開花と結実
私が意識を取り戻した時感じたのは、何かが股を伝う感触と血の匂いだった。
最初はわけがわからなかった、それから私は何度も何度も何度も何度も───。
今回で何度目だろうか10までは数えていたけど、それ以降は考えるのをやめた、再び股を伝う血の感触と匂いで意識が戻り記憶が蘇る。
私は14歳になり初潮を迎えると共に栗宮すみれとしての記憶を思い出す、そして死ぬのはいつも16歳の10月31日、偶然ではないと思うが記憶を取り戻すのは皆同じ誕生日だった。。
アリーより先に逝ってしまった罰なのだろうか、私はそれを何度も何度も繰り返している。
最初の頃はアリーと再び出会うため起きた奇跡だと思った、だけどいくら探してもどこを探してもアリーは見つからなかった、そうしている内に16歳の10月31日を迎える。
死因は色々だった、事故に他殺、防空壕に爆弾が直撃、飛行機の墜落……途中からはなるべく他人を巻き込まないように最後を迎える時は一人でいるようになった。
転生とでも言えば良いのだろうか、輪廻の輪から外れ何度も繰り返させられる死。死を迎えると新たに14歳の誰かになっている、一度は自殺を試みたこともあるが、16歳の10月31日になるまで死ぬことはなかった、ただ生きる屍の状態でその日を待ち焦がれる日々は生き地獄だった、それ以来自殺を試みようとは思わなくなった。
私は転生する度に一人の女の子とその家族の人生を壊している、その事が私を苛み続けている早くこの地獄が終わる事が今の私の望み。
きっと罰なのだろう、転生を繰り返す度にすみれとしての記憶が死した彼女たちの記憶で上書きされていく、少しずつ少しずつ消えて行く、すみれの思い出が消えていく、アリー会いたいよあなたのことを忘れたくないよ……。
私とアリーが過ごした施設は結局見つけることが出来なかった、いくら探しても痕跡すら見つけることが出来なかった、もしかしたらあのアリーと過ごしたあの場所もこの記憶も、狂った私が見た夢だったのだろうか、もう思い出せるすみれの記憶は僅かになっている、頭に浮かぶのは死んだ彼女たちの幸せだった時の記憶だけ……ああ私はまだ正気と言えるのだろうか。
◆
多分これが最後の転生になるのだろう、やっと地獄が終わるとの安堵と、アリーと二度と会えないという絶望が私の心の中で渦巻いている。
スマホの画面を確認すると私が最初の生を終えてから100年経っているのがわかる、私とアリーを苦しめた病は現代でもまだ存在するが適切な治療を受ければ治るようになっているようだ。
私はアリーを探すことを諦めた、あんなに焦がれていたアリーへの思いはまだ心にあるが諦めのほうが強かった、今となってはアリーのことは私の妄想が生み出した存在に思えた。
再び16歳になり死ぬまでの時間を無気力に過ごしている私は1月末頃に何者かに襲われ妊娠をする事になった……。
背後から殴られ気を失い気付いたときにはすべてが終わっていた、路上で頭から血を流し倒れているところを発見されたようだ、気がつくと病院のベッドの上だった。
暫くは何も気づかなかった、殴られた頭以外痛みも違和感も無かった、それに襲われた時の記憶もなかった。
最初の違和感は生理が遅れているのに気付いた事、次に急な吐き気に襲われるようになった。
何度も転生を繰り返していても妊娠は初めてだったので、原因不明の体調の変化で心身共に疲弊した。
妊娠かもしれないと気付いた時中絶しようと思った、生んだとしても時期が来れば私は死ぬ、私が死んだ後今の両親が面倒を見てくれるだろうけど、この子が可哀想に思えた。
迷ったがそう決意し、襲われた後からの事を今の両親に相談した。それから警察に行ったり色々あったが犯人はすぐに捕まった、現代の監視カメラ社会にはこの時ばかりは感心した。結局その男に全く興味がわかなかったし、関わりたくもなかった私は両親に全てを任せた、その後どうなったかは聞いていない。
この時の私はもう何かをする気力すら無かった、そんな時ふとアリーの気配を感じた、気のせいかと思ったやっと狂うことが出来たのかとも思った、だけど違ったそして気付いた気付いてしまえば簡単な事だった。私は中絶するのを止めこの私の中に宿る命を生むことに決めた。
親も周りも反対したが、私は譲らなかった。
親による説得は中絶が可能な21週が過ぎるまで続いた、それでも頑なに拒み続ける私に根負けして最後は協力するとまで言ってくれた。
