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勇者の子  作者: 伊都香//
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003. 王宮騎士ジェラルド

「僕、叔父上の甥に生まれて本当に良かったよ」


「王宮騎士の稽古ってそんなに珍しいんですか?」


「あぁ。しかも勇者による稽古なんて…」


ジークハルトの熱量に、アルは曖昧な笑みを浮かべた。







事の発端は、久々に三人が揃った朝食の席だった。


「今日の午後、王宮騎士の奴らに稽古つけることになってるんだが、お前らも見学に来るか?」


フェリクスが徐ろに切り出した提案にジークハルトが飛びつき、流れでアルもついていくことになったのだが。







王宮に着くと、出迎えた侍女に大きな広間に通された。


「王宮騎士ってことは、ジェラルド様もいらっしゃるのかな?」


落ち着かない様子でジークハルトが口を開いた。


「ジェラルド様?」


「王宮第一騎士団の騎士だよ。噂によると、叔父上に匹敵するほどの実力をもつらしい」


「それはすごいですね。でも、そんなに優秀な騎士が団長とかではなくて一介の騎士なのは勿体ない気がします」


「ジェラルド様は昇進の話が来ても毎回断るらしいんだ。理由は分からないけど」


騎士の話をするジークハルトの瞳はきらきらと輝いている。


「兄上は騎士について詳しいんですね」


「それはほら、騎士ってかっこいいじゃないか」


「では、兄上は将来騎士になりたいんですか?」


「それはちょっと違うかな。僕は父上の跡を継ぎたいし。…アルこそ、将来何になりたいの?」


ジークハルトが真っ直ぐな瞳をアルに向ける。


「おれは、……………まだ分かりません」


「そっか。じゃあ、夢をみつけたら教えてね。全力で応援するから」


「はい。ありがとうございます」


ジークハルトに純粋な笑顔を向けられ、アルは自然と顔が綻んだ。


まさか、ここまで誰かに心を開くことができるなんて。


ここ数日の変わりようにはアル自身も驚いていた。

でも悪くない変化だな、とも思う。


アルは兄に向けて心からの笑みを浮かべた。








迎えに来た騎士によって案内された稽古場には百名ほどの騎士が正方形の隊形で並んでいた。


どの騎士を見ても、相当の実力を感じさせるオーラがあった。

おそらく、有能な者が集まる王宮騎士の中でもさらに選りすぐりのメンバーが選ばれたのだろう。


アルたちは左手の前方にあるベンチに座る。


暫くすると、ガタイのいい騎士が前に出てきた。


アルはその騎士に見覚えがあった。


数日前、王宮から脱走したフェリクスを捕まえにきた騎士マルクスだ。


「これより稽古を始める。予告していた通り、本日は勇者フェリクス・カディオ殿による指導だ。心して挑むように。…では、ここからはカディオ殿に引き渡す。健闘を祈る」


マルクスが下がると同時に、控えていたフェリクスが前に出てきた。


「紹介に与ったフェリクス・カディオだ。最近は書類仕事ばかりで体が訛っててな、まぁいい気分転換になるだろうという気持ちで来た。諸君、己を王宮騎士と名乗るなら、それなりの矜恃を持って挑んでくれよ」


そう言って不敵に笑った瞬間、フェリクスの纏う空気が変わった。


強者特有の圧倒的なオーラが放たれる。


「そんじゃ、手始めに全員でかかってこい」


フェリクスの一言を皮切りに戦闘が始まった。


大人と幼児の遊びを見ているようだった。


厳密に言うなら、大人が子どもに付き合って遊んでいるようだった。


一対一では太刀打ちできないと踏んで数人がかりで挑んだ騎士たちも呆気なく一蹴される。


騎士たちは一瞬で片付けられてしまった。


そんな中、唯一フェリクスの前に立ち続ける男がいた。


茶髪に金色の瞳を持つ男は、フェリクスと同等の圧倒的なオーラを纏っていた。


もしや、と思いジークハルトを見る。

視線の意図を察したジークハルトは無言で頷いた。


やはり彼が例のジェラルド様らしい。


ジェラルドが攻撃の体制をとっているにも関わらずフェリクスは構えようとしない。


舌打ちをしてジェラルドが切り込む。


ジェラルドの木刀をフェリクスが受け止める。


一瞬力の押し合いが成されたと思うと、直ぐに離れ、ジェラルドが再び攻める。


その時、フェリクスの木刀が宙に舞った。


ジェラルドが素早く弾いたのだ。


隙を見てフェリクスの鳩尾を狙ったジェラルドだったが、それが届くことはなかった。


木刀の攻撃を躱しつつ、フェリクスの足は的確にジェラルドの脇腹をえぐった。


崩れた体勢から完璧な着地を決めたフェリクスは嬉々とした顔でアルたちの方を振り返った。


「アルー!ジークー!」


精一杯手を振ってアピールするフェリクスからは先程までのオーラが欠片も感じられなかった。


「ジェラルド様ってすごい方なんですね」


アルが零した言葉にジークハルトが反応する。


「そうだね、僕もこんなに近くで見たのは初めてだったから思わず鳥肌が立ってしまったよ」


「あとでサインとか貰えるでしょうか?」


「どうだろう。叔父上とは犬猿の仲らしいから、もしかしたら塩対応されるかも」


「黙っていたらいいのでは?あ、でも兄上は顔でバレてしまうかもしれませんね」


「それなら、アルが僕の分まで貰ってきて」


「分かりました。頑張ります」


「おいお前ら、無視すんなよ」


いつの間にか目の前にフェリクスが立っていた。

その表情は僅かにむくれているように見える。


「叔父上、とてもかっこよかったです」


フォローするようにジークハルトが言うと、フェリクスの眉が少し上がった。


「当然だろ」


フェリクスから視線で催促され、アルも口を開く。


「フェリクスが実力者であることを改めて実感させられました」


「なんだよそれ。全然褒められてる気しねーんだけど。あといい加減父上って呼べよ」


「遠慮して」


フェリクスの後ろに現れたジェラルドの姿にアルの言葉が止まる。


間近で見るジェラルドは洗練された空気を持っていた。


凛とした佇まいには威厳が感じられ、目を離すことが出来なかった。


「なんだ」


見知らぬ子どもに一心に見つめられ、不快そうなジェラルドが尋ねる。


「あの、ジェラルド様が闘ってる姿すごくかっこよかったです」


「俺は無様に負けたんだが」


「それでも、かっこよかったです」


アルが真っ直ぐに伝えると、ジェラルドは居心地が悪そうに視線を逸らした。


「それは、ありがとう」


とても小さな声で告げられた言葉に、アルは小さく笑った。






「お前、俺の可愛い息子を誑かしてどうするつもりだよ」


そう言ってジェラルドの胸ぐらに掴みかかるフェリクスを宥めるのには暫くかかってしまった。

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