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11話 先行き不透明・ゲロ吹きのインペリオ



「それで? ……ギレシアが戦争に勝利したのはいいが、状況は?」



 ——真っ白な建物の真っ白な渡り廊下の奥にあるテラスにて。


 三人の男が紅茶を飲んでいた。


 白く塗られたマホガニー製の丸テーブルでダニエル・カーネギーマンはそっぽを向くようにして庭園を眺めていた。雨上がりのようで水滴が花弁からポツポツと落ちていた。


 もう一人は険しい表情の男。木星の元首であり地球制圧後はこの大屋敷の現在の所有者である。


 そしてもう一人は真っ白な服の男、通称ホワイトマン。

 本名マンチェスター・チェスナッツ。


 彼は由緒正しい地球貴族の家柄で、戦争前には地球侯爵の地位にいた。100の利権団体を持ち、年間100の有名人の男女を抱き、毎日であっても世界最高レベルのパーティを開ける男であったが、彼にとってセックスはあいさつであり、親しくなった相手にはそれなりに親切な男でもあった。ただし親しくない相手と一般市民は彼にとってはエイリアンそのもので全く別次元のお伽話の中の人間であった。


 ホワイトマンは太陽系戦争では所有する軍事企業の戦争に向けてのコンペで忙しかったのだが、戦争そのものには興味がなかった。ただ生まれてこの方やってきたことを続けるだけだからだ。


 楽観的観測と彼の周りの人間の根拠なき自信に満ちた予測を覆して木星土星連合によって地球が陥落したときは地球貴族としてはいち早く投降し、重要参考人として今では木星側に情報を提供していた。


 ギレシアはなかなかに冷酷な男でホワイトマンが投獄されていないのは奇跡と言っても良かった、と多くの木星人たちは思っていたのだが。


 実はギレシアが戦争前に結婚した若い女の父親こそがホワイトマンであり、ホワイトマンはギレシアの義父になる。彼自身は関わっていなかったが、彼の一族に連なるヘイスティングスをいう大富豪が裏で木星を支援していたことも手伝ってホワイトマン一家は投降後は打って変わって積極的に木星側の益になるよう立ち回った。


 ヘイスティング・ウォルナッツは地球伯爵であり、また地球協会ギャングで第5位の地位にいた男だった。と言ってもギャングでは政争に敗れ追放されたが。つい数十年前、貧富の格差が生じ始めた地球貴族の腐敗にいち早く乗っかり陰で大金を稼いだ男だった。彼の富は地球で20番目の資産家であるホワイトマンの3倍もあった。


 ヘイスティングスは木星支援に積極的で繋がりのあった地球公爵と共に打倒地球協会ギャングを裏で掲げ戦争の裏で暗躍していた、それはギレシアも望むところで彼らの目的は一致していた。


「状況と言われましても……、私が勝った。そして勝者は勝者としての権利を行使する、それだけです」


 ギレシアが憮然とした表情で言った。


「ギレシア、最もなことだよ。私が君に言えることは少ない、しかし……」


 ダニエルが言い淀むと、


「しかしなんです?」


 急かすようにギレシアが言い、ホワイトマンは双方の顔色を窺いつつ、おとなしくしていた。


「ホワイトマン、君がむかーしギレシアに紹介した男のことなのよ、どうなの? 実際さ」


 ダニエルが途端に軽い口調になり、雰囲気も変化した。と言っても二人はこれには慣れていたので何も言わない。


「ヘイスティングスのことですか……」


「あなたが、その男が気に食わなくとも! 今はその男が必要なんだ!」


 ホワイトマンが不安げに親族の木星支援者の名を出すと、割って入るようにギレシアが声を上げた。


 実際ギレシアはヘイスティングスのことなど、何も思っていないが人間関係のことについては苦手だった。それに口を挟まれるのも、である。


 そして彼はリーダーとして最も苦手な部分をダニエルに強要されているように受け取ったようだった。


 ギレシアは一刻も早くこの無駄なトピックを終わらせたいと思ったのだ。


 わふわふ!

(ボスぅ! こいつ怪しいです! きっとこいつが犯人ですよ!わふわふ!)


 ギレシアが声を荒げてすぐにハービットが割って入るように吠えてダニエルにそう伝えた。


(はぁ? 一体なんの犯人だヨ?)


