第四話 疑惑
野近は、手であごを触っていた。そして、眉間にしわを寄せながら、ゆっくりと話し始めた。
「しかし、今回の牧尾さんの事故なんですが・・・・・・。少し気になるところがあるんです」
湊は、野近の言葉を聞いて、思わず野近の顔を凝視した。
「それは、どんなことでしょうか」
野近は手帳のページをめくった。
「たしか中村さん。あなたは先ほど、牧尾さんからの電話で、何やら牧尾さんが思いつめていたとおっしゃっていましたよね」
湊は、はいと応えた。
「もしそうだとして、牧尾さんが自分でマンションのベランダから飛び降りたとします。そうだとすると、普通前向きで飛び降りるため、遺体はうつ伏せになると思うんです。しかし、牧尾さんのご遺体は、仰向けだったんです」
湊は、黙って野近の話を聞いていた。野近は続けた。
「仰向けだったということは、牧尾さんは背中から、つまり後ろ向きでベランダから落ちたということになります。ここから考えられることは、2つあります。1つめは、牧尾さんが自ら後ろ向きで飛び降りたということ。しかし、これはあまり考えられません。そうする理由が無いからです。そして2つめは、誰かに後ろ向きで突き落とされたということ」
湊は、野近の話を聞いて、鼓動が速くなるのを感じた。野近は手帳に視線を落としている。
「まだあります。牧尾さんのご遺体は、ベランダ用のスリッパを履いていました。今から飛び降りようとベランダに出た人が、わざわざスリッパを履くとは、少し考えにくいです」
湊は、野近の話を、下を向いて聞いていた。野近はそんな湊の様子には触れずに、さらに続けた。
「他にも、牧尾さんからは、微小ながらアルコールが検出されました。これも、今から自殺をしようとしている人からは、少し考えにくい」
野近は一通り話し終えたところで、自身の手帳を閉じた。
湊は、驚いていた。この野近という人は、一体何者なのだろう。なんて鋭い洞察力なのだろう。湊は、動揺すると同時に、感心してしまった。
湊は、ふと我に返った。このままずっと黙っているわけにも行かない。湊は、ゆっくり、そして小さい声で話し出した。
「野近さん、でしたっけ。その話が本当だったら、もしかして貴之は・・・・・・」
「はい、牧尾さんは自殺ではなく、他殺の可能性があります。つまり、これは殺人事件かもしれない、ということです。しかも、その可能性は極めて高い。私はその線を疑っています」