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副将軍記  作者: 淳A
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夜明け 2

 早足で家具倉庫へ向かいながらバークビグラに訊ねる。

「陛下の御前で一体、何があった?」

 バークビグラは何度も汗を拭きながら荒い息で答える。

「それを陛下の御前に進み出られる身分ではない私に聞くのか。 なぜ知っていると思うのか、私の方こそ聞きたい」

「しかし御目通りなさった方々がお下がりになる所を見たのだろう? 皆様平静でいらしたとは思えないのだが」

「カイザー侍従長が先導し、テーリオ猊下に北の猛虎とヘルセス次代が従い、青竜の騎士御家族、スティバル聖下が東の謁見の間に入室なさったのは見た。 陛下が御臨席になって間もなく、サリ様とサナ様をお連れになった準大公夫人が別室へお移りになられたのもな。 それからいくらも経たず陛下が御退席。 大変お急ぎの様子でチャセンコ上級神官が退室なさり、控えていた上級神官の側付き十名に、馬に乗れる者はいるか、とお訊ねになった。 私が頷くと、遅れるな、とのみおっしゃり、東門から神域の検問所まで馬で早駆け。 そこから書庫へは走った。 チャセンコ上級神官が馬車の用意を待つ時間が惜しい、とおっしゃったのでな。 見ての通り私の脚力では伴走叶わず。 何があったのか、なぜ急いでどちらへいらっしゃるのか、何も聞いていない。 スティバル中央祭祀長の御就任とて其方と一緒に只今聞いたばかり。 ショエンハー上級神官も同時に退室なさったのは見たが。 あの御方は馬が苦手でいらっしゃるから馬車をお使いになっただろう。 どちらへ向かわれたのか私は知らない。 陛下の御前で何があったかなど想像もつかん」


 バークビグラも中級神官となって長い。 間違いのない仕事をする男で、上司が何を欲しているか正確に読む能力があるから上司の受けも良い。 であればこそ側付きに選ばれている。 侯爵家正嫡子という出自のおかげもあるとは思うが、それ以上に口が堅いからだろう。 想像もつかんとは言われたが、彼の読みは私のお粗末な読みよりましだから自分の推測をぶつけてみた。

「ネイゲフラン聖下が副祭祀でいらした頃、マーガタン中央祭祀長を深く尊崇なさっていらした。 退任されて先代陛下の御外遊に随行なさったが、それは死罪以外の何ものでもない。 そしてこの随行はスティバル北軍祭祀長がお膳立てしたと噂されている。 中央祭祀庁と北軍祭祀庁が犬猿の仲なのもそれが原因、と。

 もしやネイゲフラン聖下はテーリオ猊下を中央祭祀長見習にすべく、画策なさったのでは? スティバル猊下の悪影響がテーリオ猊下に及ぶ事を恐れて。 それが陛下の御不興を買い、スティバル聖下の中央祭祀長御就任という予期せぬ結果を招いたとか?」

「其方、神官より小説家に向いている。 私が知っているのはスティバル聖下が中央祭祀長に任命されたという事実。 それだけだ」

「しかし新年まで間もない今、ネイゲフラン聖下御自身が望んで退任なさったとは思えない」

「私とて思わんが、私に其方の想像力はない。 せっかくの想像力だ。 この退任劇が誰の筋書きか、其方が推理しては如何?」

「陛下では? 祭祀庁が中央対北となっている現状を憂慮され、スティバル聖下に関係改善をお命じになったとか」

「今まで祭祀庁とは良くも悪くも一定の距離を置かれていらした陛下が、突然このような介入をなさるだと? そのようなおつもりがあれば皇太子殿下に御相談なさるか、御前会議でその是非を審議させるはず。 中央祭祀長は皇太子殿下や御前会議に出席する公侯爵との繋がりがおありだし、上級神官も相当なコネを持っている。 間違いなく噂になって、そのような事にならぬよう、先手を打っていらしたと思うぞ」

「では、テーリオ猊下? スティバル聖下を敵視するネイゲフラン聖下を排除したくて」

「北軍祭祀長に就任なさって僅か二ヶ月。 お若いし、学究肌。 中央祭祀長の首の挿げ替えのような強権の発動とは無縁なお人柄で、祭祀庁内の勢力争いのような俗事に御関心はないと聞いている。 確かにネイゲフラン聖下はスティバル聖下を敵視していらしたが、前任を敵視していたから後任も敵視するとは限らない。 嫌がらせをされた訳でもないのに退任に追い込むとは、立てなくともよい波風を立てるようなもの。 学問どころではなくなるだろう?」

