第一話 動機
自分の人生は、自分で決めることが大切です・・・・・・。
「あの・・・・・・。私、全部知ってるの」
佐伯湊は、ワインのコルクを抜いている牧尾貴之に話しかけた。
「何のことだい」
「・・・・・・このマンションに、私以外の他の女を連れ込んでいるんじゃないかって」
湊は勇気を振り絞って、心に留めていた思いを貴之にぶつけた。1ヶ月ほど前だった。10階建ての高層マンションの最上階に位置したこの部屋に、貴之は湊以外の女性を連れ込んでいると疑っていた。
「・・・・・・」
アイランドキッチンで佇んでいる貴之は、少しの間、返事をしなかった。ソファに座っている湊は、そんな貴之の顔を見つめていた。
「何を言うのかと思えば、そんな突拍子もないことを。僕が、いつ湊以外の女をこの部屋に連れ込んだと言うんだい」
「だって・・・・・・。だって、最近私がこのマンションに来ようとしても、いつも断ってくるじゃない」
「それは、誤解だよ。最近、仕事で忙しいんだよ。俺は、いつでも湊のことを思ってる。このワインも、湊のためを思って、特別に注文しておいた物だよ」
そう言うと、貴之は手に持っていたワインを、2つのワイングラスに注いだ。お酒を飲んで、話をそらせようとしているのだろう。
「私、ワインはいらない・・・・・・。ホットココアが欲しい・・・・・・」
「そんな、連れないことを言わないでくれよ。あいにく、インスタントのホットココアは今、切らしてるんだ。一緒にワインを飲もうよ」
貴之は、少し寂しそうな顔をした。整った顔立ちに、少し幼さを残した表情が、湊の心を揺るがした。
だめ、騙されてはいけない。これが貴之のやり方だ。これで、今まで何度騙されてきたことか。
「ちょっと待ってね、ピザを頼むから」
そう言うと、貴之はワイングラスに口を付けながら、携帯電話を取り出した。
「こんな時間に、ピザなんて・・・・・・」
湊は、小さくつぶやいた。そして、ソファの前のテーブルに置かれた小さな時計を手に取り、時刻を確認しようとした。
「その時計、電池が切れているんだ。まぁ、いいじゃないか。せっかく来たんだから、何か食べながら、ゆっくりしていきなよ」
貴之は湊の方に目もくれず、そう応えた。湊が貴之の方を見ると、貴之は携帯電話を操作していた。おそらく宅配ピザの電話番号を入力しているのだろう。
貴之の段取りの良さが、初めは湊には魅力的に映った。頼りがいがあり、紳士的に湊をエスコートしてくれる、そんな優しい貴之に惹かれていった。
しかし、いつの頃からか、その女性慣れした部分に、どこか寂しさを感じた。本当に私のことを大切に思ってくれているのか、そんな根拠のない思いが、日に日に湊を不安にさせた。
身勝手なのは分かっていた。しかし、一度そう思ってしまうと、より貴之の愛情を確かめずにはいられなくなった。だが、湊はなかなかその思いを貴之に伝えられなかった。貴之とも、何となく連絡が少なくなっていた。久しぶりに貴之のマンションを訪れた時に、他の女性のイヤリングをソファの隙間から見つけたのは、その矢先のことだった。