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第5話 友達付き合い

 場所は移って特別教室棟二階の空き教室。後ろに積み上げられている机と椅子を拝借し、俺と柊は対面形式で座る。


 片瀬もいるもんだとばかり思ってたが姿は見当たらない。これ幸い。


 けどま結局、不幸なのはかわりなさそうだけどな。腕を組んでしかめっ面をしている柊を見て俺はそう察する。


「単刀直入に訊くわ……あんた、どうして沙世からの〝LINE〟を無視してるの?」


「無視? そんなことした覚えないけど?」


「そんなわけないでしょ? こっちは沙世から相談受けてんのよ。『花厳君がLINE返してくれないんだけど、あたしなにか気に障るようなことしちゃったのかな?』って。ひょっとしてあんた、可愛い女子からの連絡無視することで優越感に浸ったりでもしてるわけ? 気持ちわるッ」


 親指くらいの毛虫が地をっているところを目撃した時みたいに気持ち悪がる柊。


 まな板と言われたやり返しだろうか……切れ味鋭すぎて思わず絶命するとこだったぜ。


「うわーやだやだ」と自分の体を抱いてさすっている柊を横目に、俺はスマホを取り出しLINEを起動する。


 あ、ほんとにきてたわ。


 トークルームの一番上には〝さよたん〟が表示されていて、4件のメッセージが送られてきていた。


『早速送ってみました! 改めてよろしくね、花厳君!』


『もう寝ちゃったのかな? 花厳君は早寝さんなんだね!』


『おはよう! 昨日の夜、目覚ましかけ忘れちゃって寝坊しそうになっちゃったよ』


『花厳君、怒ってるの? やっぱりあたしなんかと友達になりたくなかったのか? だとしたらごめんね』


 交換した日の夜に2件、それから翌日の朝と夜。設定で通知をオフにしていたがために気付かなかった。


 通知オフ、それは片思いの末に辿り着いた究極の自己防衛法。


 好きな人からの返信を待ち焦がれ、数分間隔でスマホを開く。まだかな、まだかな、とソワソワしてるタイミングでピコンと通知音が鳴り、期待に胸を膨らませ確認すると『ご飯できたよ』というお母さんからの業務連絡。


 感謝すべきなのに「お前かよ!」とスマホをベッドに放った親不孝な4年前。


 感情を振り回されるのはもうこりごり。だから俺は振られて以降、今日に至るまで通知オフの生活を送ってきた。


 支障? そんなもんはない……だって俺、友達いないから。


「あーLINEきてたの今気付いたわ」


「いまぁ? そんなことあるぅ?」


「あるよ。俺、通知オフにしてるから」


「通知オフって……あんた今までどうやって友達と連絡とってたのよ」


「その辺はなんら問題ないな」


「なんでよ」


「そもそも連絡とるような友達が俺にはいないから」


「あ…………」


 やっちゃったというような顔をする柊。わかっていただけたようでなによりです。


 僅かな沈黙を挟み、柊は気を取り直すように続ける。


「――ちゃんと返信はしたんでしょうね?」


「いやまだだけど、後で返そうかなと」


「ダメ、今すぐ返して。そのために私はあんたをここに連れてきたんだから」


 目の吊り上がった顔つきできっぱりと言った柊。見逃してくれそうな雰囲気ではない。


 まあ柊の立場になって考えたらそうせざるを得ないわな。どうせ『任せといて! 私がなんとかしてみせるから!』なんて後先考えずに片瀬に豪語ごうごしてきちゃったんだろ。友達付き合いも大変だな、ほんと同情する。


 これはそう、情けだ。青春に魅了され囚われている哀しき柊へと送る情け。


 俺は慣れない手つきで『ごめん、今気付いた』とだけ打って片瀬に送る。


 するとすぐに既読の文字が。


『ううん、大丈夫! なんか急かしちゃったみたいでごめんね?』


 即レスッ⁉ しかも俺が手間暇かけた一文よりも文字数多いのにものの数秒で返してきたよこの人ッ。


 これもう向こうに既読したこと伝わってるよな…………ま、柊の要求にはちゃんと応えたわけだし、いっか。


 俺はスマホを机の上に置き、これで満足かと柊に視線を送る。


「……本当に送ったんでしょうね?」


「送ったよ」


「…………見せて」


「は?」


「だから、見せて」


 疑わし気な顔して開示を求めてきた柊。


 コイツくっそめんどくせーッ! そう心中で叫びつつ、俺はスマホを柊の前に差し出す。


「勝手にどうぞ」


「……見せてと頼んでおいてこんなこと言うのも変だけど、あんた凄いわね。自分のスマホを躊躇なく他人に渡すって……普通の人にはできないわよ」


 ちょっと柊さん? それじゃまるで俺が普通の人じゃないみたいに聞こえるんだけど?


「見られて困るもんが入ってるわけでもないからな」


「そ、そう……じゃ遠慮なく」


 遠慮なくと言ってる割にはどこか躊躇ためらい気味にスマホを手に取った柊。


「……一応、ロックはかけてるのね」


「万が一落した場合、どうしても悪用される可能性がでてくるからな」


「まあ、そうね……で、パスワードは?」


「8787」


「8787ね…………ん?」


 小首を傾げて頭上に疑問符を浮かべる柊。しかしそれはすぐに感嘆符へと変わり、プフッと吹き出す。


「花厳織花だから8787……安直すぎ」


 いや余計なお世話なんだけど。


 シンプルに馬鹿にしてきた柊。自分の頬が引くついてるのがわかる。


 因みにお恥ずかしいお話だが俺は一時、自分へのいましめのために振られた日付をそのままパスワードにしてたことがあった。心揺らぎそうになってもスマホ開けばあの苦悩を思い出せる。さすれば同じ過ちを繰り返すことはないだろう、そう思ったから。


 まあその戒めパスワードは一週間ももたずに変更したけど。なんつーか、逆に未練タラタラみたいで気持ち悪かった。


 んで今のパスワードが生まれたってわけ。


「えーっと、どれどれ~」


 8787の誕生秘話を知る由もない柊は、呑気な声をだしてスマホを眺めている。


「……………………」


 柊の表情が段々と曇っていく。


 そんな顔されるようなもんは入ってないはずだが……。若干心配になりつつある俺に、ジトッとした目を向けてくる柊。


「……『ごめん、今気付いた』って、もっと気の利いたセリフがあるでしょ」 


 あ、そゆことね。と、俺は安堵する。


「いやそれくらいは俺の好きにさせてくれよ」


「……一意見よ、一意見」


 そう不貞腐れたように言いながら柊はスマホを返してきた。


「これからはちゃんと返信するのよ。わかった?」


 席を立って鞄を肩にかけた柊が、俺を見下ろし念を押してきた。


 コクリと俺が頷いて見せると、柊は「頼んだわよ」とだけ言い残して去っていった。


「はぁぁぁぁぁぁ…………」


 一人になった途端、長い溜息が自然と俺の口から零れ出た。


 半日に一回返信しときゃ文句は言われねーだろ。


 頭をボリボリと搔きながら俺は立ち上がる。


「……つか、自分が使ったもんぐらい自分で片付けろよな」


 椅子を放置していった柊の文句を垂れつつ、俺はせっせと片付けるのだった。

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