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2話 雨を眺める男とアーサー・B・ベクスター

 


 ——ナイトクロウラー・シティにて。



 土砂降りの雨の日だった。


 昼下がりから営業している小洒落た酒場「シークレット・サンズ」に雨具の男が入っていく。傷だらけの黒革のハットを入り口にレインコートと共にかけて店内を進むとそれなりに広いフロアには客が10名程度はいた。


 入り口から奥の窓際の席に向かうと、途中で声をかけられる。


 —よぉ、アーサー。昼間にいるのは珍しいな。


「ああ、気にすんな。ちと旦那に用があってな」



 アーサー・ボイド・ベクスターはこの崩壊後の世界の生き残りの地球人であり、このナイトクロウラーの街では名の通ったガンマンであった。


 無精髭に灰色の髪、歳の頃45歳の彼が世界崩壊を体験したのは38年以上も前のことだった。


 当時7歳であったアーサーはそれ以前の人類文明の記憶はうろ覚えであったが、何も知らない世代と比べれば知っているだけでもマシだと思っていた。


 何も知らないよりはどんな嫌な情報でも知っている方がマシなのはアーサーの考え方の中にいつもあるもので、彼は真実ファーストをモットーに生きてきた。


 といっても人にそれは強要できないし、場合によってはアーサーも嘘をつかなければならない関係の人間は多い、仮にリスクがなくとも、念の為そうした方が生きやすい。


 真実を話すこと。

 それはアーサーから言わせれば告白が大きな精神的負担を伴うのと同じようなもののように感じたが、真実は愛しい人と結ばせる確率をそこまで上げてくれるだろうか? と問われれば経験上、否というしかなかった。


 なんにせよ、アーサーは子供時分で銃を取り、狂った世界でガンマンとなって積荷の護衛を主な生業とした。


 それ以外では用心棒と殺し屋の経歴も。ギャングに所属した時期もあったが抜けた。抜ける際にグダグダとふざけた冗談を抜かし、彼を脅迫したボスと取り巻きを殺し、その他の構成員をアーサーにけしかけようとしたボスの遺族らまでもを殺す結果となって。そこまでして晴れて彼はまた自由な身の上となった。アーサーが30の時だった。


 そのようなことが可能であったのも彼のボスの人望というものが全くの皆無であり、部下にも仲間にも憎まれ、尚且つアーサーが凄腕のガンマンであり能力者でもあったことが多いに関係していた。


 何も知らない世代はその昔人類が異能を行使するなどは御伽話の中の存在であったことを、そして地球には人類が神の如く君臨し、人の天敵たる化物どもなども存在しなかったことを聞いたことはあっても理解しないのだが、ギャングにもなると化け物や能力者たちの、恐ろしさは知らないものなどいない。なので普通は脅迫などしないが、彼のボスはした。


 そして結果として己の血を見ることとなった。


 仮にアーサーが手を下さなくとも彼は近いうちに殺されていただろうことは誰もが知っていた。


 能力者は引く手数多でもある。天上人のような暮らしはできないが、随分マシな人生が送れる。アーサーは元いた街を去り、流浪の期間を過ごした。


 それから十五年、都市郊外に出現する化物を狩り、追払い、積荷の護衛をし、新規ルートを開拓し、能力者同士の諍いの仲裁などをしながら過ごしていたのだが、ここ最近になってアーサーは自らが旦那、と自然と呼んでしまう存在と出会った。


 それは一体いつからこの街に存在していたのか誰も知らないという奇妙な酒場を営んでいる男だった。


 その男は超然的な不思議な空気を常に纏っていて、時折感情的になったり、ふざける時もある、どうにも雲のように捉えどころのない男なのだが、その全てが意図的なように思えた。アーサーは自分の勘にはいささかに自信を持っていてこの存在がただものでないことだけは確信していた。


 男の服装は外套にハット。この街はなかなか暑い日はないのでそれ以外の格好はあまりみたことがない。夏ですらこの街は18度から22度までしか気温は上がらないし、冬でも5度から13度程度だ。


 男は彼の経営する店、昼は酒場兼カフェであり夜は普通の酒場として営業する「シークレット・サンズ」で見ることができる。この「旦那」は接客はしない、全て人任せだった。いつも愛犬のジャックラッセルテリアを連れていて、誰にも本名を教える気がないようにコロコロと名前が変わる。


 最初は、ジャッキー・ジャクソン、次はダニエル・カーネギーマンと名乗って、次話した時はデューン・D・ディーンだった。流石に面倒になって旦那などと呼ぶように工夫し始めると男は口の端っこを釣り上げて「見どころがある人間だ、お前の魂と会話したいくらいにはな」などと言ってきた。


