001. カディオ侯爵家
「初めまして。私はフェリクスの兄で、このカディオ侯爵家の当主を務めているイザーク・カディオだ。これからよろしく」
「妻のローザと申します。あなたに会えて嬉しいわ。よろしくね」
にこにこと自己紹介をする侯爵夫妻を前に、少年は固まる。
「ほら、お前も挨拶しろよ」
隣に座る男もといフェリクス・カディオに背中を強く叩かれた。
「お、お初にお目にかかります。アル、と申します。今日からお世話になります」
アルというのはフェリクスがつけた名だ。
新しい名前を名乗るのが気恥ずかしくて、名前の部分だけ声が小さくなってしまった。
「なんだよ。馬車の中で練習した時はもっと堂々とできてたじゃねーか。緊張してんのか?可愛いやつだな」
「う、うるさい」
「何を言う。高等部時代に隣国の重鎮に対して砕けた態度を取り、不敬罪で訴えられかけた何処ぞの侯爵家次男よりは余程将来有望じゃないか」
「そういやあったな、そんなこと」
イザークの言葉に、フェリクスが愉快そうに笑う。
その時、部屋にノックの音が響いた。
イザークの了承を得て、扉の向こうから現れたのは十歳ほどの美しい少年だった。
ふわふわとした金髪に知性を感じさせる青い瞳。
神によって特別に作られたような完璧な顔立ちには何処か既視感を覚えた。
思わず隣のフェリクスを見上げる。
瞳の色こそ絶妙に違うものの、その他は殆ど同じだった。
「ん?俺の顔に見惚れてんのか?」
見当違いなことを言うフェリクスに呆れていると、イザークが苦笑を浮かべた。
「よく似ているだろう。だが、この子は私の子なんだ」
「初めまして。僕はカディオ侯爵家が嫡男ジークハルト・カディオ。兄としては未熟な部分があるかもしれないけれど、遠慮せずに頼ってくれると嬉しい」
頬を上気させながら言うジークハルトに、アルは咄嗟の反応ができなかった。
兄というのはアルにとって天敵といえる存在だ。
困惑している様子のアルを見かねて、ローザがアルに優しく笑いかけた。
「ジークは一人っ子だから、ずっと兄弟を欲しがっていたの。だから、従兄弟とはいえ弟分ができると聞いて、通達が来てから今日までアルくんを待ちわびていたのよ」
「やめてよ母上」
恥ずかしいから、と言うジークハルトをアルは見つめることしかできなかった。
助けを求めてフェリクスを見ると、大きな手が頭に置かれた。
「存分に甘えていいらしいぞ。良かったな」
新しい兄という存在と、フェリクスの手の温かさ。
アルの困惑は深まるばかりだった。