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副将軍記  作者: 淳A
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呟き 2

 夕方になる前に旦那様と奥様がお迎えにいらっしゃり、自宅へ戻った。 その時もそれからも私は誰にも事件を報告していない。 誰にも言うなという聖下のお言葉はバートネイアだけに向けたものではないはずだから。

 事件の全てを目撃したのは聖下とバートネイア、そして私だけ。 バビンズが呼ばれていたけれど、それは遺体を埋める為だろう。 遺体は起こった事の結果に過ぎない。

 それに名指しは聖下の御信頼があればこそのはず。 バビンズは世間から次期ヘルセス公爵家執事と目されていた人物でもあり、それほど才ある者なら口止めなどされなくても不用意な発言をする事はないと思われる。


 どこから何が漏れるか分からないにしても暫くはどこからも審問はされないと思っていた。 意外にもサリ様が奥様へお伝えになったようで。 翌日、気まずい御様子で奥様が私にお訊ねになる。

「あの、ベイダー先生。 その、ケルパが。 昨日、誰かを押し倒した?」

 それを否定すればサリ様が嘘をついた事になってしまう。 それは避けねばならない。

「詳細を申し上げる事は何卒御容赦下さいませ。 ですが、ケルパは褒められるべき事をしたのです。 尚、狙われたのはサリ様ではございません。 どうか御心配なさいませぬよう」

 お優しい奥様は気遣わし気に私を見つめられたが、静かに頷かれ、それ以上問い詰めたりはなさらなかった。 ただ旦那様にお話しになるかもしれない。 それでも旦那様だけならまだよい。 ケルパがサリ様に近づこうとする曲者を追い払うのはよくある事だし、バートネイアが何も報告していない以上、大した事件とは思わず聞き流されるか、念の為質問なさったとしても厳しく追及なさる事はないだろう。


 けれどウィルマー執事は。 何事も見逃さないあの御方ならバートネイアから何も報告がなかったのは瑣末な事件であったからではなく、聖下から口止めされるような重大な事件であったからでは、と推察なさるような気がする。 聖下の甥が訪問した事。 そしてその甥が帰った所を見た者がいない事は、サリ様の御宅周辺を警備していた兵士に聞けば分かるのだから。

 聖下とサリ様は御無事。 ならば襲撃があったのだとしても失敗した様子。 なのに被害者である聖下が口止めなさった。 それは聖下に事件を隠したい理由があるからに他ならない。 ウィルマー執事が祭祀庁内の内紛をどこまで御存知かは分からないけれど、聖下は御退任なさるまで親戚を含めほとんど誰にもお会いしていなかった事は御存知だろう。 現在の難しいお立場、そしてテーリオ猊下の実権が未だ確立されていない事も。

 そこに今まで一度も会った事がなく、金銭的な授受の関係もなかった甥が突然中級神官として現れ、何処とも知れず姿を消した。 聖下のお命を狙い、ケルパに撃退された、と推察なさるのでは? そしてそのような襲撃が単独犯行とは考えづらい事も。

 一般市民なら神官の服を着ている人を見れば神官だと思う。 だが神域の入り口には神官章を確認する石が置いてあり、偽者は簡単に見破られる。 ニサが神官として神域に入れたのは彼が本物の神官だからで、神学生ではない者が突然神官、しかも中級に昇進するには祭祀庁でもかなり上、祭祀長か副祭祀の承認がなければ難しい。 つまりこの襲撃を計画した、或いは指示した黒幕がいる。 ならば黒幕が次に狙うのは事件の目撃者。 そこまでお考えになるような気がする。


 黒幕が目撃者を正確に特定出来るかは分からない。 けれどサリ様に同行した奉公人の数は限られている。 私がニサと見合いした事があると黒幕が知っていたとしたら、それもニサを刺客に選んだ理由の一つかもしれない。

 黒幕の次の手が私、又は私の実家に伸びるかどうかは不明でも、ウィルマー執事なら私が次の標的になる事により主家が災難に巻き込まれるのでは、と危惧なさるのではないか。 それは充分あり得る事。 その恐れがあるというだけで奉公人を即座に解雇する理由になる。


 出来れば奥様には誰にも話さないで戴きたいが。 奉公人の分際で奥様に口止めなど出来るはずもない。 かと言って聖下に口止めされたと申し上げれば口止めされるような事があったと知られてしまう。 もっとも狙われたのはサリ様ではないと言った時点で狙われたのは聖下と言ったも同然なのだけれど。

