000. プロローグ
魔王の七番目の子は魔力を扱うことができなかった。
単に魔力に干渉できないだけなのか、何らかの制限によるものなのか。
外見は魔王とうり二つであるのに、それ以外は何ひとつ受け継がれていなかった。
弱肉強食の魔界で、弱い者に居場所なんてなかった。
目が合えば兄たちのストレス発散に付き合わされた。
「う…」
「無能なお前でもこの兄の役に立てるんだ、喜べよ」
「ほんと、あの偉大な父様からよくこんなのが生まれたよね」
「それか俺たちのせいで出涸らしになっちまったとか?」
「ははは、ありえる」
「………っ…」
全身を炎で焼かれ、堪らず地面で身体を捩る。
「可哀想なやつ。魔力使えないだけで兄様たちからこんなに酷い仕打ちを受けるなんて」
「何を言う。父様に見向きもされない哀れな弟に構ってやるなんて、それこそ理想の兄だろう。…なぁ」
兄の口角が上がったのを見て、無意識に身体が震えた。
やめてくれ、という言葉が口から出るより先に、目の前に無数の火柱が上がる。
この少しの間で再生していた身体が再び悲鳴をあげた。
―――どうして、魔王の子なんかに生まれてしまったんだろう。
晩餐の時間。
魔王を上座に、兄弟七人で長いテーブルを囲う。
六人の兄たちの賑やかな会話の中に入れるわけもなく、一刻も早く苦痛の時間が終わるのを待っていた。
魔王はそんな末子を見て見ぬふりをしている。
今日はやけに三男の機嫌が良くて、頭からワインをかけられた。
背中を伝い落ちるワインの冷たさを感じながら長い前髪から滴る雫を眺める。
アルコールの匂いが鼻につき、思わず顔を顰めた。
「おい、父様の御前だぞ。少しは弁えて行動しろ。…お前は早く着替えてこい」
長男が三男を静かに窘める。
その後、視線で指示され、少年は不満気な様子の三男を横目に部屋を出た。
部屋の扉を閉めると、力が抜けて座り込んでしまった。
暗い部屋の中で意味もなく床の柄を眺める。
どれくらいそうしていただろうか。
扉をノックする音に身体が過剰に反応した。
慌てて着替えて扉を開けると、そこには金髪碧眼の美しい男がいた。
「…え」
「お前が魔王の最後の子か?」
圧倒的なオーラを放つ男が手にしている大剣を見て、少年はおおよそを察した。
―――おれ、こいつに殺されるのか。
漸く解放されるという喜びの感情。
その裏に微かにある死にたくないという思い。
それらに目を瞑って、目の前の男を静かに見据える。
少年に抵抗する意思がないのを見て、男が舌打ちをした。
「少しは抵抗しろよ。つまんねーやつ」
「つーか、お前ほんとに魔王の子か?その割には」
そこまで言うと、男は急に黙り込んで少年をまじまじと見つめた。
碧い瞳に全てを見透かされているような気がした。
値踏みするような視線に耐えかねていると、男が美しい笑みを浮かべた。
「お前、なかなか面白いやつじゃねーか」
「なに、言って」
「あ、そーだ。俺のところに来ねーか?」
「は?」
突然楽しそうに話し始めた男に困惑する。
―――おれは早く死にたいのに。
「母親はいないし、立派な父親になれる確証もないが、お前を強い男に育てる自信ならある」
その言葉は少年の心に力強く響いた。
自分は弱い。
そう自覚してこれまで生きてきた。
必死の抵抗も兄たちの魔力の前では無意味で、さらに惨めになるだけだった。
これからも同じだと思っていた。
―――おれでも、変わることができるのか…?
「お前の子になったら、本当に強くなれるのか?」
気がつけば、少年は真っ直ぐに男の目を見て尋ねていた。
「ああ。約束する」
そう言って笑った男の顔はこの世の何よりも頼もしく見えた。
「おれをあなたの子にしてください」
この日を境に、少年は魔王の子から勇者の子になった。