メロンメロン③
「ここか」
届け先の民家にたどり着いた。
朝日に照らされた街並みは美しい。まだ朝早い時間だが、それぞれの場所で人の営みが始まっている。散歩している人、花に水をやる人、朝市で買った果物をつまみ食いしながら歩く人。
とても穏やかな、朝の風景。
レンガ調の街道はきちんと整備されていて、俺1人でも問題無く移動ができる。
良い町だと思う。
だが、なんだろう。着いた時から何となく感じていたことがある。
何か・・・雰囲気が悪い、というか。悪意が燻っているような・・・そんな気がする。自分で言うのも何だが、俺の第六感は割と当たる。まぁ、ここ最近は胸騒ぎが止まらないドラマティックな日常を送ってるから、感覚が麻痺してきているが。
・・・考え過ぎか。俺がニヤけヅラの悪徳社長に疑心暗鬼になっているだけか。
手元の手紙をじっと見つめる。
・・・特に何も変わったところはない。
中身を見るなんてタブーはもちろん犯せない。
・・・ふぅ、気にするだけ時間の無駄だ。
受取人に渡してこのまま仕事を終えよう。
目の前のチャイムを鳴らそうとしたその時。
「その家に何の用?」
振り返ると、花柄のエプロンを身につけた女性がこちらを見ている。歳は40〜50くらいか。微笑んでいるが・・・目が笑っていない。俺のことをくまなく探っている、そんな目だ。
「世界郵便の者です。この家のアニーさんへお手紙
を届けに来ました。」
女性の瞳が驚きで揺らめく。ただ、それも一瞬、すぐに感情が読めない笑顔に戻る。
「あら、そうなの?・・・ただ、残念ね。アニーは
半年前に病気で亡くなったのよ」
・・・想定内、想定内。自分に言い聞かせる。
ここは、この女性の望むだろう反応をしてみよう。
「ええっ?そうなのですか!?」
少しオーバーにリアクションする。
「それは困りましたね」
「ええ、ええ。悲しい出来事だった。私はミシェ
ル。そこの向かいの家に住んでいるの。アニーと
は一緒にお料理をしたり、お買い物に行ったり、
実の娘と母親のように過ごしていたのよ。・・・
どうしてあんなことに・・・」
この人は、シロか、クロか?会話をしながら、俺は女性をじっと見つめる。
本当にアニーさんは死んでいるのか?何かに巻き込まれているだけなのではないのか?死んでいるのだとしたら、声をかけてきたこの女性に何らかの関係があるのではないか?
オーバーに見えるだろうか。考え過ぎだろうか。
きっと、ただの郵便屋さんならそんなこと考える必要は無い。
でも、世界郵便の仕事なら、考えても考えても足りない。俺たちが請け負うからには、やはりこの仕事には裏がある。
受取人が既に亡くなっていた、それ自体はこの世界においてはたまにある話だ。同種族間、異種族間を問わず、世界の各地で争いの火種は尽きない。これだけ魔法が認知された世界だが、万病に効く薬は無いし、死者を蘇生するなんてとんでも魔法も無い。
受取人死亡、そういう時は一度本社に問い合わせ、配達物の処理の仕方の指示を仰ぐ。俺たちができることは、冷静に対処するのみだ。
・・・だが、
問題は、受取人が真っ当な理由で亡くなってしまったのかどうかということ。
先程言った通り、今の世界情勢は非常に不安定で、どの国に何があるか分からない。そのような情勢の中において、何でも扱います!がウリの世界郵便は、それこそキナ臭い物を運ぶことだってある。
その荷物の存在を巡ってトラブルに巻き込まれることが多々あるのだ。
では、トラブルに巻き込まれた時にどうするのか。我が社のマニュアルはひとつ。
「死なない程度に信念に従え」
『トラブルの対処は郵便屋さんの仕事じゃねぇ。
逃げても放棄しても構わない。命が最優先。
・・・ただ、もし、目の前でテメェが許せない
理不尽が繰り広げられていて、それを解決できる
自負があるのなら・・・自分の判断で好きに暴れろ。
ケツは俺が持つ』
入社した初日に、社長・・・つまりは、
No.1 ケイ=クライハイトが俺に言った言葉だ。
いやいや、何を言ってるんだこの人は、と思ったのを覚えている。だがしかし、年がら年中ニヤけてると噂の社長の顔は、その時は本気だった。
「そうだ!」
名案を思いついたわ!と言わんばかりに両手を胸の前で合わせながら、ミシェルさんが言う。
「私にその手紙を渡してくれたら、あの子のお墓に
そのお手紙を手向けることができると思うのだけ
れど」
「・・・すみませんが、このお手紙は本人に直接お
渡しするよう言われています。このお手紙の処遇
については、差出人に確認した後に決定致します」
あら、そう?それはそうね、とミシェルさんは納得したような素振りを見せるが・・・相変わらず目が笑っていない。
「ところで、差出人にも伝えなければなりませんの
で、差し支えなければお答え頂きたいのですが、
病死・・・とおっしゃいましたか?」
「構わないわ。ええ、病死」
「『百足の呪い』よ」