 ウィルマー執事は私を解雇なさるだろうか。 退職ならともかく、準大公家から解雇されるなどベイダー侯爵家の家名の恥以外の何ものでもない。 その前に自害しなかったら自分の実家から送られた刺客に殺されるような気がする。

 死が私の運命なら従容として受け入れよう。 ただ私の代わりをすぐに見つけるのは難しいに違いない。 法に関する知識だけなら私より知っている者を見つけるのは難しくないけれど、法の中にある穴と言うか、盲点、今までになかった解釈を見つけられる弁護士となると話は別だ。

 ほとんどの弁護士は担当事件関連の法律を学ぶ事に追われている。 それらでさえなぜそのような法律が成立したのか、成立してからどのような変遷を辿ったのか、過去に遡って探っている時間などないのが実情。 担当事件と何の関係もない法律や、被告にも原告にもなった事がない準大公に関する法律など、余程の物好きでなければ学んだりはしないのだ。

 私のように資格はなくとも法自体に興味がある人はいると思う。 しかし公侯爵家所有の図書館であろうと法学関係の書物が充実している所は少ない。 これは見合いの度にその家の図書館を見せてもらっていたので知っている。

 法に興味があり、高額な法学関係の書物を読了しているか。 その質問にはいと答えられる人は相当な財力を持っている人だ。 そのような人がいたとしても、その人はその財を築いた仕事をしているはずで、旦那様に乞われてもすぐに準大公家の法律顧問として着任出来るかどうかは分からない。

 私にしか出来ないとまでは言わないけれど、生きていれば私の知識は何かと準大公家のお役に立てる。 死んでは何のお役にも立てない。 そう考え、密かに退職願を用意した。 しかし今すぐ提出しては理由を聞かれ、嘘をつけばダーネソン執事補佐に悟られるから提出のタイミングは選ばねばならない。

 取りあえずベイダー侯爵家次代である兄に申し込まれていた面会は断った。 元々兄とは仲が良いとは言えず、理由を告げずに退職すれば兄の怒りを買う事は容易に想像出来る。 けれど父にだろうと理由を説明する事が出来ない以上、予め知らせて事を更に複雑にする訳にはいかない。 


 ポクソン補佐の軍葬の翌週にあった毎年恒例の軍葬は何事もなく過ぎ、身辺整理をしていると、ウィルマー執事の執務室に呼び出された。

「主御一家は間もなく家族旅行にお出掛けになる。 これに関し、法律上の問題、或いは大審院召喚になる可能性がどれだけあるかについて聞いておきたい。

 行き先は皇都。 旦那様は平民の家族旅行の体裁を取ると仰った。 テーリオ猊下は旦那様の従兄弟、スティバル聖下は奥様の父、タケオ施主は奥様の兄として御同道なさる。 又、タケオ施主の従者が一名、荷物持ちとして付くとの事。

 警備部隊と共に上京するのは影武者。 当家奉公人は全員影武者側に付く。 本物の皆様とは皇都到着後、合流する予定である」


 何か起こると覚悟していたが、それは自分の身に起こるとばかり考えていた。 まさか聖下が旦那様御一家を巻き込んで、このような無謀をなさるとは。

 予想外と言えば予想外。 ただ私は準大公家で法的問題になり得るとしたら何があるかを常に考えており、その例の一つとして皇王庁の許可を得ず、御家族で旅行にお出掛けになった場合に関して調査した事があった。 猊下と聖下も御一緒とは考えていなかったが。


「この御旅行、本物に付く護衛、と言うか護衛能力がある者は従者一名のみ、という事で間違いございませんか?」

「旦那様とタケオ施主も含めるなら三名だ」

「しかしそれでは平民の体裁を取っているのではなく、平民以外の何者でもございません。 本来なら猊下、聖下、サリ様は言うに及ばず、準大公である旦那様、準大公夫人である奥様、恩寵を頂戴したサナ様、次期副将軍であるタケオ施主もそれぞれ相当数の護衛兵に守られるべき御方」

「だがこれは既に決定事項。 奉公人としてやれる事は起こり得る事態への準備のみ」

「そもそも世間で知らぬ者はいない旦那様が宿に着いたらその途端大変な騒ぎとなり、皇都どころか隣町にも着けないのでは?」

「確かに御無事で皇都に到着なさるかどうかは分からないが。 取り敢えず今聞きたいのは御無事で皇都に到着なさった場合、それでも問題になり得るか、という事。 そして途中で何かあり、この御旅行が取り止めとなった場合。 それを隠しおおせなかった場合について知りたい」