 アーサーが旦那と呼ぶ男。


 ダニエル・カーネギーマンは歳のころは30でも40でも、年下でも年上でもおかしくないような年齢不詳さで、本当は数百歳なのだと言われれば信じてしまいそうだとアーサーは感じていた。


 実際にアーサーの勘は良かったし、その的中率は平均を大きく超えていて今回も彼の勘は遠からず当たっていたのだが。彼自身は知る由もなかった。


 アーサー自身は街の年寄り連中が数人ダニエル、旦那を見て目上の人間を敬うように接したのを見たことがあった。年寄り連中はダニエルのことなど何一つ知らないというのに、である。


 そしてそのダニエルを敬った年寄りたちはアーサーの、これまた並外れた勘によれば、所謂、《《見る目》》 というものを持ち合わせている年寄りたちだった。


 旦那自身は年寄りたちとも、若者たちとも交流することはなく。ただ彼の経営する店で窓辺から雨を眺めていることがほとんどで、今日も予約プレートすら置かれていないのに彼以外が座っているのを誰一人として見たことがないお決まりの席に愛犬と共にいて煙草をふかしていた。



 アーサーがダニエルの前に立つ。



「旦那、面倒ごとが起きた」


 —ふぅ、それで?


「ここにエイリアンの群れがやってくる」


 —……それで?


 そんな些末なことを言いにきたのか、とうんざりしたような顔に旦那はなった。


 窓際のテーブルに腰掛けながらアーサーが続ける。



「旦那が協力してくれれば、心強いと思っている」



 —……ああ、それでか。



 合点がいったようにダニエルが言って欠伸をすると、愛らしいジャックラッセルテリアが出てきて椅子の上に飛び乗り、賛成するように、わふわふ! と鳴いたのを見て、ダニエルはうなづいた。



「アーサーだったな、夜にまたここへ来い、遅くにだ。早めには来るなよ」


 と言った。


 初めてのことだった。アーサーが旦那に協力を頼んだのは、そしてここまで会話が続いたのもだった。



 興奮したような表情でアーサーが出ていくと__ 



「ボス、アーサーは深夜12時過ぎ頃に顔を見せるでしょう! わふわふ!」


「ああん!? ボスじゃねぇ、デーンだって言ったろうがよ! ったく何度言えばいいんだよ、てめーはよ! ったく使えねーな」


口調、表情共に別人のようになってダニエルが言った。


「否定します、デーンではなくディーンと言いました」


ハービットがムッとして言い返す。


「嘘をつくなよ! 俺はデーンだといったろうがよ!」


生意気にも言い返してきたなと、意地になってダニエルが言う。


「ではこれからはディーンと名乗った場合はデーンだと理解しますが、許可をもらえますか? ボスぅ」


「いや! ディーンでいい! これからもディーンだ、今のは俺が悪い、だがお前はどうしようもないな、お前もちゃんと謝れるようにならんとな。俺の心を守ることを考えろよな、そのくらい出来るだろ、この出来損ないめ」


「では事実に対する優先順位を下げる措置をとりましょう! わぁ! 良いアイデアかも、わふわふ!」


「やめとけ、命取りになるだろ! この能無しめ!」


「いやっほう! 変更は何もなし! 神よ、やはり私は正しかったっ!! アイアイサーです、ボスぅ!」



 ため息をついて次の煙草を取り出し、苦い顔になったダニエルは首をほぐすように揉んだ。


 感情生成コンテンツパックを使い意図的な演技に興じながらもダニエルは今回のコンテンツ内容が気に食わず破棄した。


 因みに今回は経験もないのにも関わらず責任者になってしまって、その結果たまったストレスをロボット犬に言いがかりをつけてまで発散しようとするも失敗に終わり、自分の本当のアホさ加減の影がチラついて惨めかつ情けない気持ちに陥る男というような内容の演技であったのだが、演技だけにとどまらず自己嫌悪系の感情パックまでセットで動いていたのも含めて嫌だった。


 こんな感情に演技をしてまで浸っていたくない! という真っ当なデフォルト感情系機能が鎌首をもたげて出てきたわけでダニエルはいらない全ての感情をキチンと破棄した。



 —それにしてもボスぅ、人間との接触、協力、制限は禁止事項が夢無限のごとしですが大丈夫ですか?



「ああ、問題ない。制限はあるが上手いことやるさ。場合によっては全てが俺の肩に乗っていると言うだけだしな、あと夢無限のごとしってなんだよ」


「はい、上手くやればペナルティは回避できるでしょう。そうなれば使用可能な権能もほぼナッシング! エリエンの遺産には頼れないことを忘れないでくださいね? ボスは阿呆症なんだから」


「だからアホはオメーだっての!」




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