「しかし東、西、南の祭祀長、どなたもまだ登城なさっていらっしゃらない。 陛下と陛下の半身であられる祭祀長以外が祭祀長を指名する時は他の祭祀長全員の合意を得る必要がある。 残るはスティバル猊下だけとなるが?」

「中央祭祀庁内ではスティバル猊下が裏で糸を引いたと信じる者がほとんどだろうな。 私はそうは思わんが。 どこに住むか、何をしても許されるのか、全て祭祀長次第。 下級神官より不自由な隠居暮らしとなるのが退任後の祭祀長の運命。 在職中ならともかく、退任後にそのような画策がやれるものか。 おやりになりたいのなら十月に退任なさったりはしない」

「中央祭祀長職をお望みの故の退任だとしたら?」

「たとえテーリオ猊下の後押しがあろうと陛下も独断即決なさる必要がどこにある。 御同意なさる前にネイゲフラン猊下に御下問なさるはずだ。 そこで握り潰されて終わると思うぞ。 ともかく今は益体もない推理をしている場合ではない。 まず目先の仕事を片付けないと」


 疑問は残るものの首肯いた。 テーリオ猊下とサリ様のお住居は常に掃除されているが、仕上げは御到着の先触れが届いてからするのが通例。 テーリオ猊下と青竜の騎士御一家の御到着は年末の御予定だったから掃除の邪魔になる家具や暖房器具類は倉庫に入れてあり、今は空き家の状態だ。

 どうやらショエンハー上級神官は各所への通達に奔走なさったらしく、家具倉庫に着くと新中央祭祀長御就任は既に知られており、上を下への大騒ぎとなっている。 なにしろ準備せねばならないのはテーリオ猊下とサリ様のお住居だけではない。 新祭祀長の御意向に添ったお住居の用意とネイゲフラン聖下のお引越し。 加えて間もなく新年だから行事が目白押し。 新年用の神具、調度品、暖房器具などの用意もせねばならない。 それらが去年と同じで良いのか変更が必要なのか、新祭祀長にお伺いせず勝手に始めてもやり直しとなる。


 因みにネイゲフラン猊下の時は前任であるマーガタン猊下の手順をそのまま踏襲なさったが、その前。 マーガタン猊下は前任(グリマヴィーン猊下)の手順を変更なさった。 儀式の規模、頻度、参列する神官数、供物や神具の数、参列者数から拝礼順に至る全て。 お住居に関して言えば、家具、お側付きの部屋数、暖房、冷房、客用家具、敷物、絵画、彫刻、花瓶、何をどこに幾つ置くかまで。

 スティバル猊下がグリマヴィーン猊下の手順に戻されるかどうかは分からない。 だが前任の手順をそのままにはなさらないような気がする。 古くからいる職人はその辺りの機微を承知しているだけに慌てているのだろう。 ショエンハー上級神官は新祭祀長就任を伝えただけで、どちらかへ向かわれたのだとか。 職人だけでなく下働きまで右往左往している。

 職人長を呼んで訊ねた。

「神具の準備をしている下級神官がいるはずだが、どこへ行った?」

「上司を探しに行かれました」

 それではすぐには戻れまい。 私とバークビグラは日常業務を放置して家具倉庫に来た。 つまり誰かが私達の業務を穴埋めしている訳で。 しかも日常業務を放置した中級神官はたぶん私達だけではない。

 ため息と共にバークビグラが命じる。

「職人と下働きを二手に分け、一組はテーリオ猊下お住居の家具と寝具の搬入。 もう一組はサリ様のお住居の家具と寝具の搬入をせよ。 ラワッシュ、猊下の家具を先に動かしてもよいか?」

「うむ。 こちらは炊きどころと風呂の準備を先にしよう。 寝具は何人分運ぶつもりだ?」

「お付き二十、護衛二十として、四十人分というところか」

 徹夜になるだろ、と愚痴がこぼれそうになったが、こぼしたところで仕事が片付く訳でもない。 職人長には新年の準備、スティバル猊下のお住居、ネイゲフラン聖下のお引越しに関しては全て指示があるまで待つように命じた。


 深夜、疲れ切って自室に辿り着くと、部屋に入る前に隣部屋に住むフォーレに呼び止められた。

「ラワッシュ、聞いたか?」

「何を?」

「陛下の御前で青竜の騎士がネイゲフラン猊下の喉を潰した」

「なんだと?」

 話を続けようとするフォーレを遮る。

「相手が政敵だろうと親の仇だろうと、そんな事をなさるような御方には見えん。 サリ様に向けるお優しい目線。 行事の際の緊張なさったお姿。 目下の者に対して尊大な態度を取らない謙虚さ。 私は今まで青竜の騎士からお言葉を頂戴した事はないが、噂通りの裏表のないお人柄だと思う。 私に人を見る目がないだけかもしれないが、襲いかかってきた刺客でもない者の喉を潰しただなんて。 其方が実際見た訳ではないのだろう?」

