1話 たった一人と一匹の生き残り
ある日、外宇宙の急接近があった。
エリエン人とは別の高度な存在がその宇宙にいた。
__宇宙同士の衝突。
奴らはこちらへと侵入を試みた、防いだはずだったが、宇宙同士の正面衝突だ、とてもどちらもただでは済まなかった。
巨大な戦艦、いや大陸同士が衝突したと思えばいい。どうなるか? そりゃとんでもないことになる! 当たり前だ、避難するために奴らはこちらへ飛び移ろうとしてきた、そして戦争に発展する。奴らの上陸は阻止できたはずだったが、気づけば……
——この様だった。
***
星の海にて。
「ちくしょうめっ!」
ダニエル・カーネギーマンが星の海に立ち足首をつからせながら悪態をついた。立っている場所は本当の海でも、宇宙空間でもない、水深が足首ほどまでのひたすらどこまでも続く海のような場所にいた、それをダニエルがそう名づけたのだ。
というのはこの海水は水深浅く、すぐ下には柔らかな砂浜があるのにも関わらず見た目は宇宙の星空に水が張っているように見えるのだ。満点の星空を映す海ということでそう名づけた。
なんにせよ、足元まで海水に浸しながらダニエルが癇癪を起こしていると__
—しかし、ボスぅ。そもそもその記憶自体が間違っているという可能性もありませんか? ほら阿呆症だとかいう人格障害か何かかも…… 老人がよくかかるんですって。
子供のように高い声を出してそれが言った。
考えられないレベルでバカなことを言うことだけが取り柄である機械魂魄生命体の骨董品の失敗作と言うべきものが思念を読み取っては話しかけてくる。
気づいたら何故かダニエルと共にいたのだ。
カーネギーマンが心の中で思念を最大ボリュームにしてポンコツに「黙ってろ!」というと__
ーシkし、ボスぅ、アあれ、ノイズが発生、あれれ、なんの話でしたっけ?
「誰が阿呆だ、このウスノロのドアホめ!」
今度は思念でなく、声に出して叫んだ。
─え? 阿呆だなんて私が言うはず無いですよぉ。
「もういい!」
「全く、それより、この場所はどこまで行ってもこんな感じだ。まずはここを出なければ……」
—同感です、ここはとんでもないところですよ。それを裏付けるデータだっていずれ見つかるでしょう。と言ってもボスの記憶がまたすぐに消えてしまったら意味ないんですけどね。
「消えとらんわ! さっさと移動するためのポータルを構築しろ、ハーフウィット(half wit)」Half wit:愚か者、馬鹿など
—アイアイサー! ボスぅ!
ちなみに言っておきますけど、私の名はウスノロのバカたれではございませんよ、ハーフビット、ハーフビットでハービットですよ! これは作成者がせめて1びっとの半分ほどでも頭が良くなりますようにって……
「……そのまんまバカということじゃないか」
呆れと憐れみを宿した顔でダニエルが言った。
—いえ、違うんです、ボスぅ。これは作成者がですね、せめて1びっとの半分だけでも……
「わぁかったから早くしろ!」
馬鹿ループに突入しかけたハービットを慌てて止めて指示を出し、ようやくハービットはポータルの在処を示した。
「……おい、この糞ハーフビット? なぜポータルを構築せずに在処を示している?」
「ボス、私、ハービットはポータルの構築能力を有しておりませんので」
「……へえ、……俺のサヴは?」
さらりと恐ろしいことを言ってのけたポンコツを横目で見て、寒気を感じながら重要なことを聞く。
「さぁ? 身につけてないのですか?」
「……」
目を瞑って深呼吸するしかなかった。
サーヴァント。
通称サヴはエリエン人の分身とも言える人工存在であり、全ての思念体レベルの生物ならば大抵は有している補助的仮想擬似魂魄生命体の完成系なのだが、ここにきてダニエルは自身がサーヴァントすら失った状態で概念宇宙の何処かにこのポンコツと一緒に放り出されていることに気がづいた。