 突然妙なことを言い出したハービットにダニエルが耳を傾ける。


(宇宙衝突と至高の存在であるエリエンの大量死のですよぉ!そうだ! きっとこいつに違いない、この小癪な人間めぇ!)


 ヒートアップし、許さないとばかりに吠えかけるハービットにギレシアがたじろいでダニエルを見る。噛まないか心配なのだ。


(あのな、このバカ犬。まずエリエンの魂は不滅だ、バカめ。それとお前が言っているのはな、地震が起きて故郷が荒廃したらその辺のアリンコを見てこいつが怪しぃー!って叫んでるようなもんだ、もうちっと論理的に考えろ、それに犯人なんざいねーよ!)


(はて? しかしボス、その例えの通りだとすれば十分論理的な推論に思えますが?)


(どこがだよっ! 人間が犯人なわけねーだろ! それにただの宇宙災害なんだよ! 一体いつから俺が犯人探しをしてると思ってたんだよ!このすっとこどっこい!)


(でも、でもぉ! こいついきなり声を荒げて怪しかったですよぉ!)


(だから関係ねーって!)


(信じてください! おねがしまっしゅ! 本当に声を大きくしたところを見たんですって! あいつが! 本当にあいつがやったんだ!!)


(うるせー! ていうかお前ヨォ、たまに狂ってるし、こんなにバカで本当に大丈夫かよぉ……)


 互いにしょんぼりとしながら見合うダニエルとその愛犬を見てホワイトマンとギレシアも同様に目を見合わせてパチクリとしていた。





 **



 結局ティータイムはお開きとなり、ダニエルとハービットだけになった。


 ダニエルはこの枝葉の世界、この宇宙の中心に位置する根と幹の世界に慎重に干渉するために未来のパラレルワールドである枝葉の世界から干渉し、その刺激を逆流させるようにして根と幹の世界へ届かせようとしていた。


 そのために必要なこと。

 それは特定の魂を刺激すること。それはクリステン、ムニーとローガン・モーという個体としてこの世界では受肉している魂で、ダニエルは彼らの運命を多少変えつつ、狙った通りの刺激を与えたかったのだ。


 枝葉の世界においてはローガン・モーの中にある魂の本体は根と幹の世界ではアーサー・ボイド・ベクスターという個人であり、ほか二人もすでに見つけてコンタクトを取っていた。


「うまくいけばいいんだがヨォ、どうすっかな、マジでぇ……」


 情けない顔をしてダニエルが言う。


「でも、多少既定の未来は動きましたし、アーサーにも変化あるかも!わふわふ!」


「でも、めんどくせぇー。ていうかよぉ、アーサーの中のヤツが作ったかも知れねぇのはオールドマンだっけ?」


 信頼できないおバカロボットであるハービットに問い合わせると——


「ブブー!トリッカリーですよぅー。間違いありませんー」


「オメェ、ほんとかよっ。信じらんねー、いっつも適当なことばっか言ってんだからヨ」


「いえいえ、私は常に最新のデータを取得して確証のあることしか答えませんよ!」


「それからして大嘘ジャネーかヨ! はぁー、かったりぃなぁ……」


 そこまで言ったところで、ダニエル・カーネギーマンはバイト先で知り合ったヤンキーチックな先輩という口調スキンを破棄した。



 @@@



 ゲロ吹きのインペリオ


 ——クロウリーのテリトリー南西部にある広大な原生林。

 通称:インペリオの森。


 それは森の中を悠然と歩いていた。


 身の丈は3m。二足歩行人型で撫で肩、猫背で白めの部分が見えないほど黒目、しかし目がないと思われるほど目の大きさは小さい、その上普段は目を瞑っている。頭部は縦に長く、横を向けば肩幅ほどある。口は飛び出していて犬のように頬まで裂けるように開き、牙は歪で通常のエイリアン系魔物よりも長い、がこれも普段は口を閉じていてあまり開かない。鼻呼吸をしている。


