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副将軍記  作者: 淳A
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家族旅行 5

 本隊の到着予定日より早く皇都に着いたので、俺達はヘルセス別邸でお世話になった。 レイから皇都に着いたらヘルセス別邸に泊まるよう招待されていたし、警備の苦労を掛ける事にはなるが、それは向こうも承知の上で言ったのだろう。

 この家族旅行に関してレイは家内の誰にも、影武者を務める者達にも理由や目的は一切教えておらず、北から皇都を目指して旅をせよ、と命じただけと聞いている。 だが門番は以前俺が稽古をつけてあげた事がある剣士ばかりだった。 すぐに通されたが、レイは生憎不在。 代わりにオラヴィヴァがいかにも公爵家侍従長らしい行き届いた出迎えをしてくれた。

 突然現れたし、俺達の格好を見ればお忍びである事は何も言わなくとも分かっただろう。 しかしサダが妻子連れで、なのに護衛している剣士が俺だけというのは明らかにおかしい。 それに同行の老人と若者は誰なのか。 疑問に思ったとしても何も聞かない。 貴人に対する丁寧なお辞儀をしただけだ。

 何事にも鋭いオラヴィヴァの事。 たとえ猊下のお顔を拝見する機会はなくとも、サダの尊崇が込められた視線を見れば気付いたと思うが。 準大公で皇王族筆頭となったサダより目上となると、陛下と猊下しかいないのだから。 祭祀長に対する最高礼で迎えなかったのは邸内にいる他の客や出入りの者達の目を気にしたのだと思う。


 俺達は別邸の敷地内にある離れに通された。 離れと言っても十の個室がある家で、各部屋に専用の風呂が付いている。 着替えと風呂と、庭に面した食堂には食事の用意がされていた。 まるで俺達が間もなく到着すると知っていたかのように。

 久しぶりで風呂に浸かった後で食事をし、食事が終わって子供達が寝静まると聖下がいつもの静かな口調でおっしゃる。

「名残惜しいが。 其方らとはここで別れよう」

「私は爺のお側を離れません」

 同じくらい静かに猊下がおっしゃった。 つまりたった二人で中央祭祀庁に殴り込み? 呆れて言葉が出ないでいると、サダがお二人のお顔を交互に見つめ、不思議そうな顔で訊ねる。

「本隊到着を待って一緒に登城する御予定では? 変更なさるのは何か問題があるからですか?」

 その質問に聖下が軽く頷かれる。

「私の責任が果たせぬ、という問題がな。 祭祀庁内の問題は祭祀長が解決すべきもの。 そして現在の問題は私が天の気をお預かりする祭祀長であった時、中央祭祀長を選び間違えた事が原因。 故にそれを正すべきは私の務め。

 しかし本隊と合流し、登城してから中央祭祀長を解任するとなると猊下がお命じになるしかない。 北にお住まいの猊下が誰を中央祭祀長に任命なさろうと神官が素直に従うとは思えないのだよ。 それでは猊下の権威に傷が付く。 猊下は中央へ戻るべきという圧を掛けやすくもなる。

 大樹が育つには広大な土壌が必要。 陛下はそれを御存知でいらっしゃるが、本音は猊下、瑞兆、弓と剣、歌姫の全員をお手元に置きたいのだ。 つまり押せば揺れる柳。

 本隊の到着予定日より早く皇都に着けるかどうか分からなかったから言わなかったが。 ここまで無事で来れたのは、我に進めと告げる天の思し召しでもあろう」

 サダがおろおろし始める。

「し、しかし、祭祀長旗を振るか、私が竜鈴を鳴らさないと、皇王城正門の門番が開けてくれないのでは? ただお名前を名乗っただけでは影武者か、聖下のお名前を騙る者と思われないでしょうか?」

「城内へはレイ・ヘルセスの馬車で送ってもらう。 そこから先は。 まあ、何とかなるであろう」

 それを聞いて思わず俺は仰反った。

「聖下、無茶をおっしゃらないで下さい。 何とかなる、とは。 何ともならなかったらどうなさるおつもりですか? 確かにここまでは無事でしたが、暗殺の恐れがなくなった訳ではないのですよ」

 聖下のお命が狙われた事はサダに伝えていない。 途端にサダが青ざめた。

「あ、暗殺? て、誰が、誰を?」

「ネイゲフランが聖下のお命を狙っている」

「なぜ?」

「聖下と猊下、お二人より、猊下お一人の方が相手にとっては与し易いからだろう」

 俺の言葉に猊下が頷かれる。

「ですから私が同行するのです。 その方がネイゲフランにとってやり辛いはず」

 するとサダが珍しくまともな事を言う。

「で、でも、正門は無事通過出来たとしても神域への入り口を使わない訳にはいかないでしょう? 本隊と一緒に旅をしているのは影武者だって事、もう知られているとしたら? 向こうは本物が護衛なしで現れる事を期待しているかもしれません」