「いずれの場合でも青竜の騎士を公訴したい者はいないと予想されます。 但し、大審院での審議はないから問題にならない、とは申せません。 この機会にこれ以上の無茶をなさらないよう、陛下のお膝元に呼び寄せるべきでは、という議論が持ち上がる恐れがございます。 元々少なからぬ御方が御一家の皇都へのお引越しを望んでいらっしゃる。 陛下も本音は旦那様がお側にいらした方が嬉しいでしょうし」

「取りあえず旦那様と奥様は御無事?」

「現在まで陛下は驚くほど旦那様の自由気ままをお許しになられました。 それは陛下だけでなく、その周辺に事を荒立てまいとする気持ちがあったおかげでしょう。 けれど今回も穏便に済むか、私に予測は出来ません。

 青竜の騎士は陛下と並び立つ御方。 とは申しましても陛下でさえ好き勝手が許されていらっしゃる訳ではなく。 それどころか陛下ほどしきたりに雁字搦めとなっていらっしゃる御方はいないと申せます」


 ウィルマー執事がため息と共におっしゃる。

「では準大公家として根回し出来る事はない?」

「あるとすれば、理由付け、でしょうか」

「理由付け?」

「この御旅行、旦那様がなさりたくて猊下と聖下をお誘いになったとは思えないのですが。 猊下と聖下、どちらの御発案でしょう?」

「それは聞いていない。 このようなお忍びでの旅となった理由も。 だが御家族の皆様には神獣の御加護がある。 護衛は人数が多ければ多いほど安全とは言えまい。 旦那様は、下手に人を増やしては却って危険度が増す、とお考えになったのかもしれない」

「だとしても旅行中何も起こらないと考えるのはあまりに希望的観測に過ぎます。 何かあった場合、それがたとえサリ様がお風邪を召した程度の事であろうと、この旅行の発案者の責任が問われる事でしょう。 たとえ発案者でなくともお止めにならなかったという理由で猊下と聖下が咎められるはずです。 現役、退役に拘らず、祭祀長が大審院に被告として召喚された事は過去に一度もございませんが、これは武力を持たない祭祀長を暗殺する事は簡単だからです。

 因みに将軍、副将軍なら大審院に召喚された例がございますが、いずれも結審前に様々な理由で審議取り消しとなっており、舞台裏での取引で解決しております。 ただ施主となると就任前。 正式には大隊長なので審議取り消しとはならないか、審議は取り消されても副将軍の任命も取り消されるのではないでしょうか。

 尚、過去の準大公称号はほとんどの場合諡号なので、召喚例がないのはある意味当然。 審議は免れたとしても養育権喪失とならないとは確言出来ません」

「大審院から召喚されないのなら陛下の胸先三寸で決まる事では?」

「過去には独断なさった陛下もいらっしゃいました。 ですが皇王庁、祭祀庁、宰相、御前会議などの合議による決定を尊重なさった陛下の方が遥かに多いと申せます。 当代陛下がどちらを選択なさるか、或いは中間をお取りになるか。 私に予想は出来ません」

「例えば、の話だが。 猊下が何らかの予言をなさり、青竜の騎士がその予言に従った故の家族旅行、となれば旦那様の責任問題とはならないのでは?」

「それは。 確かに、それでしたら旦那様が責任を問われる事はないでしょう。 そのような予言があったのですか?」

「あったとは伺っていない。 あったのかも、と執事が呟く事は許される?」

 これになんと答えるべきなのか。 ウィルマー執事が只者ではない事は当家に到着した日に感じたが。 詐欺でもペテンでもなかろうと言って良い事と悪い事がある。

「誰に向かって呟いたかにもよると存じますが。 準大公家執事がそう呟いたと世間に伝われば、それは事実、と解釈するのが大方では?」

 ウィルマー執事なら私の視線に込められた非難の色を感じ取られたはず。 とは言え、準大公家執事ともあろう御方が部下の非難にたじろぐ訳がない。 楽しんでいるとしか思えない輝きを瞳に浮かべて仰る。