お腹が膨らみ始めたタイミングで学校には休学届を出した、そして私は部屋から出ることもなく日がな一日膨らんできたお腹を撫で過ごしていた。そんな私の姿に何を思ったのか両親は私をある施設に入れることを決めたようだ、そこは私のような訳ありの女の子や女性が集まる所と聞いた。
親としては人の目を気にして家から出なくなったのだろうと考えたらしく、そんな折知り合いに勧められたとの事だった。
◆
たどり着いたそこは最初知らない場所なのに、知っているような不思議な感覚から始まった。
山に囲まれ閉鎖されたような場所にある施設、私が入る施設に隣接するように立つ資料館、それを見た瞬間にすべてを思い出した、転生する度に削ぎ落とされていったはずの栗宮すみれの全てを……。
「すみれはここが気になるの?お母さんとお父さんは手続きに行ってくるからその間見せてもらっていなさい」
私は突然蘇った記憶の整理ができず呆然としながら「うん」とだけ答えふらふらと資料館へ足を向けた。
入り口のホールには『二人の少女の闘病の記録』と書かれた案内板、右手側には受付があり女性が一人座っている、私は女性に軽く会釈し古い板張りの廊下を進む。全面白塗りの壁が続く、壁には所々この施設の概要が書かれた額縁がかけられている、何が目的でそしていつ建てられたのか、それと出資者や協賛した会社や財団の名前などが書かれている、私はそれらを横目に見ながら立ち止まること無く進む。
一階の部屋はほとんど閉鎖されていて入ることは出来ないようだ、入る事が出来るのは広い談話室だけで、他の先生の部屋に台所、お風呂場に洗面所とトイレは閉鎖され説明書きだけされている。
突き当りの階段から二階へ上がる、私達が暮らしていた時と違い手摺りが付いている、手摺りを支えにキシキシと音が鳴る階段を上がる。階段を登りきる二階には10畳ほどの部屋が6つと食堂お風呂場洗面所トイレが有ったはず。
2階の部屋は一番奥の部屋だけ開いている、私とアリーが一緒に過ごした部屋。
中に入ると最初に見えたのは2つのベッド右が私で左がアリー、壁際に長テーブルその上にはガラスケースに入れられた小物類、それ以外は大きなものはない。
ガラスケースには私達の私物が展示されているようだ、未開封のドロップ缶に手紙を書くための便箋、好きだった小説。
私はそこで額縁に入れられ壁にかけられた白黒の写真を見つけた、そこに写っているのは私とアリーだった、二人手を繋ぎ微笑んでいる。
この写真は先生が撮ってくれたものだ「高い買い物をしたよ」と笑いながら私達にカメラを見せてくれた。
私は写真に近づく、独りでに涙が頬を伝うのがわかった。
アリー私はここに戻ってきたよ、アリー会いたいよ、アリー……。
私は知らず知らずのうちにその場に座り込み声を出して大泣きしていた、自分では覚えてないけど大きな声で何かを叫ぶように泣いていたようだ。
気づけば母が私の頭を抱いて背中をなでてくれていた。私の泣き声で様子を見に来た受付の女性が母を呼んでくれたようだ。
母にどうして泣いていたのと聞かれたが、答えることは出来なかった。
でも写真の写っている人物紹介の私の名前を見て「あらこの子あなたと同じ名前なのね、もしかして自分と重ねてしまったの?この子とあなたは違うのよ大丈夫だからねすみれ」と頭をなでてくれた。
本当に良い母親だと思う、私が記憶を思い出さなければ、きっと良い母娘であり続けてたのだと思うと胸が苦しくなる。
この後母と私は入所する施設へ移動し、そこの先生の診察を受け部屋に案内された、先生はあの先生に少し似ていた。少し小さめの部屋にベッドがあり、冷蔵庫やテレビもある一人部屋だった。
母は先程の私を心配してか許可を取って何日か泊まろうかと言ってくれたが、大丈夫だからと笑顔で言うと「何かあったら電話するのよ」と言って父と帰っていった。
◆
その日から私は朝食が終わると閉館時間まで私達の部屋へ通い詰めた、私達がいた時と違い中はクーラーが効いていて涼しい。
毎日閉館の時間まで写真を見つめ日々膨らみが増していくお腹を撫で、この娘に語りかける様に思い出に浸る時間、数日経った頃私専用の椅子が置かれるようになった、ずっと立っている姿を見て受付の女性が用意してくれた。
最初ここに来た時はよく顔を見ていなかったが、受付の女性は私とアリーの周りの世話をしてくれていた女性に少し似ていると思った。
結局あの女性とは一度しか話す機会がなかった、伝染るといけないからと先生に近寄ることを止められていたみたいで、私達がまだ動けるうちは散歩やお風呂や食事の時にシーツの交換などしてくれていたと聞いた、直接お礼を言ったのはその時だけだった。
