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14話 月の台頭・ペナルティ


 アーサー・ボイド・ベクスターはその革命軍一味とともに役場を襲撃しナイトクロウリーの街を落とし、勢いに乗ると最寄りの街をさらに2つ制圧した。


 手に入れた都市の市民は続々と革命軍に入隊、他の都市の市民も続々と義勇軍として参加しアーサーの軍の規模は膨れ上がり、今や表立ってクロウリーの正規軍とことを構えることも出来るようになりつつあった。


 増えたのは人間の仲間だけでなく、アーサーは森の中に隠れ家を作り過ごしているうちにインペリオとも出会った。


 それは確かに伝説級の化け物であったのだが、何故かインペリオは彼に友好的で完全に懐いてしまい、アーサーの戦いには必ずついてくるほどであった。そしてその戦闘力はまさしく伝説級だった。


 特別製のゲロを、ブゥぅぅぅ!と吐き散らすグロテスクな怪物は不死身かというほどの再生能力を持ち、攻撃さえ当ててしまえばどんな相手も溶かしてしまうのだ。


 戦争はうまくいき、アーサーを慕って集まってきた特に能力者の味方の多さが頼もしかった。


 一つの街で新市長の一人を捕縛。これを締め上げたところ、新たなる事実が発覚。新市長のクロードがいうには三人の新市長は下っ端に過ぎず、この事件の背後には黒幕がいるのだという。


 秘密結社「月の台頭」


 それがこのクロウリー政府を影から腐敗させ、操っている組織だというのだ。


 捕らえた新市長クロードがいうには——


 その結社のトップは誰なのか誰も知らない。ただ数えきれない金や物資がそこから支援された、欲しければ女もまるで物のように送られてくる、金でも酒でも、麻薬でも。


 送られてくる金や物資を使い、賄賂をおくり受け取ったものを利用したという。


 彼らのいうことをある程度聞いていれば、ものは送られ続ける、聞かなければ脅され、他のものに白羽の矢が立つ。実際にクロードはその前任の結社の協力者の後釜なのだという。だからこそ彼らの恐ろしさはよく知っていると。


 アーサーは話を聞いて頭を抱えることになった。もうただの革命戦争だけでは終わらない、敵が見えない状態ですでに戦い始めてしまっているのだ。いち早く確実に黒幕を探さねばならないこと、どうすれば良いものかわからず、結局情報収集をしつつ、旦那の元を訪ねることになるのだった。



 @@@




 ——クロウリー領、北東部、ゼストの森。


 満月の夜だった。



 アーサー・B・ベクスター率いる革命軍はゼストの森に1500の兵を率いて侵入した。


 森には監視所が複数あり、それを同時に襲撃。


 禁域とされてきたゼストの森であったが中には秘密結社「月の台頭」の隠れ家となっていた。


 次々と兵士たちが山肌の入り口から地下に埋め込まれるようにして築かれた古城跡に入っていく。



「……本当に、ここだったか」


 アーサーが安心したような口調で呟く。


「ちょっと。まだ、安心はできないわよ?」


 ファニー・ステファニーが横からやってきて言った。普段から着ているオーバーオールには返り血がついていた。


「監視所の兵の中にレズン帝国の兵がいたんだ」


 レズン帝国。


 きな臭い噂の絶えない勢力として知られていた。


「……月の台頭は帝国が裏で作った組織かそれならば全て納得できる」


 色々と合点がいき始めていた。


 入り口から松明を持った兵がやってきて、奴らの隠れ家の掃除は順調だと報告がきた。ちょうど政府大統領がいて捕縛したとも。


「まさか、こんな所で大統領を捕まえられるとは……、じゃあ行くか」


 ファニーにそう告げてアーサーが動き出した。


背後に巨大な怪物がたった。いつになく周囲を警戒している。


—インペリオか、大丈夫だ。心配しなくとも。



 不安そうにして落ち着かない様子の怪物を尻目に、この時のアーサーは戦争は意外と早く終わるかもと思っていた。しかしインペリオの時空を超えた直感はこの時、確かに何かを感じ取っていた。




