百足②
「システィが来るってさ」
通信鏡をこちらに手渡してマッコイが言った。
鏡の中には反射する景色ではなく、短髪の眼鏡の男が写っている。世界郵便通信担当、No.8 エコーマンだ。
反射する景色同士を繋ぐ魔法・・・要するに映像付きの無線機を再現することができる。
言うまでも無く、彼がいなければ世界郵便の仕事は回らない。
「うーっす、お疲れボンバイエ。マッコイにはいじめ
られてないか?」
「おい」
「どうにかね・・・。社長は、結局この仕事の目的は
なんだって?」
「いや・・・それが、本当に普通の郵便のつもりだっ
たんだと。逆に珍しいな」
ふむ、社長にとってもイレギュラーだったのか。
しかし今・・・
エコーマン、ちらっとマッコイを見なかったか?何だろう。マッコイを振り返るが、黙って目を瞑っている。
寝てる・・・のか?
「システィさん、走って行くから明日にはそっち
着くんじゃねーかって言ってたぜ」
俺たちが鉄道を使ったり馬車を使ったりして2日かかった道を、我が社のNo.2は走って1日で来るらしい。可憐な見た目に惑わされるなかれ、彼女もまた規格外だ。
「ありがたいね。システィさんが来てくれるのは」
「百足の呪いってのはそれぐらい厄介ってことだ な。下手に接触しようもんならお前らまで投獄さ れかねない。・・・脱獄は面倒なんだよ、ほん と。特に事後処理がな」
・・・経験者なのか?いや、今は聞かないでおこう。
「あの人が来てくれたら交渉事もある程度楽にな る。なんせ、顔が売れてるからな、あの人は。ト ラブルも裸足で逃げ出すくらいのもんだ。
・・・ま、せっかくだボンバイエ、システィさん が来るまではゆっくりしとけ。なっ」
「はは、ありがとうエコーマン」
「エコーマン」
すぐ後ろから声がする。いつの間にか俺の肩越しにマッコイが鏡を覗き込んでいた。起きてたのか。良かった良かった。
「差出人のことは聞いてないか?」
「ああ、うん、そのことな」
手元の資料らしき紙を見ながら、エコーマンが続ける。
「手紙にも書いてるだろうが、差出人はルルという名だ。名字を書いてない。名字が無い立場の人間の可能性を視野に入れるべきだな。アニーさん宅以外の住所の明記も無い。
・・・まぁ、怪しいな。だが、もちろん鑑定はしたんだろ?マッコイ」
「ああ。『孤独』『嘘』『愛情』読み取れる感情は そんな所・・・悪意無し、だ」
この「鑑定」はマッコイの魔法によるものだ。簡単に言うと、物に込められた感情が読めるらしい。精度は高く、彼女が悪意が無いと言うなら、少なくとも差出人はアニーさんのことを思ってこの手紙を出しているのだろう。「嘘」や「孤独」が気になる所だが。
後、俺が気になるのは・・・。
「なんでこの手紙はわざわざウチに?」
「さぁな、そればっかりは分からん。・・・ただ、
変わった投函のされ方してるぜ。鳥が運んで来た らしい」
「鳥?伝書鳩みたいにってこと?」
「ああ。社長が朝起きて窓の外見たら、この手紙を 咥えた小鳥が社長のことを見てたらしい」
「魔法の類かなぁ・・・」
「かもな」
エコーマンが頷くと同時ぐらいに、向こうの画面から『おぉーい!エコーマーン!!』と彼を呼ぶ声が聞こえてきた。
通信担当は今日も引っ張りだこのようだ。
苦笑いしながら彼が言った。
「大した情報にならなくてすまねぇな、まぁ、俺た ちはあくまで郵便屋さんだぜ、マッコイ、ボンバ イエ。くれぐれも無理するなよ!!」
じゃあな、と通信鏡が普通の鏡に戻る。
うーん、社長も百足の呪いのことは知らなかったみたいだし、システィさん待ちかな。これは。
「1日暇ができた訳だ。つまりは」
その言葉に振り返ると、マッコイがいそいそと革ジャンに袖を通していた。
「出かけるのか?」
「ああ。ボンバと2人でトランプしててもしょうが ないからな。ちょっと散策してくる。お前は少し 体を休めてた方が良いぞ。エコーマンも言ってた ろ」
「お気遣いどうも。そうしようかな」
晩飯頃に戻る、と告げてマッコイは出かけていった。
ふむ・・・。
さっき、仕事の目的について話してる時、エコーマンは確かにマッコイを見た・・・よな。
第六感が騒いでいる。
今回俺に隠し事をしているのはマッコイかもしれない。