私が相変わらず通い詰めで、昼食を取らずにずっと部屋に居座っている、そんな私に気付いた彼女は、昼食時になると部屋から連れ出し受付の奥にある休憩スペースで昼食を用意してくれるようになった。
最初は断っていたのだけど「お腹の子のためよ」と言われては断るに断れなくなった、確かにちゃんと食事をしないと影響が出るかもしれないので、毎回お礼を言って頂くことにした。
受付の女性に名前を聞いたら、受付のおばちゃんで良いわよと言われたので、お姉さんと言う事にした、お姉さんと言ったら嬉しそうにしてたので正解だったのだと思う、年齢のことは聞かいないことにしておこうと思った。
◆
夏が終わり秋が来た、誕生日が近づくに連れ焦燥が増してくる。
私が死ぬ前に生むことは出来るのだろうか、私が死んでも子供は無事に生まれるのだろうか、そんな事をずっと考える日々が続いた。
お腹の娘はそんな私に大丈夫だよというように反応を返してくれる。
それでも私はあの部屋を訪れる、最近は階段を上り下りする時はお姉さんが手を貸してくれる。
出産予定日まで数日後に迫った頃、出産が終わるまでここに来るのは控えるようにと言われた私は、意を決して気になっていたことをお姉さんに聞いてみることにした、知っているとすれば先生かお姉さんだけだと思う。
それは「栗宮すみれ」が死んだ後の「来栖宮亜璃西」の事……。
正直な所聞くのが怖かった、でも聞くタイミングはこの時しか無いと思った。
お昼を食べ終わり食休みしていたお姉さんに私は居住まいを正し真剣な顔で「お姉さん1つ教えてほしいことがあります、来栖宮亜璃西さん彼女はいつお亡くなりになったのでしょうか、説明書きには10月の末に亡くなられたとありますが……」と問いかけた。
そうなのだ説明書きには、栗宮すみれと来栖宮亜璃西は10月末に亡くなったと書かれていた、私は覚えている私が死んだのはアリーの誕生日の10月31日である事を、この表記が本当ならアリーはあの後すぐに……。
お姉さんは私の態度に何かを感じたのか「少しだけ待っていて貰えるかな、先生と少しお話してくるから」と部屋を出ていった。
10分ほど待っただろうか、お姉さんは先生を連れてきた。
「すみれさん、君がどうして来栖宮亜璃西さんの事を知りたいのかはわからない、だけどね君を始めてみた時なぜか曽祖父の事を思い出した」
そう言うと懐から古い手帳を取り出した、見覚えがある気がするボロボロになっているがあれは先生の手帳だった。
先生は手帳に挟まれていた写真を取り出し私に見せてくれた、そこには先生とその両脇に立つ二人の少女、私とアリーが写っていた。
あの時写真を撮ってくれたのは、その時初めて顔を合わせたお世話をしてくれていた女性だった。
その写真を見て「先生」と呟いてしまった。
「『先生』彼女たちも曽祖父の事をそう呼んでいたと聞いたよ」
先生を見ると優しげに微笑みながら「詮索はしない、世の中には僕たちが思うより不可思議な事が沢山あるからね」そう言うと手帳に写真を大事そうに挟んだ。
「来栖宮亜璃西さん彼女が亡くなったのは栗宮すみれさんが亡くなってすぐだったそうです、栗宮すみれさんにお願いされ少しの間部屋を離れていて戻ると二人は重なるように亡くなっていたと、傍らには空のドロップの缶があったと曽祖父の手帳には書いてあります、手帳の最後に書き込まれていたのが『僕がもっとちゃんと彼女達の事を見ていれば』と書かれています」
アリーあなたは……涙が溢れた、先生が頭をポンポンと撫でてくれた、私はそれが嬉しくて悲しくて声を出して泣いた。
一頻り泣き終わり落ち着いたその時、腹痛が襲ってきた陣痛というものだろうか、先生は私の様子を見て「これは大変だ」と電話で人を呼んだようだ。
すぐにストレッチャーが持ち込まれ私は施設の分娩室に運ばれる事になった。
◆
10月31日が過ぎ11月1日になっていた、私は初めて19歳になっていた。
子供は時間はかかったが無事生まれてくれた。
看護師から彼女を手渡される、顔を真っ赤にして泣いている姿を見て、ああこんなに赤いから赤ちゃんって言うのかと納得していた。
腕に抱く彼女は軽かった。あぁやっと、やっと会えた、待っていたずっとこの時を待っていた。
気が狂うと思った時もあった、気が狂って楽になりたい時もあった。早くこの地獄から抜け出したかった。
でも私はこの時をずっと待ち焦がれていた、やっと私の望みは叶った。
自然と涙があふれる、そっと抱きしめ彼女に顔を寄せ囁く。
「やっと会えたね、私のかわいい赤ちゃん」