 @@@



ゼストの森。


 一方、秘密結社、月の台頭は——



 クロウリー政府大統領が石造りの回廊を歩いていく。


 そこは古城を地下に埋めたような作りの施設の中だった。蝋燭だけが光源で、仄暗い嫌悪感と本能的高揚感を湧き立たせるような湿度と澱んだねばつくような空気の中に獣のような匂いが漂っていた。


 狭い螺旋階段を降りていくと黒いマントを羽織った、それ以外は全裸の男女が広間の中で性的な行為に励んでいた。


 中央に幾つかの絨毯が敷かれ、その上では女が組み敷かれている。


 壁には椅子があり、その上でも行為をする男女。中には同性同士でも、もしくは複数の異性と同性が入り乱れていた。


 広間には香が焚かれていて、それが人間の奥底に持つ獣臭を掻き消し、混ざり合い、この痴態を誘発しているよう原因のような顔をして充満していた。


 大統領が到着すると、一組の男女が近寄ってきた。


 —どうも、最近ご無沙汰じゃないですか。


「いや、どうも忙しくて、戦争の方が……」


 帝国の貴族の若い男は余裕綽々という態度で話しかけてきたのだが、それが癪に触った。この戦争で負けたら俺は殺されてしまうのかもしれないのだぞ! 貴様らは逃げおおせるかもしれないが! と罵声を浴びせてやりたいのを堪えるので必死だった。


「失敬、少し飲み物を……」


 怒りが制御できなくなる前に適当に言って男女から離れる。


 ウォーターサーバーの前にはプラスティックのカップが山になって置かれており、それを持った数人がサーバーの前で並んでいた。


 女が二人、そして見覚えのあるポニーテールの男。


 ポニーテールの男の方はこの秘密結社ではそれなりの地位らしかったが、大人しく無口だったのは覚えていた。大統領はこの男を不気味に感じてあまり会話したことはなかったのだが、水を汲む順番を待っている間に観察することにした。


 最初にサーバーの前に立っていた女はただ立ち話をしていただけで、水はいらなかったらしく、その男は女が退いてくれるように待っているのだが、話に夢中で気づかない。


 あまりにも男の方も待ち続けるので、もう自分が出ていって女に退くように言おうかと思ったが、その前に水を汲みにきた他の女が「失礼」と言って邪魔な女を動かした。


 割り込まれた形になったが、そんなことは別に良かった。ここにいる女など皆セックスした仲であるし、距離感は近い。互いの汚い部分を見せ合っているのだ。


 軽口を聞いても「俺が先だったんだぞ」と言ってもいいが、今回は何も言わなかった。どうでもいいのだ。


 しかし、すると女の連れの男がやってきて、そいつも自分と無口な男を抜かして水を汲んだ。いや、正確には無口な男がやってきた男に「どうぞ」と譲ったのだ。


 ちょうど大統領はポニーテール男の背後に立っていたので、自分まで巻き込んで待たせているとは彼は思っていないのだが、それにしても、なんて受動的ですぐに他人に譲る男なのだ、と大統領は改めて思った。


 その後、互いに目が合って軽く挨拶をした。

 水にはありつけたが、ここにきて大統領はこの男は割と良いやつかもしれない、と思った。


 別に譲ったことよりも、その心根の卑しくないところと挨拶した時の雰囲気に我慢のようなものが見えなかったところだろうか。詳しい理由はわからないが、彼に感じていた不気味さが少し消えた、下に見たわけでもない。