 聖下はそれがどうしたと言わんばかり。

「あれを仕掛けるのでは、いや、これを仕掛けるのでは、と恐れていては何も出来ぬ。 先手必勝と言うではないか。 こちらが先に仕掛ければよいだけの事」

「では、私も御一緒させて戴きます。 弓が何かのお役に立つかもしれませんし」

 思わずサダを怒鳴りつけてやりたくなったが、かろうじて声を抑える。

「サダ、お前はここに残れ。 妻子を守るのは夫の務めのはず。 行くのは俺だ。 今では俺の方が上官である事を忘れるな」

 怒鳴り声でなかったせいか、サダが平気な顔で言い返す。

「そりゃ覚えていますけど。 聖下が師範に付いて来いとおっしゃいました? それどころかたった今、ここで別れよう、と言われましたよね? そう言われたって猊下と俺はいつでも神域に出入り出来る身分ですが、いくら上官だって師範はそうじゃないでしょ。 無許可で神域に入ったら殺されても文句は言えない立場で護衛が出来ますか?」

 まさかの正論。 こいつ、一体どこでこんな知恵を身に付けた? ともかくこのまま黙って引き下がってはいられない。

「お前一人が付いていたって数で襲われりゃなんの助けにもならないだろ」

「それはそうですが、中央祭祀長は俺を近衛に勧誘したがっていました。 たぶん俺をすぐ殺そうとはしないと思います。 でも中央祭祀長が師範を勧誘した事はありませんよね? それに数で襲われたら師範だって勝てないのは同じでしょ。 襲いかかってきたから殺した、で片付けられますよ。 生きている俺の方が死んだ師範より何かの役に立つはずです」

「いいか、俺は付いて行く。 付いて来るなと言われようとな。 後は野となれ山となれ、だ」

「師範たら、またそれですか」

「何が、また、だ。 それは俺のセリフだろ。 お前の尻拭いを今まで何度やってきたと思う。 とっくに数えるのを止めていたって俺が忘れたとは思うな。 ここでまた尻拭いをやらされたとしても驚きゃしない。 だが事が終わった後でお前の尻拭いをするのだけは御免だ。 面倒が十倍に増えるだけなんだから」

「俺の尻拭い? よくも」

 ムッとした顔で言い返しそうなサダを聖下がお止めになる。

「まあ、まあ、兄弟喧嘩はお止め。 ここで言いたい事を言い始めたらきりがない。 せっかくの家族旅行の良い思い出まで帳消しになる。 私一人で始末を付けたかったが。 こうなっては詮方なし。 三人共、付いておいで。 リネはここで子供達と一緒に本隊を待ち、合流するとよい」

「いえ、私も御一緒させて下さい」

「「なんだって?!」」

 サダと俺が同時に声を上げた。 リネの体が僅かにビクッと緊張する。 すぐ前言を翻すかと思えば全然そんな事はなく。

「神獣は私と子供達を危険から守ってはくれますが、私達に害を加えようとしていない人の事は無視するか、気にしません。 でも私達を狙う人がいるとしたら、私達に危害を加えたいのではなく、利用したいのですよね。 だから世話をしてくれるし、大切にもしてくれるでしょう。

 神獣はそういう人達からも守ってくれるでしょうか? 守ってくれるかもしれませんが、放っておくような気がするんです。 それは人の都合だから。 人の都合は、人によって変わります。 夫婦でさえ夫と妻の都合が同じではない事があるものですし。

 誰の都合で動くのが正しいのか、私では分かりません。 あれをして、これをして、とお世話になっている人にお願いされたら言われるままになってしまうと思います。 どうか私と子供達がどうすべきか、自分で判断出来るようになるまで御指導下さい」


 サダはともかく、常識があると信じていた妹の口から零れるこの非常識。 夫に毒されたか? と思わず怒鳴りそうになったが、妹だろうと今では俺より身分が上だ。 ぐっと堪えて諭す。

「リネ、そもそも人に頼るな。 そういう時は自分で考えて判断しろ。 今は子の安全だけを考えるんだ」

 するとサダがそっとリネの肩を抱き寄せる。

「そんな心配、しなくても大丈夫だよ。 リネはしっかりしているから。 今まで子供達を守り育ててくれたし、これからもきっとそう。 それにエイオがいる。 エイオってさ、干し芋にしか関心がないように見えるけど、実はちゃんと世間の事を見ているし、どういう人が何をしそうか、知っているような気がするんだ。

 例えば、ほら、サナをカネットさんちの家の前に放り投げただろ。 あの近所、平民でも結構お金持ちの家が集まっていてカネットさんちが一番大きな家、て訳じゃなかった。 他にも六頭殺しファンが沢山いるらしいのに、人がいい、独り住まいの奥さんの家を選んでくれたじゃないか。

