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副将軍記  作者: 淳A
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引き継ぎ  北軍副将軍ジンヤの話

 ポクソン補佐の軍葬後、タケオ施主が私との面談を希望しているという事で、アーリー補佐が私の都合を聞いてきた。

「いつでも会える私とより、遠路遥々参列しに来てくれた弔問客と会うべきでは?」

「弔問客とは個別、合同、目的の如何に関わらず、全て断るように、と伝えられております」


 施主は式の最後に参列者全員へ謝辞を述べる。 モンドー将軍が無事お帰り下さったし、ヴィジャヤン大隊長もいるから、蔑ろにされたと思う弔問客はいないだろうが。 弔問客の中には上級貴族だけでなく他軍の上級将校もいるはず。 このような機会に言葉を交わしておけば、先々の交流も円滑になる。

「もし私と会わないならタケオ施主は何をする予定なのだ? スティバル聖下かテーリオ猊下から断れぬお召しがあったとか?」

「式後に関しては何の予定も入っておりません。 これは単なる私の推測ですが、道場で稽古なさるのではないでしょうか」

 それが無駄とは勿論言わない。 彼の剣の鋭さに少しの衰えも見えないのは日頃の鍛錬の賜物であろう。 だが副将軍は剣技だけでは。

 いや、務まるか。 どの副将軍も夫れ夫れに個性的ではあったが、次期副将軍は過去の副将軍の誰よりも掛け離れた唯一無二の存在となろう。 その業績も。

 今まで将軍、副将軍は五十をとうに過ぎてから任じられていたため、年はそう離れていなかった。 だが、タケオ施主と私は三十歳以上離れている。 三十年後の北軍を垣間見る機会を与えられた副将軍は私だけ。 と思えば、この僥倖、無駄にすべきではない。

「会おう。 場所は私の執務室で。 時間はタケオ施主の都合に合わせる」


 式後の疲れも見せず、タケオ施主は率直に聞いてきた。

「副将軍としての任務ですが、正直なところ何をすればよいのか全く分かりません。 何から手を付ければよいのでしょう?」

「私が何をしていたかはこれから教えるが、私と同じ事をせねばならないという事ではない。 しきたりや副将軍が将軍代理を務める事は勿論あるが、いずれもアーリー補佐が詳細を承知している。 その時になれば教えてくれるだろう。 私にしたところで前任者、つまりモンドー将軍が副将軍時代になさっていた仕事をした事はない」

「モンドー副将軍が何をなさったのか、伺っても構いませんか?」

「主に上級将校の実家の境界争いの調停だ」

「それが副将軍の仕事?」

「その当時はな。 其方が入隊して以来、上級将校同士での境界争いはなかったから想像出来ないだろうが。 何しろ一つや二つではない。 モンドー副将軍が全てを調停し終えるまで、大隊長や中隊長が入り乱れての喧嘩と嫌がらせの毎日。 合同練習をすれば原因不明の事故による死傷者が何人も出ていた。 第一駐屯地内でさえ護衛なしで歩き回るのは危なかったほど。 将軍、副将軍の目が行き届かない第二以下ではもっと酷かった。

 将軍が招集した会議の時でも毒殺を恐れて誰も茶に手を出さん。 自分の茶を入れたのは誰なのか、茶に給仕人の名前が明記されている訳でもないのでな。 かと言って自分用の水筒を持ち込むなど論外。 将軍の下で働く給仕人が刺客だとでも言う気か、と詰られる。 だから喉が渇かないよう誰も発言しないという有様」

「そうでしたか。 そのような内輪揉めの時代に副将軍にならずに済んだのは不幸中の幸いでした」

 タケオ施主は意に沿わず引き受けさせられた副将軍である事を私に念押しするかのように、不幸中の幸いと言ったが。 もし彼がその当時大隊長であったら、モンドー副将軍の調停など生ぬるい、と敵対する大隊長を片っ端から片付け、さっと次の副将軍の座を手に入れていたのではないか。 彼の実家は平民だから領地争いの当事者にはならないが、当時は剣の力が今より遥かに物を言う戦国時代だった。 誰もが彼を味方に付けようとし、最終的には誰もが彼に従う事になったような気がする。


 タケオ施主は私の昔話に大した興味はないようで、先を促した。

「ではジンヤ副将軍のお仕事について伺わせて下さい」

「簡単に言ってしまえば、ヴィジャヤン大隊長が其方にしてあげている事と非常に似ている」

「つまり、何か問題を起こすのが仕事?」

「いや、そこではない。 彼の場合、それも盛大にやっている事は認めるが。 他にもしているだろう?」

「……客寄せ?」

「まあ、それも、しているな。 今回の弔問客を数えるまでもなく。 しかし其方の軍務上、彼に助けられている事があるだろうが」

「軍務上? となると飛竜に乗れる事、第十一大隊の指揮、大峡谷の領主としての仕事、弓や水泳でもない訳ですね。 ヒャラも消せるとして。 その他では、あいつとの姻戚関係がある事で世間受けと言うか、私の有り難味が増した事くらいしか思いつきませんが。 それに助けられている事は認めますが、どう副将軍の仕事と繋がるのか」

