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副将軍記  作者: 淳A
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諦観

 人間、何事も諦めが肝心と知っている。 だから施主だってやった。 名前だけのお偉いさんになんかなりたくなくても。 だが副将軍? 将軍? そんなものはサダにやらせりゃいい。


 あいつこそ名前だけのお偉いさんに向いてない、だと? この万を越す上級貴族や外国の王族からの弔問客の行列を見てもそんな事が言えるのか? リネが弔歌を歌うと何ヶ月も前からそちこちに宣伝していたらこれくらいの行列が出来ていたかもしれないが、北の副将軍が誰になろうとこれほど世間の興味関心を引いたはずはない。 みんなサダの顔を拝みたくて来ているんだ。 でなきゃ俺が次の副将軍に決まった事で起こる悶着を期待しているか。 何しろ副将軍の座を掴み損ねたサダが軍葬で暴れるかも、と本気で思っている奴が結構いるんだから始末が悪い。


 涙目で、出来ないんですう、そしてばっくれる。 あいつの常套手段なんか世界中に知れ渡っていると思っていた。 ところが世間は意外に広いらしい。 肝心な時に逃げ切るずる賢さとか、苦手な事を誰かに押し付ける身勝手さを全く知らない奴が結構な数いて、そいつらの間じゃ信じられないような噂が罷り通っている。 例えば、あいつが副将軍を辞退した時、俺にこう言ったんだと。

「リイ兄さん。 北軍が必要としているのはあなたです。 俺はただリイ兄さんを支える人となりたい」


 けっ。 なーにが、リイ兄さん、だ。 あいつが俺をリイ兄さんと呼んだ事なんて一回もない。 軍葬の前日、つい、イライラして、お前に師範と呼ばれるいわれはない、と八つ当たりしたら、リイ兄さん、と呼びやがった。 あの噂を流しやがったのはお前か、と思うと頭に血が上り、あいつの尻を思いっきり蹴りそうになった。 そんな事をしたら俺の首が飛ぶと分かってはいても。 その時護衛をしていたのがシナバガーだったから止められたが。 俺が蹴りを入れる時の呼吸を知り尽くしている奴だから。 まあ、それくらいじゃなきゃ軍対抗戦の北軍大将は任せられない。


 ともかくそこで一呼吸ついたおかげでサダにそんなセリフを考える頭はないし、自分が言わなかった事を言ったと言う奴でもない事に気づいた。 あいつの周囲の誰かがそんな噂を流した訳でもないだろう。 みんな賢い奴ばかり。 しかも忙しい。 噂なんか流さなくともあいつの人気は天井知らずなんだ。 下らんガセを流そうと考えるはずがない。

 おまけにこの臭いセリフ。 支える人になりたいだあ? 自分一人さえ支えられない奴がどうやって他の人間を支えるんだ? 教えてもらいたいもんだぜ。


 明らかに本人が言った事でも奉公人や部下が流した噂でもない。 なのに広まっている。 兵士の食堂を通り過ぎれば俺の耳にも届くくらい。 舞台向けのセリフだからか覚えやすいからか。 案外そういう出し物がもうあって、それで広まっているのかもな。

 いずれにしても俺はサダから、いや誰からだろうと、そんなセリフを言われた事は誓って今まで一度もない。 もし本気でそんなセリフを言う奴がいたら、その場でそいつに副将軍をやらせてやる。 それが俺にとって一番誰かにしてもらいたい事なんだから。

 勿論、どんなにバカに見えようと逃げ足だけは速いサダが、はい、やります、と言うはずがない。 少なくとも正面からの説得なんかやったって無駄足に終わる。 かと言って小細工したら本人にはうんと言わせられても周囲がうんと言わないだろう。 何しろ俺はもう施主になっている。 次の軍葬の施主はサダにやらせろ、と俺がごねたところで将軍だけじゃなく陛下もうんとは仰るまい。


 俺が今すぐ退官すれば少なくとも将軍にはならずに済むが、そんな事をすればサダも一緒に退官すると言うだろう。 いや、言うだけじゃない。 本当に退官する。 そして今より暇になった分、もっと俺に付き纏うに違いない。 そうなったら退官後の人生を楽しむどころか将軍になった方がまだましな毎日となる。 将軍なら一応あいつの上官なんだ。 消えろ、と言ったって許されるが、在野の平民となったら準大公に逆らう訳にはいかない。 追い返そうったってカエルの面に小便だ。


 せめてサダが真面目な領主だったら問題を起こしている暇や俺の追っかけをしている暇はないのに。 残念ながらあいつの周りは少数ながら有能な奴ばかりだし、自分の主に問題解決能力は欠片もない事を知っている。 どうすればいいでしょうとか余計な質問をして時間を無駄にしたりはしない。 さっと自分で問題を解決し、結果を報告するだけだ。