 それにカネットさん、きっと俺の事、引き留めたかったと思うんだ。 でも先を急いでいる、て言ったから、近所の誰にも余計な事は言わないでいてくれたし。 お弁当、食べ切れない位持たせてくれて。 皇都に辿り着くまでカネットさんの人脈に助けられた。 エイオがどこまで知っててやった事なのかは分からないけどさ」

 リネは三歩下がってどころか、十歩も二十歩も下がって夫の言う事に従うような妻だ。 腹の中では何と思っていようと。 これで素直に引き下がる、と思ったら。

「神獣が頼りになるからこそ、御一緒した方がよいと思うのです。 エイオだけじゃなく。 軍葬の時、聖下を襲った刺客を撃退したのはケルパなんですよ」

「えっ?!」

 何も知らされていなかったサダは驚いていたが、どうやら猊下は御存知だったようで驚いていらっしゃらない。

「それに以前、先代陛下をお見送りした時も。 桟橋でケルパが踏ん張ったのは、あの豪華客船が沈没すると分かっていたからですよね。 ずっと前、我が家を覗いていた人がいた時だって旦那様より先に気付いたでしょう? きっと頼りになります。 みんなで力を合わせた方がうまくいくと思うし、足手纏いにはなりません。 それはここまで一緒に旅をして、お分かり戴けたのではありませんか?」

 はっきり言って、ぐうの音も出ない。 なぜなら旅の時、一番沢山荷物を担いだのは俺の従者のゼンだが、その次に担いだのはリネなのだ。

 万が一襲われた時、俺とサダが寝袋などの荷物を担いでいたら素早い動きが出来ない。 だが聖下には一人分の荷物を持つ体力しかなく、猊下は聖下より体力がなかったため、猊下にはサナを抱く係になってもらい、リネが二人分の荷物を背に担いだ。 エイオを追い駆けた時は荷物に加え、胸側に子供を抱ける抱っこ紐を使ってサリを運んでいた。 その状態で手ぶらの猊下より早く走ったんだから。


 サダは元々悪知恵が働く奴だ。 偶に賢い事を言ったって驚かない。 だが雲の上の御方の前では発言どころか顔を上げる事さえ恐る恐るだったリネが、猊下と聖下の御前でこれほど強気な発言するとは。

 猊下はリネの出過ぎた態度を嗜めようとはなさらず、微笑んでおっしゃる。

「冷静沈着な観察に裏打ちされた強き心映え。 美しきかな。 さすがは皇国最強と謳われる女剣士。 頼もしき事、この上なし。 爺もそう思われませんか?」

 聖下は諦めたかのように、そっとため息をおつきになる。

「皆、付いておいで。 レイ・ヘルセスが帰り次第、彼の馬車に同乗し、登城する。 城内のどこで止まるべきかは私が御者へ指示を出す」

 神域は皇王城の奥深くにある。 神域自体、相当な広さだ。 以前神域に泊まった時は入り口から宿舎まで馬車で行ったが、それでもかなりの距離があった。

「聖下。 登城はともかく、外来の馬車では神域への乗り入れが許されておりません。 入り口で神域の馬車への乗り換えを拒否されたら如何なさいます? 入り口近くの神殿へ向かうのだとしても徒歩では大人の足でもかなりかかるでしょう。 向かう場所によっては食料や最悪野宿の準備さえ必要です。 レイは明日帰るとの事。 すぐの出発は無理ではありませんか?」

「案ずるな。 食料や野宿の準備など要らぬ。 寝袋や旅で使用した物は全て置いて行く。 私の目論見通りに事が進めば陽が落ちる前に決着するであろう。 進まぬ場合、一年や二年で帰る事は不可能。 二度と北の地を踏む事叶わず、となるやもしれぬ。 それでも構わぬ覚悟がある者だけ付いて来るように」

 これが単なる脅しのはずはない。 なのにサダときたら。

「どこに住む事になっても、こういう家族旅行、またやりたいなあ」

 懲りない奴。 ここまで徹底していれば、もう才能、いや、異能と言ってもいい。 しかもこいつがやりたいと言った事は、なぜか実現する。 それがこいつの怖いところだ。

 だが今は目先の事以外、何も考えない事にした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 〉「どこに住む事になっても、こういう家族旅行、またやりたいなあ」 実は度胸満点のサダとリネ。 (小声)実は小心も…慎重な師範と奥さん。 両方とも似た者夫婦!
[一言] いつもサダの事を仰反るとか言っても、いざとなったらこの強気! サダの奥さんでタケオの妹が弱気なはずがない こんな凛として芯が強い母親や思いやりに溢れた周りの人達に囲まれて育った将来の国母 …
[一言] ぜんいんでのりこめー! こりゃもう誰にも止められんな 陛下くらいか
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