004. 完璧な従者
「フェリクス。おれ、騎士になりたいです」
「寝言は寝て言え」
王宮で稽古を見学して以来、アルの頭は騎士たちの勇姿でいっぱいだった。
絶対的な力を持つフェリクスを前にしても億さずに立ち向かう彼ら。
その中でもジェラルドからは目が離せなかった。
素直にかっこいいと思った。
彼の謙虚な姿勢にも憧れた。
あれから一週間経った今、自分が求める強さはあそこにあるという結論に至った。
「お前さ、騎士って何の為にいるか分かってんの?」
「国を守るためでしょう?」
「それもあるが、一番は魔王に対抗する為だ」
フェリクスの眼光が鋭くなり、反射的に口を閉じる。
「魔王の一族はお前を除いて全員斬ったが、復活する可能性がないわけじゃない。今でも騎士団は対魔王用の訓練をやってる。お前、いざって時に父親や兄貴を殺せるのか?」
殺せると即答できたらどんなに良かっただろう。
あれだけの仕打ちをされたのにまだ情が捨てきれていない自分に心底呆れる。
ふと優しく笑う幼い兄の顔が頭に浮かぶ。
三番目の兄、テルフォードだ。
あの日も頭からワインをかけられたりしたが、昔は本当に仲が良くて、心から慕っていた。
いつか、あの頃のテルフォードにまた会えるかもしれない。
そんな期待を未だに捨てきれずにいる。
「俺の息子は心優しいから、難しいだろう?」
フェリクスの声音には意外にもからかいの色はなくて、むしろこちらを心配しているようだった。
「フェリクスのくせに…いてっ」
照れくさくてそっぽを向くと、まあまあな威力のデコピンをされた。
「お前はまだ七歳なんだろ?もし五年後も諦められなかったらこの俺が直々に稽古つけて大陸で二番目に強い騎士に育ててやる」
「どうせなら一番がいい」
「悪いが、大陸最強はこれまでもこれからもこのフェリクス・カディオの代名詞だ。いくら可愛い息子でもそれだけは」
「こんにちは、マルクスさん。先日はお世話になりました」
静かにフェリクスの背後に現れたマルクスに挨拶をする。
流暢に話していたのが嘘のようにフェリクスが固まった。
「こんにちは、アルくん。勝手にお邪魔してしまい、申し訳ございません。見学は楽しめましたか?」
「はい。お陰様でとても貴重な体験が出来ました。ジェラルド様を初めとして、騎士の皆様の勇姿がとてもかっこよかったです。本当にありがとうございました」
「そう言って頂けると嬉しいです。あれから騎士団の中でもよくジークハルト様とアル様の話が上がるのですよ。お二人があまりにもお可愛らしくて騎士たちも癒されたのでまたお呼びしたいと」
「え、本当ですか?では機会があればまた兄上とお邪魔させて頂きます。いいですよね?フェリクス」
「そ、そうだな。また尊敬できる父の背中を見せようじゃないか」
「じゃあそれが実現できるように真面目に仕事をこなすことだな」
マルクスの黒いオーラにフェリクスが身を竦める。
「アル…」
助けてくれという声が聞こえた気がするが、あくまで気なので気にしない。
「お仕事頑張ってください」
そうして今日もマルクスに首根っこを掴まれて引き摺られていくフェリクスを笑顔で見送った。
学園の夏休みが終わった途端、ジークハルトが家にいる時間は極端に減った。
朝食はアルが早起きして一緒に食べているが、帰って来る時間は不定期でゆっくり話をすることは出来ていない。
それを察してかフェリクスが隙あらば家に帰ってくるのだが、毎度マルクスが速攻で迎えに来るので気の紛らわせ程度にしかならない。
図書館の本も興味があるものは殆ど読み尽くしてしまった。
「アル様、こちらの本なんて如何でしょう?」
そう言って本棚の向こうから現れたのは背の高い青年だ。
柔らかそうな金色に近い茶髪に珍しい藍色の瞳。
鼻筋の通った整った顔は色気が感じられる。
一昨日からアルに付けられた専属侍従のランスだ。
代々カディオ家に仕えている家系の次男で、顔見知りだった初老の執事ダストリーの孫として紹介されたが。
「どうかされました?」
四六時中完璧な笑顔を保ち続けるランスに、アルは若干の恐怖を覚えていた。
まるで感情などない人形を相手にしているようで、とにかく居心地が悪い。
「いえ、あ、この本すごく面白そうですね」
取り繕うようにランスが持ってきた本を手に取る。
それは「ゆうしゃのぼうけん」というタイトルの絵本だった。
アルはそれを見て小さく溜め息をつく。
もうこの際、幼児向けの絵本であることには触れないとして。
このランスという男は毎度勇者ないし魔王関連の本を勧めてくる。
それはもう、狙っているのかと疑いたくなるほどに。
現状、アルの出自はフェリクスだけが知っている。
カディオ夫妻やジークハルトにすら話していない。
フェリクスの命令なので逆らう訳にはいかないのだが、日に日に罪悪感は募っていく。
そこで最近は極力自分の過去を思い出さないようにしていたのに。
憂鬱な気分になりながら絵本を開く。
案の定、絵本はあっという間に読み終わってしまった。
しかし、ここでそれに気づかれると、次の児童向け英雄譚が出てくるので、無心に絵を眺めて時間を潰す。
ふと視線を感じて顔を上げると、藍色の瞳と目が合った。
「如何されましたか?」
「あ、えっと、ランスは勇者が好きなんですか?」
誤魔化すように尋ねると、ランスの瞳が光った…ように見えた。
「はい、私は幼少の頃よりフェリクス・カディオ様を敬愛しておりますので」
「世界最強の剣士だからですか?」
「いえ、王国の侯爵家次男という立場で隣国の王家に喧嘩を売ったり、三年もの間家出してみたり、高位貴族の令嬢方を四股かけてみたりなど、まるで物語から出てきた主人公のようで」
饒舌に話すランスの瞳はキラキラと輝き、まさに夢見る少年のようであった。
騎士達の稽古を見ている時の兄上もこんな瞳をしていたな、と思い出す。
それにしても、このランスはかなりの変わり者のようだ。
どんなに力説されてもそれのどこに憧れの要素があるのか全く分からない。
そのうちフェリクスの武勇伝語りが始まり、不本意ながら彼について少し詳しくなったしまうのであった。