メロンメロン①
よく寝た。寝過ぎた。
欠伸をしながら起き上がった私は、ベッドの傍にちょこんと置いてある、小さなテーブルに手を伸ばす。真っ赤なリンゴを手に取り、一口齧る。
甘酸っぱい。昔からリンゴは好きだ。飲み過ぎた次の日は、とりあえずリンゴを食べといたら身体の負担が減ってる気がする。もちろん気のせいだと思うが。
壁掛けの時計に目をやると、もう昼前だった。
うーむ、アイツは私を待たずに仕事に行っただろうなぁ・・・。
今回の仕事の内容は一件の手紙の配達。特に変わった内容は無い。得体の知れない依頼ばかり引き受ける世界郵便にしては平凡な配達業務だ。
とはいえボンバのことだ。「ここまでの道中迷惑をかけてしまったから、マッコイには休んどいて貰おう」なんて考えるに違いない。
昨日の晩飯の時も、やたら食えや飲めやと勧めてきた。
ー疲れたろ、マッコイ。ごめんな。
この店はワインがオススメらしいよ。後、地鶏も美味い
らしい。どんどん食べて飲んでくれ。
ここは出すからさ、流石にな!
まったく、そんなことで気を使うなと言っているのに・・・。
まぁ、勧められるがまま気持ち良く飲み散らかした私があーだこーだ言うのも違うか。金は自分で出したが。これは大事。
話が逸れた。
車椅子の彼でも、封筒1つなら運ぶのに支障は無い。メロンメロンとかいうふざけた名前の割に、この町の道や建物は綺麗に整備されている。問題無ければもう配達を終えて、そろそろ帰って来る頃合いか。
ボンバという男は真面目だ。
この数ヶ月でよく分かった。
カタブツという訳でも無いが、ヤツなりの筋だの仁義だのがあって、それを通すことを好む。だからなのか、妙に私に恩を感じている節がある。そんなの感じる必要ないのに。
もう起きて活動しないと。アイツに昼飯ぐらい買って来といてやろう。
そうと決まれば、まずは歯磨きだのなんだの終わらせよう。お気に入りの革ジャンに袖を通して、ジーパンの尻ポケットに小銭入れをつっこんだら、いつもの町ぶらつきスタイルだ。
「さぁ、行くか」
と支度が整ったところで、ノックの音が3回響く。
あら、帰って来てしまった。ささやかなサプライズは失敗か。
「ただいま。おーい、マッコイ起きてるか?」
扉を開けると、車イスに腰掛けた男と目が合った。
それこそさっき食べたリンゴのような赤毛の天パー頭に、明るいブラウンのギョロリとした瞳、にこやかなそばかす顔。なんというか、似顔絵の描きやすい顔と言うのか・・・特徴が多い。その割にふわりとした雰囲気の柔らかさを感じるのは、彼の内面が滲み出ているのだろうか。
そんな大きな目をへの字にして、ニコリと笑う。
よく笑うのはこいつの良いところだと思う。
「昨日はよくあの量のボトルを空け切ったなぁ」
「あれくらいなら大したことないさ」
「大したことあるぞ!マスターの目ん玉もひっくり返
ってたじゃないか。流石カミサマと言うべきなの
か?」
「関係ないよ。私が酒が好きなだけ。カミサマが特別視
される世界はもう1000年前に終わった」
神様。カミサマ。その言葉はもう人々からの畏怖を集める言葉にはなり得ない。
その昔、カミサマは名前通り特別な存在だった。この世界を創り、見守り、秩序を正す。人々に崇められ、畏敬の念を一身に集める。そういう存在だった・・・らしい。
ただ、いつからか、カミサマは人間と共に生きるようになった。
まるで、もうカミサマの仕事は終わった!のんびりさせろ!と言わんばかりに、この世界に穏やかに溶け込んでいったのだった。
だから今この世界で、純血のカミサマである私は異質な存在だ。
純血だということは、私の人生・・・神生?は、1000年前から始まっているのだろうか。そんな馬鹿な、と自分でも思う。自分が何者なのかは分からない。私の記憶はここ数年から始まっている。
分からないのに、何故自分が純血のカミサマだと分かるのか。単純な理由だ。
カミサマの血は闇夜に輝く。
混ざりが無ければ無いほどに、輝きは強さを増す。宝石のように。人を惑わす。
それが何よりの証明であり、昨今のカミ狩りとかいうふざけた所業の所以でもある。
まぁ、細かいことは、今は良いか・・・。
腹が減るのは辛いし、酒も飲みたい。その為にお金も欲しいし1人ぼっちは寂しい。仕方ない働かなくちゃ・・・。
それが今の私、カミサマとは名ばかりの運び屋マッコイ=ブランニューだ。
「悪いな、ボンバ。1人で配達に行ってくれたんだ
ろ?ありがとう。問題は無かったか?」
「いや、それが・・・」
ボンバの顔が曇る。
「どうした?」
「届け先の人が、もう亡くなってた」
いよいよ本編が始まりました。皆様の暇つぶしになれば幸いです・・・。