第二話 犯行
「ピザ、頼んだよ。ここのピザ、美味しいんだ」
「私、何もいらない・・・・・・」
湊は、貴之のことを信じられなくなっていた。ここで、貴之の浮気をはっきりさせないと、お互いのためにならない。湊は、勇気を振り絞って、貴之に話しかけた。
「ねぇ・・・・・・、私は本気だよ。私、今の貴之が信じられない。今の私達の関係を、はっきりさせたいと思ってる。私のためにも、貴之のためにも」
湊がそう言うと、貴之が急に声を張り上げた。
「さっきから聞いていたら、何が言いたいんだよ! 俺は、何もやましいことはしていない。俺は、お前のことだけを思っているんだ! 今まで、お前のためだけに、色々してきたんだ。思いをはっきり言わない、お前のためにな! こんなに色々してきてあげたのに、俺を疑うなんて、俺はショックだよ」
貴之の急な発言に、湊は圧倒された。貴之がこんなに声を荒げたのは、初めてだった。今の発言が本心なら、なんて幼稚なんだ。この期に及んで、まだ浮気を認めないなんて。
その時、湊の中で、貴之に対してある感情が生まれた。
「そう、・・・・・・わかった。すみません、私が悪かったです」
湊は、そう大人しく答えた。貴之は、少し湊の顔を眺めて、ゆっくりと話し始めた。
「こっちこそ、すまない。でも、俺はただ、良子にわかってほしかったんだ」
貴之が優しくそう話したのを、湊はただ下を向いて聞いていた。その後も、貴之は何か話していたが、湊ははっきりと覚えていない。
湊は、深呼吸をした。
「そうだ、最近この近くに新しいフランス料理店ができたの。フランスで修行したシェフが経営していて、ワインの品揃えも豊富みたい。貴之はそのお店、知ってる?」
「いや、知らないな」
「たしか、このマンションのベランダから見えると思うけど」
そう言うと、湊は貴之を見向きもせずに、ベランダの方へ進んだ。もちろん、そんなお店など存在しない。貴之をベランダへ誘きだす口実だった。
湊はベランダに出て、外を眺めた。10階から見下ろす夜景は、いつものように綺麗だった。背後から、貴之の足音が聞こえてきた。その時、貴之が溜め息をつくのを湊は聞き逃さなかった。
貴之はベランダ用のスリッパを履き、湊の横に並ぶようにして外を眺めた。どこだい、と光る街並みを見下ろしている貴之に、あそこだと指を差して示した。貴之が、できるだけ身を乗り出さないと見つけられなさそうな方向を。
「見えないな。どこなんだよ」
貴之は、ベランダの手すりに少し体を乗せる格好で、湊が指差す方向を見つめた。その様子を横目に、湊は静かに貴之の背後に回った。夜の暗闇に体を突き出している、無防備な貴之の背中が目の前にあった。不意に、今までの貴之との思い出が甦った。
「ごめんなさい・・・・・・」
思わず、言葉が漏れてしまった。
「うん・・・・・・?」
湊の言葉に気付いた貴之が、振り返ろうとした。湊は焦った。一瞬、躊躇ってしまった。
「おい、何をしようとしてるんだ!」
貴之は振り返り、湊の様子を察知して、叫んだ。貴之が叫んだ瞬間、湊の体は動いていた。貴之の両肩を、思いっきり前に突き飛ばした。
貴之は、声にならない声で、ベランダから暗闇に消えた。
少しの間、沈黙があった。気がつくと、湊は1人になったベランダに座り込んでいた。鼓動が激しくなり、体が燃えるように熱くなっていた。