 サーバーの前で水を飲んでいる間も無口な男はその場にいた。

 互いに特に話すこともなく、黙ってコップを口に運んでいたのだが、そこで初めて男の名を知った。


 ホリー・ブラックマン。


 それがその男の名前だった。

 白髪まじりの黒髪をポニーテールにしており、眉毛がかなり太い、目は大きく、少なくとも見た目の上で遺伝子的には地中海系の人間のように見えた。


 広間では儀式が始まっていた。


 あちこちで火が焚かれて、室温が上がる。体感では22度ほどから27度くらいまで上がったように感じていた。肌が汗ばんでくる。


 連れ去られた人間や、魔物が衰弱した状態で連れてこられた。


 回転する台に磔にされて、気まぐれに回され、切り裂かれ、その臓物を食べるものたちもいた。


 大統領はそのような趣味はなく、顔を顰めた。

 己はなんとくだらないものに魂を売ったのだろう。この儀式を見ると段々とそう思うようになっていった。


 スリルが好きでたまらない人間を募ってギャンブル中毒にしているだけだ。こんなもので人は満たされない。彼らはレンジャーやスタントマンになった方がマシだったろう。


 しかし入ればもう抜け出せない。大統領自身も、欲望に浸かりきっていた、結局そして物質で自らを慰め、許されないことをし、今は処刑されないためになりふり構わなくなっているのだ。


 ブラックマンを見ると、儀式を悲しそうに見ていた。この男はこの結社の幹部だと思うのだが、このような顔で自分たちの儀式を見るのか、そう思うと不思議だった。


 カツンカツン、と靴音が聞こえてきた。


 気がつけばブラックマンと一人の男が自分の目の前で話していた。


 大統領も挨拶をして壁際の椅子に座る。


 男はディーン・D・デューンだとか、確かそんな名前だった。椅子に座った男の前には女が出てきて、男に奉仕し出した。女たちはいつになく興奮していて、まるで競うように振る舞った。


 Dは気にしていないようで、ブラックマンと会話している。


「それで儀式はやめた方がいいと?」


 ブラックマンが、Dに言った。大統領にはなんの話か最初掴めなかった。


「そうだ、殺しは良くないな。特にこのように死を冒涜するのはダメだよ、そう思わないか?」


 Dは超然とした雰囲気を持っていたが、儀式を見る目は厳しく、悲しんでいるようだった。


「まぁ、わかります。皆が同意してくれたらいいのですが……」


 自信がなさそうな声色と表情でブラックマンが言った。同意するわけがない連中が一部、頭に浮かぶのだろう。


(このDという男もこの結社の幹部なのか? それもブラックマン以上の……)


 ここにきて大統領は戦争について聞いた方がいいと思ったのだが、それが叶うことはなかった。


 にわかに上階が騒がしくなって、人々が乱入してきた。


 革命軍だった。


 抵抗した人間は目の前で殺された。従順なものは拘束され、一応人道的に扱われ、大統領はその場で連行された。ブラックマンが身分証を見せると革命軍は敬礼をして彼を放っておいた。


 Dは顔パスで、誰も彼を邪魔しなかった。


 歴戦の傭兵のような雰囲気のハットと外套、背中にライフルをかけた男がやってきてブラックマンとDと一緒に奥の部屋へと兵士たちと向かった時だった。



 奥の扉が開いて、山羊の頭を被った司祭が現れた。


 左手に串刺しにされた女の頭部を持っている。意味不明な動物的な喚き声をあげて、ブラックマンたちの方へと踊りかかる。


 山羊頭が右手を開くと炎が燃え上がり、駆けながらそれを前に突き出す。


 ブラックマンとDが避けると、周りの兵士たちが山羊頭に銃弾を浴びせる。


 銃弾をさらりと避けて逆に炎を兵士に浴びせる山羊頭を見てガンマンのような男、アーサーが——


「……こいつは俺がやる」


 といって前に出ていった。



 ***



 突風と火炎を自在に操る山羊頭の魔術師とアーサー・B・ベクスターの戦いは熾烈を極めた。


 周囲の兵士たちもそれを固唾を飲んで見守っていた。


 恐ろしい儀式が行われてきた広間に火炎と熱風が吹き荒れ、それを避けながらライフルでアーサーが応戦。双方ともに凄腕の能力者同士、通常の人間には不可能な動きで立ち回り、互いに互いを圧死させるほどの殺気を放ち、それを乗せた攻撃を撃ち出す。