 肌は汚れた銀のような色で歪に肥大化した筋肉が不自然についていて、筋肉質であるが同時に病人のように痩せているような印象も、それを見たものに与えるだろう。


 時折口を閉じるのを忘れてしまい、粘着質な紫の液体が滴り落ちて、それが落ちた地面からは、ジュわ!という音が出る。強力な酸が常に口内に湧き上がっているようだった。


 ひどく緩慢な動作で一歩ずつ大地がそこにあるのか確かめているかのように歩く。


 これはゲロ吹きのインペリオという伝説級の魔物で、いつからこの森にいたのかは誰も知らない。


 確かなことは——


 インペリオは強力な魔物で、この森の主であるということ。


 同じく強力な魔物である人型エイリアンの群れ、一説によれば40体以上の群れをたった一体でやっつけてしまい、その後はかれこれ三十年以上に渡り付近のエイリアン系魔物のほとんどのボスとして君臨していることである。人間の討伐隊が組まれたこともあるが数回全滅させられてからは、放っておかれている。積極的に外に出てこないからでもあった。触らぬ神になんとやらである。


 伝説では、インペリオは供物を欲する魔物で、時折人型エイリアンの中で弱ったものが生贄として森に捨てられるのだがそれをインペリオが喰らっているだとか、人型エイリアンが人間の集落を襲った時には人間の女がインペリオのために生かした状態で連れていかれる、インペリオは人間の娘を犯すのが好きらしいだとか。そのような噂が絶えない。


 実際にインペリオが森で人間の娘を犯している光景を見たと主張するものは数人ほどはいたので、信じるものはそれなりにいた。そしてそれは事実であった。


 この大型人型エイリアンの魔物はかなりの変わり者で——


 ——まず孤独を好み、他のエイリアン系魔物とは群れず、交流もしない。そして森の中に人間が住んでもおかしくないような掘立て小屋を木材を切り出してはいくつも作り、そこを泊まり歩いているのだ。広大な森の中にはインペリオが作った小屋が数十もある。


 人間の女を好み、それと交尾しようとするのだが選り好みが激しく好みでないと食べてしまう。好みの女には執着し、小屋を与えて四六時中愛するのだが、行為中もできるだけ口を閉じて女に危害を加えないようにしても(そうしないと胃液が口から漏れて女を殺してしまう)インペリオの精を受けて無事な女は少なく、この化け物が射精してしまえばたちまち女は中から溶かされ死んでしまう。


 それでもインペリオは人間の女に恋をするのだが。


 愛する人を一体何度殺したか、それなのに寂しくなると今度こそはと同じ悲劇を繰り返す。そして生涯子を持つこと叶わないであろう自身の身の上を呪ってインペリオは森でいつも泣いていた。


 彼の森では夜な夜な、オッ、ウォン、オッウロん!ヒグヒっぐ!

 怪物の嘆きの声が聞こえてくる。


 そんな化け物も最近では交尾自体しないようにしていたのだが、インペリオは自身の縄張りであるこの森で不思議な男を見た。


 最初、小さな犬がいたと気がついた。


 次の瞬間には自分が建てた掘立て小屋の前にテーブルが置かれており、そこで茶を飲んでいる人間の姿をした男がいた。


 インペリオは化け物の勘というやつで、これは間違いなく人間ではないだろう。と思ったのだが、気づけばおとなしく男の話を聞いていた。


 雨が降っていたのは覚えている。


 なぜか雨降りの中で男は濡れていなくて、それは土砂降りにも関わらず彼も彼のティーカップの中にも雨粒が落ちているはずなのに、それと同時になんの影響も受けていないのだ。それがインペリオには不思議で焼き付けられたように記憶に残っていた。


 その男が来てから、(夢かも知れなかったが)本物の人間の男がやってきた。番いの女を連れていた、うまそうな女だった。インペリオは人間の男女を見て羨ましく思って涙を流して、また同時にその女を見て化け物の陰茎はそそり立ちダイヤモンドほどの硬さにもなった。


 しかし襲う気にはなれなかった。

 インペリオの奥底に眠っている記憶を思い出したからであった。


 それはインペリオの使命についてだった。全体像は未だ見えないが、それは化け物にとっては十分なほどはっきりとしたものだった。


 ——2名の英雄を守ること、死なせないこと。


 英雄を、この男を守ること、死なせないこと。アーサーというらしい、ついでにこいつの女も守ってやろう。もう一人はよくわからないが、出会えばわかるだろう。こいつのように自然と、はっきりと。


 インペリオは歓喜した。ようやく自分の力をマシなことに使えるのだから、このために自分は生まれてきたのだ! という強い情動が沸き起こり、カチリと脳のスイッチが入った。


 化け物が自身を呪うことはこの日から無くなったし、森から啜り泣く嗚咽が聞こえることも無くなった。


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