 大隊長としてだって指揮する部下の人数こそ少ないが、遠隔指揮が難しい土木工事の責任者でもあるんだから俺に付き纏っている暇なんかないはず。 なのに、しょっちゅう俺の執務室に現れる。 あいつが大隊長の仕事をしているところなんか見た事がない。 臆面もなく大隊長の仕事が忙しいと誰彼構わず愚痴を零しているが。 その中身を聞いてみれば、やれ判子の押し場所を間違えてやり直しさせられただの、やるべき仕事を忘れて叱られたとか、渡された書類をどこかに置き忘れて見つけられない、だ。 それのどこが大隊長の仕事なんだ? 部下の仕事を増やしているだけじゃないか。


 尤も上官があれくらい無能だと部下は徹底的に鍛えられる。 サダが大隊長としてやれていたのは間違いなくマッギニスのおかげだ。 大隊長としての実務がこなせる男と誰もが認めていたから、小隊長や中隊長としての経験が全くないにも拘らず、第三大隊長昇進を時期尚早と言う者は一人もいなかったんだろう。

 もしサダがあれはこうしろ、これはこうしろと細かく命じるタイプの上官だったら、マッギニスがあの仕事量をこなす事は不可能とは言わないまでもかなり難しかったと思う。 そういう意味ではサダには有能な人材を育てる能力があると言えない事もない。 なら北軍将軍となり、その能力を存分に発揮すればいい。 俺だって上官の護衛なら文句を言わずにやる。

 

 ただ正式な副将軍任命は新年に行われるジンヤ副将軍の退官式と叙爵式の後だ。 施主はやらされたが、軍葬で何か失態があれば施主の責任問題となり、副将軍昇進取り消しとなるかもしれない。 サダならきっと何かやらかす。 それはあいつの親戚がうやむやにするだろうからあいつの降格や不名誉除隊となる事は望み薄だが、ここまで切羽詰まれば降格されたり不名誉除隊となるのは俺でもいい。 後はマッギニスが何とかするだろう。

 と思っていたら、いつもなら必ずあっと驚く何かをやらかすサダが何もやらない。 軍葬は予定通り終わった。 こんなはずは、と焦ってジンヤ副将軍に会いに行ったら、タケオ副将軍の今後の健闘を切に祈る、で手打ちにされる始末。 一体なぜこうなる? 思わず天に向かって叫びたくなったが、天は俺を見捨てていなかったらしく、夜になってからアーリー補佐が報告してきた。


「施主。 ヴィジャヤン大隊長ですが、受付でリューネハラ公爵家の分家当主の参列を拒んだようです」

「ちっ。 あいつの事だ。 どうせ一家から二名、てとこだけ覚えていたんだろう。 で、リューネハラから文句が来た、て訳か」

「他の公爵家は本家当主名代と分家当主の参列が許可されております。 ダンホフとサハランは分家当主が本家の名代も務めておりましたが。 いずれに致しましても分家当主で参列を断られたのはリューネハラのみですので、黙って引っ込んでいては沽券に関わると申しますか」

「どうすれば向こうを納得させられる?」

「一番簡単な解決策は、今後北軍の軍葬において必ず二組の席をリューネハラのために用意する事でしょうか。 今回の軍葬では公爵家の席、それから公爵家分家の席を用意したので、本家と分家どちらも参列していた場合、席は隣接しておりません。

 次回からリューネハラだけは本家と分家の席を隣接させると約束すれば、相対的にリューネハラ分家の格が上がる事になり、この件に関しては引き下がると思います。 そもそも最初から大騒ぎするつもりはないでしょう。 あちらはヴィジャヤン大隊長を準大公閣下と呼んだようですし。 準大公がした間違いに文句などつけようがありません。 ですが、リューネハラも転んでもただでは起きないと申しますか。 分家を蔑ろにされたと北軍に言っておいた方が恩を売りやすい、と算段したのでは?」

「何も北軍が機嫌を取らなくともサダがダンホフに泣きつけば何とかしてもらえるだろ」

「ダンホフとしては準大公のお役に立てる事は嬉しいでしょう。 しかしリューネハラとしてはダンホフに何とかしてもらえても今二つ」

「ま、その気持ちは分かるが」

「では、どの経路でリューネハラへ連絡なさいます? 使者を派遣する、お手紙になさる、或いは新年の登城の際、副将軍を拝命した後で直接お話しになるか」

 サダにしては珍しく大したポカじゃない。 だがポカはポカ。 これを使わない手はない。

「明日、サダを俺の執務室へ呼べ」

「了解」

 アーリー補佐はそれ以外何も言わずに引き下がった。 しかし気のせいか、瞳に、往生際が悪い、と浮かんでいたような? だが、それがどうした。 補佐になんと思われようと最後の最後まで悪あがきさせてもらう。 その時間がある内は。