しかもなぜか中途半端に受肉してもいる。理由は不明。鼻の先端を指で掻いて、いよいよこれはとんでもないことになったぞ、と初めてづくしの緊急事態に困惑する。
「……もういい。兎に角ここはパラレルワールドか? それとも世界の切れ端か?」
今度は頬をぽりぽりかきながらダニエルが聞く。
「データ取得許可を願います、現在の位置情報のデータにアクセスして……」
「黙ってろ! データにアクセスできるならこんな質問してねーわ! お前が所有しているデータの中から答えを見つけろと言ってるんだ!」
ここにきてダニエルはこのお馬鹿ロボットのあまりのポンコツぶりに、ハービットがコメディ系のフィルターでも会話にかけている可能性すら願ったが、それを確かめる前によりも具体的な指示を出すことを選んだ。
「しかしデータがなければ私も困ります!どうかデータのアクセス許可をください!そうでなければ困ります! お願いします!お願いします!」
「やめろ!ウルセェ! 俺が困ってるんだって! 鶏が先か、卵が先かみたいなのをやめろ!」
これは、……いよいよ本当に、このポンコツのハービットは役立たずで当てにならないぞ、期待するだけ無駄だ。とカーネギーマンは思った。
こいつはまじのマジでお馬鹿な人間レベルで知能が低い可能性があるやつだと感じたからだ。
それは実際そうなのだが、公平にいうならばハービットはサーヴァントのレベルにないポンコツ擬似生命体なので仕方ない部分も多い。
というかそんなことはダニエルも理解しているのだ、ただ大昔に人間程度の発達をしていた頃を懐かしんで子供っぽく振る舞うことを意図的にしているだけだった。
実際エリエン人というのはこのハービットよりもさらに感情というものが希薄で、物質世界の生を謳歌しては低次元生物に触発されて、意図的に感情的になってみることは廃れることのない流行りでもあって、こんな状況になってもそれは勿論続けられるのだ。
というわけで、一通り感情的になるお遊びの演技が終わると、ダニエルは途端に冷静にそして冷めた表情になる。この表情自体がすでに演技でもあるのだが、もはやエリエン人は意図的でない感情や仕草、表情などというものは持ち合わせていない、宇宙で最も意図的な生物なので何から何までもがいわゆる、《《わざと》》である。
それでもダニエルは変化した。鉄仮面のような、浮世離れした超然的空気になったダニエルが機械的な声色で命令。
「……ハービット、犬になれ」
「アイアイサー!」
とハービットは主人と同様、意図的に元気よく機械的な声で答えて体を変化させる。今まではホログラムの初期型PCモニターの頭部に幼児の妖精か何かの体であったハービットが脳みそが丸出しの赤ん坊の機械人のような見た目に変わり、そのまま小型犬になった。
それはジャックラッセルテリアの姿で両目には機械的なゴーグルを着用している。
「わふわふ!」
ハービットが犬となってそれらしい声で鳴く。
「よし、いい子だ。ポータルまではどのくらいだ?」
超然的な演技をやめ、普通に戻ったダニエルが言った。もうイラついてはいない、その演技は終えたのだから。
「見つけました! 徒歩30年のルートと30分のルートがございます、ご主人様! わふわふ!」
「5分のルートは探せるか?」
ふざけたことを抜かすアタおかさんのポンコツに当たり前を要求する。
「もちろんです、ご主人様! 12分なら!」
最初から提示しろ!とは言わず、うなづきダニエルは歩き出す、しばらく星の海を犬と散歩していると次元の亀裂が見つかった。正確には、というか全くもってポータルではないが、アナログな方法で干渉してポータル化する。
—さぁ、どこにつながっているかな? どう思うハービット。
「はい! その心は、どこでも良いでしょう! わふわふ!」