 山羊頭の魔術師が打ち出す炎は物質的な槍のような貫通力を持って放たれ、それをスレスレで避けてはライフル弾が山羊頭の肉体に穴を開けていく。


 アーサーは耳に、頬に軽い火傷を負い始め、山羊頭は十発以上ライフルを撃ち込まれても、動きが鈍らない。撃たれた箇所からは血が吹き出していくが、粘着質なドロリとした血はしばらく流れると、固まり始めてそれ以上出血しなくなった。


(ダメージは与えているはずだが……)


 どれほど効いているのか、どうにもわからない、とアーサーは思った。


 山羊頭の男は本物の山羊の頭部を模した被り物をしているが、それを貫通して頭部を破壊するように何発か当てても倒れない。ついには全身に流れた粘着質な血液が燃え上がり、激しい炎を纏いながら襲いかかるようになった。


 だが逆にアーサーには相手の疲弊具合が見てとれた。


 自らの目に宿る異能を発動。


 「移ろう時の瞳……」


 それは数秒先の敵の動きを高精度で予測し、見せてくれる魔眼であった。



「効いてるのなら……、より正確にドタマにぶち込ましてもらうぞ……」


 マガジンを特製のものに変える。未来を見ていることを気づかれないように、それとなく。ライフルの銃口が彷徨うように動き、そして適切なタイミングで敵の未来に向かって撃ち込まれた。


 山羊頭がちょうどステップした時だった。


 被り物の目の下から貫通した弾丸によって男の頭部が爆ぜた。山羊頭の男が倒れた時に、怨念が肉体から放たれて悲鳴を上げた。


 戦闘は1分で片が付いた。


 肩で息をするアーサーの横にいつの間にかダニエルが立っていた。


 —良くやった。そいつは山羊座の悪魔と名乗る呪術師だ。


 そして、「気を抜くなよ?」そうダニエル・カーネギーマンが言った時。


 死んだと思われた山羊頭の腕がブゥン!と動いて炎の弾丸をアーサーに放った。


 アーサーは避けられなかった。この時インペリオは狭い階段を通り抜けられず、上階で待機していたが、何かを感じ取って必死に身を階段に潜り込ませようとして、それは半ば何かに取り憑かれたような取り乱し、叫んでいた。


 咄嗟にカーネギーマンは計算した。

 これに干渉しなければアーサーが死亡するのか、どうか。しないなら放っておく以外ない。運命や因果律への干渉は恐ろしく慎重にやらねばならないのだから。アーサーだけの時を巻き戻すことはもうできなかった。ベビーカーと相対した時に力をさらに使用し、それだけではない、すでにダニエルは一度、直接的にアーサーが死ぬ未来を回避させた、同じ方法ではもう生き返らせられない。ペナルティはすでに食らっているのだ。すでにダニエルの権能は制限付きのものが多かった。できるだけ力は使いたくない。


 しかし予測結果は、アーサー死亡。


 そこからは早かった。もはや全てが仕方なく、創造主に身を任せるだけだった。


 ダニエル・カーネギーマンがいつの間にか手に持った黒い蝙蝠傘を突き出し、それを反時計周りに回転させた。



 「ダメだよ!! そんなことやっていいわけない!! 」


 ハービットが悲鳴を上げるように叫んだ。


 時が巻き戻り、炎の球が山羊頭の手に帰る。


 —今だ、やれ!


 ダニエルの掛け声と共にアーサーが連続でライフルを発砲。呪術師を蜂の巣にして今度こそ絶命させた。




 礼を言おうとしたアーサーがダニエルの方を向くと、そこには誰もいなかった。


 今の今まで確かにそこにいたはずの存在は、ぽっかりと開いた穴から出ていってしまったように消失してしまっていた。







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