 翌日、サダに少し圧を掛けてやった。 これで次の施主はあいつ、と本気で思っていた訳じゃないが、遠慮のえの字もないあいつは俺の執務室を出たその足で将軍へ駆け込みやがった。 上官に頼るなと釘を刺しておいたのに。

「施主、将軍がお呼びです」

 アーリー補佐は、だから言ったでしょ、とは言わない。 そもそも何も言ってないんだから。


 出頭すると、将軍はわざとらしく俺に向かって軽いため息を一つ吐いた。

「タケオ施主。 自分の不首尾の始末は自分で付ける。 それは軍人の基本と言いたい其方の気持ちは分からんでもない」

 いや、お分かりではありません。 お分かりなら俺をここに呼び出したりはしないはず、とは勿論言えないし、たとえそう言い返したところで何の役にも立たない。 将軍の済まなそうな顔を見れば、どっち側に付いているのか何も言われなくたって分かる。

「しかしむざむざ自分の問題を増やすような真似をせんでもよかろう」

「増えますか?」

「まず、間違いなく、な。 賭けてもよいぞ。 結果をその目で見たいと言うなら。 それも又、よい経験となるであろうし。

 其方が勝てば、副将軍はヴィジャヤンにするよう陛下に奏上する。 ヴィジャヤンの説得は私が責任を持つ。 私が勝てば、其方は副将軍、そして将軍となる。 つまり昇進に関しては其方が負けたところで今と何の違いもない。 で、賭けるか?」

 将軍の圧は軽いようで重い。 さすがは北軍将軍、と唸らせられたのはこれが初めてでもないが、ずっしり腹に来る。 俺の問題が増えるとおっしゃるのは単なる脅しではない。 それだけは確かだ。 俺でさえ何か予想外な問題となるような気がするんだから。 そしてその結果、どれほどの大火事になったとしてもモンドー将軍は傍観するだろう。 俺にしかと思い知らせるために。


 くそっ。 腹は立つ。 だが腹が立ったからと言って自分の損になるような選択をしたら困るのは自分だ。

「賭け事はしない、と亡くなった祖母に誓った事がありまして」

「其方の祖母は賢い女性であったのだな。 短気なところもある孫にそう誓わせていたとは。 その誓い、忘れるなよ。 末永く其方の身を守るであろうから」

「ところで、ヴィジャヤンからリューネハラへの謝罪はなくてもよいのですか?」

「向こうがヴィジャヤン大隊長と呼んでいたら謝罪という形にしてもよかったが、準大公閣下だ。 準大公閣下が参列を遠慮しろと公爵家の分家当主に言ったくらいで謝罪したら、その方が問題となる」

「了解」

 俺がそう返事をした途端、将軍の瞳が輝き始めた。

「ジンヤから聞いたぞ。 引き継ぎが無事、終了したようだな。 これほど潤滑な引き継ぎは珍しい。 先が楽しみな副将軍の誕生ではある。 実に目出度い。 そこで其方の就任祝いだが、」

 俺はさっと起立した。

「リューネハラの件に関しては解決の目処がついたようですので、これにて失礼致します」

「そう急がずとも」

「次の軍葬が迫っております。 次は誰かにやってもらえるなら暇ですが。 どなたがやるのでしょう? 改めて言うまでもない事とは存じますが、私以外の誰が施主を務めようと私には何の不満もありません。 将軍がなさろうと、ヴィジャヤン大隊長、マッギニス大隊長、サーシキ大隊長、どなたであっても私が文句を言う事は一切ない、と天に誓います。 何卒お心にお留め置き下さい。 では」


 忙しくはない。 第三大隊の引き継ぎは終わっていないが、マッギニスなら俺が何も引き継がなくとも困らないだろう。 次の軍葬は毎年恒例でやっている事だから式の流れは掴んでいるし、施主としてやる事は前回と大した違いはない。 参列者は前回より少ないだろうから同程度の準備をしておけば充分だ。

 だが忙しくないとは死んでも言うものか。 これから俺の決めセリフは、忙しい、だ。 サダが会いに来ようと。 誰が会いに来ようと。


 勿論、逃げ切れない事は知っている。 結局、何事も諦めが肝心である事に変わりはない。


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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます。 師範 お疲れ様です。愚痴も言いたくなりますね、ある意味大変な人に愛されたものですよね。どこまでも追ってくることも理解されているようですし。 こうやって 愚痴を…
[一言] かわいそうな師範 諦めが悪いのはいいこと
[一言] なんだかんだ言ってよく若のことを分かってる師範。 本人もご存知の通り若については諦めが肝心ですよ〜 その代わり、若にゲンコツ入れたりしても世界で唯一許さる、「また剣と弓がじゃれあってるよ」で…
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