百足①
「百足・・・?確かにそう言ったのか」
ボンバはミートパイを齧りながら頷く。
「たひかに」
百足の呪い・・・。耳にしたことはある。その呪いにかかった部位は、まるで肌から無数の節足動物が産まれているような、不気味な姿になる。無数の脚に覆われた患部は、見た者を戦慄させ、その恐怖はやがて、被害者の迫害へと形を変えていく。
その昔、醜い魔女がいた。嫉妬に狂った人間の悪意が、見るに耐えない形となった一例だ。
だが、その呪いそのもので命を落としたケースは聞いたことが無い。
考えられるのは・・・。
「ちなみに、彼女自身が百足の呪いにかかったわけ
じゃないらしいよ」
私の考えを察したのか、ボンバが捕捉する。
「迫害を受けての自殺、隔離、処刑・・・、そうい
った類いのことではなく・・・」
ボンバの眉間に皺が寄り、一度口が閉じる。言葉を選んでいる様子だが、どうやら、彼にとって腹立たしい事情があるようだ。
「彼女自身の具体的な病名は分からない。ただ、原因
は分かると。最近アニーさんが百足の呪いの被害者
と接触していたからだと言うんだ」
「・・・なるほど」
百足の呪いの恐ろしさだ。悪意の伝染。意識ある悪意が、「差別」という名の無意識の悪意を連鎖する。
本来は被害者であり、救われるべき人々が、その異様な見た目により逆に非人道的な扱いを受けることがある。これまでの人間の歴史で、それは幾度も繰り返されてきた。
「その被害者は今どこに?」
「捕らえられてどこかの地下牢にいるらしい」
「なるほど・・・。ただ、ボンバ・・・」
ボンバから漂う、強い憤りの気配の理由が分かった。
だが、感情的になるには、早すぎる。
彼は自身の生い立ちもあり、社会的不利な立場にある人間へ肩入れしがちになる節がある。
だが、私たちはどこまでいっても部外者だ。立場も、価値観も、何もかもが違う私たちの目線は、ただ一方向からの目線に過ぎず、絶対の正義なのではない。
ーカミサマは冷静だな。流石だよ、本当に。
ちくり、と頭の片隅をつつく声がする。たわいもない、記憶の残滓。そう、たわいもない・・・。
救いたかったもの、救えなかったもの、そんなものは、今のご時世珍しい話じゃない。
「大丈夫だよ、マッコイ」
余計なことを考えた。何と声をかけるべきか少し迷ってしまった。声の方を向くと、真っ直ぐこちらを見つめるボンバの瞳に、いつもの温かな光が灯っていた。
「立場は理解してる。暴走したりしないさ。さて、どうしたもんかな」
またカミサマ目線になってしまってたかな。
相棒はとうに気持ちの整理をしていたらしい。
「んー・・・まずは」
「うん」
「あのニヤケヤローを詰めようか」