第9話 冷やかしじゃないよ、ほんとだよ
程なくして謎の時間が終わる。
柊から解放された片瀬はもう顔を手で覆い隠してはいなかった。頬はまだ赤みを帯びているが、まあそのうち冷めていくだろう。
しかしあれだな……大丈夫? 日常生活に支障をきたしてんじゃないのそれ? って心配になっちゃうくらい恥ずかしがり屋だな、片瀬のやつ。授業中とか『先生、どうかあたしを指さないで!』って感じで内心ヒヤヒヤなんではなかろうか。
なんて俺が勝手に心配していると不意に片瀬と視線がぶつかる。が、すぐに目を逸らされてしまった。
徐々に冷めていくはずだった片瀬の顔色はたちまちにして沸騰。これはもう、社会不安障害を疑うレベルでは?
「――それで、これからなにする~?」
そんな友人の異変を知ってか知らずか、柊が呑気な口調で俺に訊ねてきた。一つだけ言わせてもらおう……意見を求める相手を間違っている。
「え、なに、決まってないの?」
「決まってないじゃなく――決めてない、ね」
ビシッ、と人差し指を立て誇らしげに言い放った柊。
「いや『ここ重要!』みたいに言われても困るんだけど」
「行き当たりばったりが私のモットーなのよ!」
あ、なるほど。計画性がない人間なんですねわかります。
「あーじゃあもう10分くらいそこら辺散歩してお疲れさまでいんじゃね?」
「「え…………」」
俺の魅力的な提案に対し、あからさまに難色を示す二人。さっきまで赤面してたのが嘘だったかのように冷え切っておられますね、片瀬さん。いやぁ、ほんとなによりです。
「でもま、普通に考えて花厳の口からまともな案が出てくるわけないか!」
「それは失礼だよ、柚希ちゃん。あれでも花厳君なりに一生懸命考えてくれたんだから、馬鹿にしちゃダメ」
ちょっと片瀬さん? 庇ってくれてるようで〝あれでも〟って本音が出ちゃってますけど?
「はいはい私がわるーございました――――ところでこの後どうする? 沙世」
「う~ん、どうしよっかぁ…………」
俺が当てにならないと踏んだのだろう。柊と片瀬は二人で仲良くこの後の予定を話し合っている。
その様子をぽけ~っと眺めながら思う……やっぱ俺いらなくね? と。
***
話し合いの結果、服を見て回ろうということになり、俺たち三人は駅直結のショッピングモールへと向かった。
休日とあってか店内は中々の混み具合。
こりゃ人に酔いそうだなぁ……引き返したいなぁ……。
そんな弱音を心の中で吐く俺とは対照的に、前を行く女子二人の足取りは軽やかだ。
いやーキラキラしてる、眩しい、若いっていいね~……なんておっさんじみた感想が出てくる俺って一体……。
「――あ、ここ寄ってかない?」
「うん!」
良さげな店が見つかったのか柊と片瀬の足が止まる。どれどれ……と、俺は彼女達が送る視線の先を目で追う。
……これ、男の俺にとっては中々敷居が高いんだが。
パッと見ただけでわかる、そこがレディース専門店だということが。
ちょ、お客さんも店員さんも女性の方しかいないじゃんかよ。いやそりゃ当たり前なんだけども。
「――ちょっと花厳! ボーっとしてないで来なさいよ!」
「え? あ、おう」
柊に呼ばれ俺は彼女達の元へ向かった。
「ねえねえ、沙世! これすっごく可愛くない?」
「ええ~、可愛いけど……ちょっと攻め過ぎじゃないかな」
女の子は可愛いものに目がないってのは本当なんだな。服を手に取っては鏡の前で合わせ、感想を求めあっている二人を見て俺はそう思った。
にしても目の置き場に困る。どこもかしこもぽわぽわふわふわしていて…………語彙が死滅するほどの場違い感だ。
「――ん? どした? 花厳」
黙っている俺を気にかけてくれたのか、柊がこっちを向いて小首を傾げる。
「ああ、いや……こういう店にあんま慣れてなくてな。どっかに目を休ませられる安置がないかって絶賛お探し中だ」
「は? あんたなに言って――」
柊はそこで言葉を区切り、スマホを取り出す。
「ごめん、ちょっと外すね」
電話だろうか、柊は手を合わせてペコっと頭を下げた後、少し慌てた様子で店の外へと出て行った。
「……誰からかな?」
「さあ」
残された俺と片瀬の間に生まれた会話はそれだけだった。
「……………………」
それからしばらく、店内を見て回る片瀬の後をついていく時間が続いた。
服を手に取っては戻すを繰り返している片瀬。柊がいた時と比べ明らかに買い物に集中できていない様子。時折こっちに気遣わしげな視線を送ってきたりしてるのがその証拠。
ごめんなさいね変に気を遣わせちゃって。でも許して? ここで一人は冗談抜きでしんどいから。
「――どういった服をお探しでしょうか?」
な、いつの間にッ⁉ 音を立てずに近づき、にこやかな笑顔で片瀬に声をかけたその女性は――紛れもなく店員さんだった。
「あ、いや、えっと、ちょっと見てるだけで……」
「あ、お目が高いですねお客様。今手に取っていただいている服、当店の一押しなんですよ!」
「え、あ、そ、そうなんですか?」
「はぁい! というのもですね――――」
なんと鮮やかなお手並みで。気付けば店員さんはセールストークを始めていた。
強引さを悪びれもせず、むしろ開き直ったかのようにマシンガンぶっ放してくるこの店員さんに俺は拍手を送りたくなった…………が、片瀬にはそんな余裕もなさそうだ。
チラと横目で彼女を見る。淀みなく続ける店員さんに困ったような笑みを浮かべている。
俺だったら無視して違う店に移動するが、それを片瀬に強いるのも酷だよな…………ただ黙って見てるのも居心地悪いし、なにより欲しくもない物を買わされたとあっては後味も悪くなる。あまり不慣れなことはしたくないが仕方ない。
「あの、すいません」
「――あ、はい、なんでしょう? 彼氏さん」
彼氏じゃねーよッ! と内心で突っ込みつつ、俺はへりくだった態度で店員さんに言葉を発する。
「えっと、彼女、グイグイこられるのが苦手な人でして……なにかあったらこちらから声をかけますので、どうか……」
「も、申し訳ありません……つい熱が入ってしまって――――不快な思いをさせてしまい申し訳ありませんでした」
「あ、いえ、そんな、謝るほどのことじゃありませんから」
店員さんは片瀬に対し深々と頭を下げた。
一方片瀬はなにもそこまでする必要はないと身振り手振りを交えて伝えている。
「――引き続きデートを楽しんでくださいね? では」
顔を上げた店員さんはニコッと笑ってそう言い残し、俺達の元から離れていった。
勘違いしたままだったけど、まあもう二度と会うこともないんだし、どう思われてもいいか。
「で、ででッ、デートなんかんじゃ…………」
隣の人には簡単に流せる問題ではなかったようだが。ごめんね? 俺なんかと間違われちゃって。
その後すぐに戻ってきた柊の提案により、別の店へ移動することに。
店を出る際、『結局なにも買わんのかいッ!』って店員さんの心の声を聞いた気がしたが、絶対気のせいなのであくまでこれは独り言――――冷やかしとかじゃないんで悪しからず。