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第三話 対面



「亡くなられたのは、牧尾貴之さん、32歳。ご自宅のあるマンションの10階のこの部屋のベランダから、1階に転落したようです。死因は、全身を地面に強く打ちつけたことによる打撲で、即死だったようです。死亡推定時刻は、21時13分」

 ソファに座り込む湊の前で、2人の人物が話し合っていた。1人は紺色の上下の服を着ている鑑識員らしき人物で、もう1人はベージュのカッターシャツを身にまとった初老の男性であった。鑑識員が、事故の説明をしていた。

 ご苦労様、と初老の男性が鑑識員に声を掛けた。鑑識員は、失礼しますと返し、部屋から出ていった。部屋には、この男性と湊の2人だけになった。男性は湊の方に向き直った。

 その刑事は、野近といった。先ほど、名前を紹介された。その刑事は、ベージュのカッターシャツに焦げ茶色のチェックのベスト、そして焦げ茶色の長ズボンと、全身茶色の出で立ちだった。年齢は50歳ぐらいであろうか、白髪の頭に丸眼鏡が特徴的だった。

 30分ほど前から、湊はこの野近という男から事情聴取を受けていた。年季の入った黒い手帳を広げ、野近は熱心にその手帳の中身に目線を落としている。

「えー、佐伯湊さんでしたよね。あなたが、119番通報をしてくださったのですか」

「はい、私が連絡しました」

「わかりました。もう一度確認しますが、あなたが牧尾さんからの連絡を受けたのが、20時15分頃で間違いないですね」

「はい。私がちょうど仕事から帰っているときに、貴之から連絡を受けました。携帯電話の着信履歴がその時刻になっていたので、間違いないです」

「ありがとうございます。あなたは牧尾さんからの連絡を受けて、すぐにこの牧尾さんのご自宅に向かった。部屋に着いたのが、大体20時50分頃」

 野近は、自身の黒い手帳を開きながら、説明した。湊は、野近という刑事の説明を、黙って聞いていた。

「あなたがこの部屋のインターフォンを押すと、牧尾さんはロックを解除しました。あなたは部屋に入り、牧尾さんと話をした。話の内容は、牧尾さんの仕事の話でした。牧尾さんに何があったのか、私にできることはないか、あなたはそういった話をした。しかし牧尾さんは、もうだめだ、と自暴自棄になっていました。そして、ベランダの方に向かい、自ら手すりを乗り越え、転落した・・・・・・」

 野近の説明は、淡々としていた。

「このような内容で、間違いありませんか」

 湊はソファに座りながら、静かに応えた。

「はい・・・・・・。それで間違いありません」

 ありがとうございます、野近はそう言った。そして、手帳をゆっくりと閉じた。

「遅くまで我々の調査にご協力いただいて、すみません。今は、えっと・・・・・・、何時なんでしょうかね」

 野近がそう言い、ソファの前のテーブルにある置き時計に手を伸ばそうとした。すると、湊は自身の携帯電話を取り出して、応えた。

「もう22時過ぎですね。私は、全然大丈夫です」

「そうですか・・・・・・。ありがとうございます」

 野近は湊の顔を見つめていた。そして、少ししてから、話し出した。

「失礼ですが、牧尾さんとはどういったご関係でしたか」

「はい。貴之とは、恋人同士でした。お付き合いして、2年ほど経ちます。貴之とは、友人の紹介で出会いました。たしか、3年前ぐらいだったと思います。1年ほど互いに連絡して、何度かお食事に行きました。私も貴之もワインが好きで、意気投合しました」

 野近は、黙って話を聞いていた。湊は、話を続けた。

「貴之は起業家でした。ロボット開発を通して世界を豊かにしたいと、いつも私に、夢見る少年のように話してくれました。この仕事が軌道に乗ったら、アジアや中国に進出すると張り切っていました」

 野近は湊の話を聞いて、なにやら手帳に書き込んでいた。

「ここまで言う必要はないかも知れませんが・・・・・・、貴之との関係は、あまりうまく行っていませんでした。貴之は、仕事で忙しいからと、最近ほとんど会っていませんでした。この部屋に来たのも、1ヶ月ぶりぐらいなんです」

 野近は黙って湊の話を聞いていた。

「今日、貴之から電話がありました。思いつめた声でした。仕事で失敗した、取り返しがつかない、もうどうしようもない、とかなんとか言って、相当焦っていました。私は、なにか嫌な予感がして、それでこのマンションに駆けつけたんです」

 湊は、そこまで話すと、一筋の涙を流した。これは、眼の前の刑事に怪しまれないようにするための、嘘の涙ではなかった。貴之がベランダから消える瞬間を思い出し、自然と溢れてきたものであった。自分でも不思議に思った。自分がこんな状況でも、冷静に自分自身を客観的に見つめることができることに、湊は驚いていた。







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