「そしてそれは私が望む解釈」

「予言に関する流言蜚語を行った事が祭祀庁に知られたら準大公家執事といえども御無事では済まないでしょう」

「旦那様を悲しませるような事はしない。 私は以前先走った真似をして、きついお灸を据えられた事がある。 その時生涯二度と同じ真似はしないと旦那様に誓ったのだから」


 旦那様を悲しませるような事はしない、とは予言に関する流言を行わないという意味ですね、と確認したかったが。 それをさせてくれるような御方なら準大公家執事に上り詰める事もないだろうとは思う。

 せめて旦那様には家族旅行という無謀をお止めになって戴きたかったが、私がどれだけ言葉を尽くそうと御一家の旅立ちをお止めする事は叶わなかった。

「だーいじょうぶったら、大丈夫! 何にもたじろがない師範が付いているんだから。 んもー、ベイダー先生ったら。 心配のし過ぎっ!」

 確かにタケオ施主は何にもたじろがない。 しかしそれで済む事と済まない事があるだろうに。


 十二月に入り他の奉公人達と共に影武者に従って皇都へと向かった。 今回の旅では初めて上京護衛兵に選ばれた者が少なからずいたようで。 旅の途中、何度か声を潜めて交わされる警護兵同士の呟きを聞いた。

「ようやく選ばれたと喜んで蓋を開ければ、なんだもんな」

「仕方ねえさ。 星のお導きがあったんじゃ」

「まあ、な」

 誰も予言とは言っていないし、誰に聞いても誰が言い始めた事なのかを知らない。 勿論、私に聞かれても知らないと答えるしかないのだけれど。 この噂が広まれば皇都に着いた途端、厳しい詮議と追及が始まる。 そうなったら知らぬ存ぜぬでは済まされない。 私は法律顧問として雇われたとは言え、弁護士としての資格を持たないから守秘義務も尊重されないだろう。


 と覚悟していたのだが、皇都に着いても詮議も追及もされなかった。 普段なら新年を迎える準備で静粛な雰囲気の皇王城はテーリオ猊下の予言の成就を祝うお祭り騒ぎの真っ最中。 なんでも北の聖家族が星のお導きにより上京し、飛竜の奇病を治すと予言なさったのだとか。 正式に公表された予言と本質的に同じなら市井に噂が流れていても問題にされる事はない。


 奉公人の一行をお出迎え下さった旦那様が胸をお張りになる。

「ね、ベイダー先生。 大丈夫だったでしょ」

 旦那様のお隣にいらしたタケオ施主は呆れ顔で。

「けっ。 何が大丈夫だ。 書記を丸めこんだから大丈夫、てか? 調子に乗りやがって」

「丸めこんだなんて人ぎきの悪い。 俺はポビエル書記に何も言ってませんよっ!」

 タケオ施主と奉公人一同がダーネソンの胸ポケットに視線を投げた。 そこに入っているハンカチは動かぬまま。 嘘ではありません、の合図だ。

「ちぇっ。 嘘じゃない事くらいダーネソンに確認しなくても分かるでしょ。 嫌になっちゃう。 主を全く信じていないんだから」

「お前のような主を支えてくれる奉公人に向かって罰当たりな事を言うんじゃねえ。 本当に運のいい奴だぜ。 生きてみんなに再会出来た事を天に感謝しろ」

 タケオ施主にお言葉を返されるかと思ったら、旦那様は素直に頷かれ、お目を閉じて感謝の祈りを天に捧げられた。 余程の事があったのだろう。 ないはずがない。

 何があったのかお伺いしたい気持ちは勿論ある。 準大公家に仕える前の私は、法律顧問なら大筋だけでなく細部を把握せねば的確な助言は出来ないと考えていたが。 今は命を長らえて主を助ける事を優先せねば。

 知らなければ誰に何を聞かれても存じませんと答えられる。 聞きたい事は全て自分の心の中で呟くだけにした。


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― 新着の感想 ―
〉確かにタケオ施主は何にもたじろがない。 是非ともベイダー先生には 「師範〜飛竜に一緒に乗って空中散歩しましょう〜」 って若が師範を誘ってる所を見てもらいたいですね!
行進ありがとうございます。 ソニの覚悟、是非読みたいです!! 楽しみにしております。 寒暖差の厳しい日が続きます。 ご自愛くださいませ。
更新ありがとうございます。 トビが突然の家族旅行の訳を知らなかったことが意外でした。まぁ 本当の理由については 若も知らない訳ではありますが。あれだけ お喋りな若でも トビにも スティバル聖下の家出…
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