「改めて考えてみれば、ヴィジャヤン大隊長ほど縦横無尽に多才な人はおらんな。 彼の行動の一部だけを取り上げて例とするには無理があったか。

 それはさておき、私がやっていたのは北軍内での士気と動向の調査だ。 それを知るにはその背景も知らねばならない。 誰と誰が親戚とかの世間に公表されている関係だけでなく、地縁、借金、恩の貸し借り。 恨み、嫉妬、尊敬、軽蔑、敵対などの感情も含む。 情報は多岐に渡るから全てを一々将軍に報告してはいないが、重要任務や昇進を考慮なさる際、将軍は必ず私に意見をお聞きになる。 その時私が知っている事を話していた」

「あいつがそんな調査をしていたとは全然知りませんでした」

「おそらくヴィジャヤン大隊長自身もしたとは思っていまい。 しかしなぜか彼は広汎な情報網の持ち主である私でも知り得ないような事を知っている。 例えば士気と一口に言っても階級や勤務地によって違う。 どこの誰の何がどう違うのか、彼はその理由まで正確に把握しており、それを惜しげもなく其方に与えている。 無料でな」

 タケオ施主は訝しげな顔だ。

「そのような情報を教えてもらった覚えはないのですが。 副将軍は御存知なのですか?」

「細かい事は端折る。 要約すれば、ポクソン補佐の人材配置、褒賞、任務配分に部下からの不満が出なかったのはヴィジャヤン大隊長のおかげだ。 ポクソン補佐としてはなぜそうしたのか、其方にも理由を知っておいてもらいたかっただろうが。 其方はあまりに忙し過ぎた。 それにポクソン補佐は其方がいずれ副将軍、そして将軍に昇進すると思っていたのかもしれん。 ならば中隊長以下の貸し借りのいざこざなどは瑣末事。 将軍が知っておらねば困る事ではない。

 対外的な例を上げるなら、其方は剣士としては有名だったが、宮廷内で其方の事を困難な任務を卒なくこなす軍人と評価していた者はいなかった。 北軍内でもいなかったくらいだからな。 その評価が変わる切っ掛けとなったのは、フェラレーゼの王女様のお出迎えだ。 あの時其方は大量の情報を同時に伝えられていたし、当時小隊長だったヴィジャヤン大隊長が齎した情報は目立たないものが多かったから、その重要性に気が付かなくとも無理はないが。

 例えば、猫を毒味役として連れて行ったな? 普通なら毒味役として使われるのはイカムなのに。 これは彼が、フェラレーゼではイカムはゴミ溜めに巣食う、大変汚く様々な病気を齎す動物と思われているので、毒味役として清潔な環境で飼育されたイカムですと説明したところで、イカムが毒味した料理を王女様が召し上がるとは思えません、と言ったからだ。

 皇都へ到着後、王女様がお出迎え隊を指して、強いだけの者達ではないとおっしゃったとか。 細やかな気遣いの例として、毒味役の猫の事を上げられたと聞いている。 それによって宮廷内での其方の株が格段に上がった。

 其方も覚えている例を上げるなら、ヴィジャヤン大隊長が、自分はブロッシュから嫌われている、と其方に話した事があっただろう?」

「はい。 それが何か?」

「それを聞いて事実と思った?」

「ええ。 あいつは嘘が吐けない男ですし」

「彼でさえ嫌われているなら自分も嫌われている、と思ったのでは?」

「しかし私は元から誰からも嫌われていると思っていたので。 それは今更と申しますか」

「だが、そう彼に言ったら、そんな事はありません、と言われたのだろう? そして、トーマ大隊長は師範を深く信頼しています、誰それさんは尊敬しているし、誰それさんは憧れているし、と実名入りで教えられた」

「それをなぜ御存知で?」

「ヴィジャヤン大隊長のおかげで誰彼構わず尖っていたタケオ大隊長の肩肘が大分丸くなりました、とポクソン補佐が言っていた」

 ポクソン補佐は副将軍の諜報員でもあったのですか、と聞き返されるかと思ったが、タケオ施主はただ黙った。 聞き返されなくともポクソン補佐の名誉の為に、違うと一言言っておくべきか。 とは思ったが、止めておいた。 他人から余計な事を言われない方が人は正解に早く辿り着く。


「いずれにしても私に北軍内での士気と動向の調査は無理な訳で。 まさかモンドー将軍はあいつにその仕事をさせるおつもりなのでしょうか? とても務まるとは」

「今だとて彼は軍内のあれこれを誤りなく将軍に伝えている。 昼飯のついでに。 それだけで充分だ。 調査をしたとか仕事をしたつもりなど全くなくとも。 宮廷内の動きはマッギニスが伝えている。 その他に今では上級貴族からの善意の御注進もあるしな」

「では私は百剣の指導だけをしていればよい?」

「私が見る限り、其方は既に普通の兵士の百倍以上の幸運を手にしている。 それ以上を手にしては世間に申し訳ないとは思わんのか」

「思いません。 ですが、それ以上を願ったところで叶わないのでしょう?」

「それは其方のせいでも私のせいでもない。 ヴィジャヤン大隊長はこれからも事件を次々と起こす。 彼自身に事件を起こすつもりなど欠片もなくとも。 それは明日陽が昇るより確かだ。 そしてそれを解決するため、そちこちへ飛び回る。 今まで以上に。

