてクリステンは金銭に関しては緩いところがあった。


 どれだけ無駄遣いしたところで、じゃあ節約して何を買うのか、と問われれば精々が見栄を張るための限定カラーの商品や、商品識別番号の縁起の良いもの、先行体験権など、ほとんどの高い値打ち物というのは早くそれを手に入れられるか、もしくは番号が違うなど、たったそれだけのことであった。


 クリステン自身はどちらにも興味がない。

 番号など、どれだけ貧乏そうな物でも構わないし、先行体験や優先権にもほぼ興味がない。代わりに彼は良くこうして気まぐれに支給された個人資源を使用した。



 月世界にとにかく早く行って、商談をしなければ。生身でビジネス相手と会うのは割と好んでいて、特に今回はでかい仕事だった。


 ターミナルロビーから予約したホテルの部屋に入り、そこで起動エレベータに乗り就寝。


 そのまま到着時刻を設定。意識が落ちてから6時間後には月都市であるザイムシンのランドマークホテルに到着した。


 最上階の展望デッキを貸切にし、部屋の時間調整を緩めて商談相手と接続した。

 これでよりゆったり出来る、と思ってネクタイを緩めると、相手が部屋に入ってきたのが見えて、気づけば自分が相手の部屋にいた。


 相手と言っても、商談の相手のようには見えない。合致するIDを持った相手ではないことが見てとれた、しかし次の瞬間自分がどこにも接続されていないことを理解する。


 何が起きているのかはわからならなかったが不思議とその時自分は落ち着き払っていた。多分その部屋にいる男の窓の外の雨を眺めている物憂げな横顔に共感できたからかもしれない。


 なんとなくそうするべきだと思ったように目の前に座ると、男は横目でちら、とこちらを見てまた雨に視線を戻した。それが合図だったかのように自然と情報が頭に流れ込んできた、正確には既に頭に入っていた。男とのやりとりは言葉もなく、また文字も、ジェスチャーすらなかったが必要な情報は記憶の中にあった。


 星間戦争が起きる、そして地球は木星に負ける。




 これから木星の元首になる男は冷酷非情な男であり、2名の天才的な英雄(将軍)の大活躍により地球、その他全ての惑星を支配することになるが元首は、諫言に惑わされ、さらに嫉妬心も手伝い大戦が終わるとすかさず用済みとなった英雄2名を処刑する。


 その元首も十年も経たずに部下と家族によって精神系の毒薬を盛られ、最後には狂人として処刑される。地球は官僚と地球教会ギャングに半ば支配されていて、その支配はさらに強くなり、時代に逆行するような政策が、通り始める。


 それに対する反逆戦争は実質的植民地であった木星側の勝利に終わり地球の腐敗勢力は徹底的に奴隷に落とされるか、または処刑された。が、最後は似たような世界観の違う勢力が処刑された元首の親族と共に木星の実権を握り、権力の所在が地球から木星に移っただけで終わることになる。



「そして、私の使命はこの2名の英雄を助け木星の元首を殺すこと、しかも木星を戦争に勝たせつつ……」


「……それが世界を救う方法?」


 続けるように呟いて顔を上げると、相変わらず男は窓の外、地上から天を覗き込むように雨を見ていた。


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