13話 インペリオの夢・ベビーカー
乾いたおよそ水分のない木々。
枝葉の擦れあう音と紫色の空の下にインペリオはいて、幹に背を預けて眠っていた。
森の主である怪物は夢を見ていた。
インペリオは夢の中でマネキンのような顔立ちの男で、肌は蝋でも塗りたくったのかと言うほどにテカテカと光沢を帯びている、鏡を見ながらネクタイを整えていた。
場面が変わり、宇宙の中を泳ぐように動いていた。
ライフルを構えて撃てば大威力の光線が飛び出して遥か彼方にいる鉄の塊を撃ち抜いた。
機械だらけの狭い部屋に自分がいて、必死に両手を動かしている、熟練の職人化のように両手は素早く四方八方に伸びてスイッチを押したり、ノブを回したり目が回りそうだったが、こうやって宇宙の中を泳ぎながら戦っているのだろう。
次は叙勲式のような場面。
誇らしそうにマネキン顔に静かな笑みを浮かべて勲章をもらっていた、その後二人の人間が登場すると、他人が褒められているのに自分の時以上に誇らしげな顔をしていた。
次の場面。
ビリヤードをビール片手にやっていた。あの二人と共に。
それぞれが勲章をキューに引っ掛けて、「ベックスに乾杯!」と酔っ払いながら。
日本人はおどけていて、冗談ばかり言って、老紳士は静かに微笑んでいた。
そして次の場面は、マネキン顔が大泣きしていた。
機械人間に取り押さえられて、誰かに向かって叫んでいた。
大事な人が処刑されることが決まった、そのような事だったらしい。
悲しいほどに共感してインペリオは心が痛くなった、これ以上眠っていられなくなって目を覚ますと、涙が溢れる寸前で、それに気づいた時に滝のように涙がこぼれ落ちた。
いつも森の中で泣いていたように声は出さなかった。
グロテスクな唇を結んで決意する。
もう、あのようなことは起こさせない、もう大事な人を殺させない!
——と。
***
——黄金の夕焼けが永遠に続く平原。
坂を越えると小さな村があり、そこには強力な魔物がいくらかいるようだった。
ダニエル・カーネギーマンと愛犬のハービットはその村へ向かって歩いているところだった。
—ねぇ、ボスぅ。あの人型エイリアン系魔物の上位種みたいなのの亜種ですけど、あれなんでしょうねぇ?
坂の向こう村にいる魔物たちの気配を読み取って解析したハービットが言った。
「さぁ? そもそもあのエイリアン自体よくわからないしな」
—きっとあれですよ、エリエン人がよっぽど素晴らしいから世界が媚び売ってるんですよ! こんなの好きですか? 好みの子揃えたつもりなんすけどー、つって!
「そうか、あれは好みじゃないから困ったな……」
いつも通りしょうもないことを言うポンコツのハービットに適当に相槌をうつ。
—でも、でもぉ、ボスも独り身になったことですしぃ、子孫を残すならブッサイクなエイリアンとも食わず嫌いで交尾していかないとぉ。
「黙ってろ、鉄くず。兎に角、ここへやってきたのは、珍しい魔物を見るためでなくて——」
—そんなこと言ったって、ボスが絶滅して化けて出てきたらと思うと、恐ろしくて仕方ないんですからね!
「おい、指示を聞き流すな、『黙ってろ!』だ」
—アイアイサー! でも黙ってたら返事できないから、迷うー!
「結局黙ってないじゃないか……」
呆れていると、噂をすればなんとやらで、濃密な、それでいて非日常的な性質の霊気を宿した気配を感知した。
—やっぱりだ! 坂上の大都市の方からですよ!
「大都市じゃなくて村な」
そしてポンコツのハービットがそう言った頃にはもう村の目の前まで来ていて——
クリーム色の煉瓦造りの民家の合間をベビーカーを押しているドレスの女が横切って行った。
—いたぁ!
ハービットが声を上げる。
大きなつばの帽子にドレス。
輪郭以外が影になっていて、顔立ちなどは見えない。白い肌と美しい顎のラインと真っ赤な唇がかろうじて見えるだけだった。
「ベビーカー、生き残っていたか……」
ヤングマム、ベビーカー、乳母車の貴婦人、さまざまな名をもつ存在。
それは自立型の世界サーヴァントなのだが、もはや誰の管理下にも置かれていない。今やダニエルにもどう接して良いのかわからない存在であった。
乳母車の貴婦人を追う。
路地に入ると、黄金のエネルギーを溜め込んだ石を肉体に持つ人型エイリアンが2体出現。ダニエルの前に立ちはだかった。
普通の人型エイリアンではない。
特に謎の黄金エネルギーを動力にして動いているらしかった。
通常の魔物よりも意識がないようにも見える。
それが襲いかかってきた。
寸前で躱し、魔物の攻撃が空を切った瞬間。
ハービットの頭部と上半身が巨大化、魔物を丸呑みにして噛み砕く、とハービットの口内で光が溢れて頬が一気に膨らんで内部から一部破裂。頬肉の一部が裂けて閃光の爆発が外にまで飛び出した。
ハービットはそのまま、むぅ!とした顔になって咀嚼。
その数秒前、ハービットが片割れを丸呑みにした瞬間にはもう一体の上位エイリアンがダニエルに飛びかかっていた。
ダニエルが手に持っていた蝙蝠傘を前に向かって開くと、エイリアンは民家の塀まで吹き飛び強かに背を打ちつけて転がった。
開いた傘を時計回りにダニエルが回すと、エイリアンが急速に枯れたように乾燥し、ミイラのようになって絶命した。まるで4秒で寿命まで早回しされたかのようだった。
「ふぅん、早回ししている間も抵抗するように黄金エネルギーが爆発しようとしたな。こりゃ厄介な生き物だ」
—えぇ、そんなことあり得ませんよ、ボスぅ。考えすぎですよぉ。
「お前ねぇ、お前の口内でも爆発しただろうが」
—ええ、そんなことあったかな? ボスぅ、自分が正しいってことにするために話作ったりしてませんか? もしそうなら、そう言うのはおすすめしないかなって……
「痴呆症ロボットめ。いい加減にしろ!」
—え、阿呆症? あ、それってボスがかかってるやつですよね? そうだ、阿呆症の治療のためにここにきてたんだった、我々は!
「きてねーよ! あとかかってねーよ!」
突っ込みながら路地を通り抜けて左右を見渡すと、すでにベビーカーはいなかった。
代わりのように先ほどの黄金エネルギーを宿したエイリアンが複数何もないところから現れた。前に2体、後ろにはまだいないが、他の路地から3体がやってくるまでに20秒ほどか。
「もうベビーカーの気配はないな……」
ダニエルが続けて、見失ったか、と言うと——
「あちゃぁー、凡ミスですねぇ。やっちまったなぁ!ボスぅ!」
「ウルセェ! 逃げっぞ、ポンコツぅ!」
お調子者のようにダニエルが答えて一人と一匹は走って逃げ出した。