 皇王族筆頭に向かって、一人で勝手に飛んで行け、と言えるか? いくら軍内の階級では自分の部下だろうと。 そこで皇国史上最強の剣士の出番となる訳だ」

「最強と持ち上げられても」

「飛竜に同乗出来る者の数は限られる。 其方以外に一人で何人もの賊に立ち向かえる剣士はいない。 いたとして、その者に襲撃や事故の後始末をする権限も与えられるか。 与えるとしたらどこまで。 その権限で足りなかった場合は? それを考えたら其方が将軍となってからも最も重要な仕事の中身はそう変わるまい。 少なくとも私はそう見ている」

「将軍の最も重要な仕事が、要するに部下の護衛?」

「その言葉で思い出したが。 其方の父方祖父は北軍兵士であったな。 上官の命を救うため、若くして死んだ。 それがあったから其方は入隊前、俺なら絶対上官のために死ぬなんてバカな真似はしない、と家族に約束したのだとか。 副将軍まで昇進してしまえば、上官が一人もいない所まであと一歩。 無事、約束を果たせそうで何より」

「だからと言って、」

「いや、皆まで言うな。 其方が新兵時代、命を投げ出すなら上官が部下のためにするべきだろ、と言っていた事は私も聞いている。 実にあっぱれな心掛け。 大隊長になってもそれを忘れてはおらぬからポクソン補佐の死に際して真相を暴かずにはいられなかったのであろう。 たとえそれが自らの命を投げ出すような真似であろうと。

 残念ながら信義に厚い剣豪とて持って生まれた命はただ一つ。 どうせ投げ出すなら一度ならず其方を救った事がある部下のために使っては如何?

 なに、他にも仕事をしたいのならいくらでもすればよいのだ。 モンドー将軍退官後は其方の天下。 其方が昼寝を仕事にしたとしても叩き起こす奴などいるものか。 寝ている間にヴィジャヤン大隊長が何をしているかを考えたら熟睡という訳にはいかんだろうが。 トーマ大隊長など夜中の三時に叩き起こされたと言っていたからな。 ヴィジャヤン大隊長が軍牢に放り込まれた時は。 彼は新兵の時から中々気合の入った上官の起こし方を知っていた。 若くして準大公に叙されるだけの事はある。 彼なら昼寝中の副将軍を叩き起こすなど朝飯前かもしれん。

 とは言え、冬の間は飛竜に乗れんし、北の冬は長い。 護衛の合間に百剣の指導、重要な仕事もしてくれるのなら一石三鳥。 陛下の覚えも目出度かろう。 北軍としては実に有り難い。 私個人としてもほっと胸を撫で下ろしている。 あの世の事まで思い煩う気はないが、私の引き継ぎが不充分なせいで新副将軍がその本領を発揮出来なかったとなれば、ポクソン補佐を始めとする北軍兵の面々に出会った途端、顔を背けられてしまう。 ヴィジャヤン大隊長なら知らん顔はしないだろうが。 あれは中々物忘れが激しい男だからな。 彼があの世へ行くのは何十年も先の話。 それまでには私の顔なぞきれいさっぱり忘れておろう」


 タケオ施主は新兵時代、瞳の怒気を隠そうともしない男だった。 久しぶりにあの怒気の炎を見たような。 私の気のせいか? 炎は一瞬の内に跡形もなく消え、タケオ施主はいつもの無表情で私に敬礼し、告げる。

「ジンヤ副将軍、本日は貴重なお時間を割いて戴き、誠にありがとうございます」

「タケオ施主、本日は大変御苦労。 北軍軍史に特筆すべき見事な軍葬であった。 タケオ副将軍の今後の健闘を切に祈る」

 これから何十年もヴィジャヤン大隊長の尻拭いをさせられる事に腹が立ったか。 私の言葉に感謝する気にはなれなかったようで、若き副将軍は無言で退室した。 煮えくりかえる憤懣は道場で晴らすのであろう。 過去、彼がいつもそうしてきたように。

 道理で百剣が強くなるはずだ。 それは瑞兆、青竜の騎士の安全を守り、国内外における北軍の地位を向上させ、人を北へ北へと呼び寄せる。 国や軍に金を使わせず。 一石二鳥、いや、一石五鳥とはこの事か。


 翌日、私は副将軍引き継ぎの一切を終えたとモンドー将軍に報告した。


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[一言] 続編ありがとうございます! 番外編としてでなく、続編として読めること、とても嬉しく思います。 納得したくないけどせざるを得ない猛虎がどれだけ内心荒れ狂っていることか。道場で過去最大級の犠牲…
[良い点] すべて若が悪い!www 1話目から第三者視点なのも、北の猛虎が若のお守役兼尻ぬぐい役兼副将軍なのも! [気になる点] 本当のタイトルはきっと 「副将軍記〜若に翻弄される北の猛虎苦労集〜」 …
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