 陛下からのお召しがあったのでもない限り中級神官が陛下に御目通りする機会はない。 私から疑いの目を向けられたフォーレが肩を竦める。

「スティバル聖下が中央祭祀長に御就任なさった事は其方も聞いているのだろう? なぜそんな事になったかと言えば、ネイゲフラン猊下のお声が出なくなった事を御覧になった陛下が、新年の準備に支障が出ないよう、新祭祀長をその場で御指名になったのだ。 信じたくなければ信じなくともよい。 握手されたらどういう目にあうか、明日、自分の体で知る事になるのだから」

「なんと。 其方、青竜の騎士と握手する機会を頂戴したのか?」

「私だけではない。 中級神官全員、青竜の騎士と握手する」

「初耳だぞ。 いつ決まった?」

「夕食後、スティバル猊下が上級神官全員をお呼びになってな。 青竜の騎士と握手するようお命じになった。 その後で、明日は中級神官を招集する、とのお言葉があったと聞いている」

「青竜の騎士の握手は病を癒すのだろう?」

「噂ではそうだが、実際握手してみたら驚き桃の木、という訳。 猫又をお飼いになるだけある」

「しかし今日の午後、韋駄天の如く走るチャセンコ上級神官を見たばかりだぞ。 いつもより張りがあるお声だった。 夜に握手されたら声が出なくなったと言うのか?」

「いや、何の障害も出なかった御方もいらっしゃる。 数だけ見ればそちらの方が多いのだ。 けれど喉をやられたり、手が動かなくなったり、耳が聞こえなくなった御方もいる。 サシュレ上級神官は盲目になられた」

 サシュレ上級神官はフォーレの上司だ。

「すると他にも障害が出た事はサシュレ上級神官から聞いたのか?」

「いいや。 サシュレ上級神官の場合ネイゲフラン猊下のお側付きとして陛下に御目通りし、陛下の御退席の後、握手なさって目が見えなくなられた。 夜の召集には欠席なさったが、私は退職届を書く手伝いをするよう命じられて」

「退職届? なんとお気の早い。 辞職せよと命じられた訳ではないのだろう? 記憶力に優れていらっしゃるのだから仕事に支障は出ないと思うが」

「いくら記憶力に優れていようと毎日新しい書類が来る。 誰かに読んでもらわなくてはならないのでは極秘書類を単独で処理するのは無理だし、どこに行くにも介添えが必要では祭祀長の側付きは務まらん。 かと言って実務をこなす中級を務めるのは更に難しい。 ワスムンドのように下級へ降格されたらサシュレ伯爵家の恥となる。 そうなる前に辞めたいのだろう。 人事部に付き添った時、六人の上級神官とすれ違ってな。 側付きが理由を教えてくれたのだ」

「つまり七人の上級神官に障害が出た? スティバル中央祭祀長の御就任に抗議した故の退職ではない?」

「内心抗議したい者はいると思うが、実際した者がいたとは聞いていない」

 信じたくはないが、少なくとも単なる流言飛語ではなさそうだ。

「青竜の騎士がそのような酷い報復をなさる御方だったとは。 もうこの世の誰をも信じる気にはなれない。 私も退職し、隠棲する」

「おい、其方こそ早まるな。 明日チャセンコ上級神官から正式な通達がある。 それを聞いてから決めても遅くはなかろう」

「それはそうかもしれないが。 事実を隠した公式発表を聞いたところで事実が変わる訳でもないだろう?」

「まずは寝ろ。 明日は明日の風が吹く、だ」


 体は疲れているのに眠れない。 眠るのは早々に諦め、私は退職届を書き始めた。


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― 新着の感想 ―
更新ありがとうございます。期待したとおりかそれ以上のドタバタ劇。ワクワクが続きます!
更新ありがとうございます。 少なくとも7人もの神官が呪術に関わっていたとは、本当に祭祀庁内の一部は 腐敗していたのですね。知らない人が見れば 若の握手が身体の障害をもたらしたと思うのも仕方ないとは言…
サダが報復する訳ないのに~、酷い勘違いでかわいそう。 後ろめたい事があるから逃げる様に辞めるんだろに。 呪術に関わってる上級神官がそんなにいたとは…。 落ち着いてからでも勘違いをなくすために、正しい情…
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