第33話 保護して庇護して独占したい1(片瀬視点)
「……………………もう、行ったかな?」
そう呟くあたしに、タロウが「ワン!」と答えてくれた。
ゆっくりと顔を上げる。花厳君の姿はもうない。
「あぁ…………やっぱ良いなぁ、花厳君はぁ。臆病で弱いのに無理して平然としているところが労しくて愛おしいよぉ…………」
花厳君を想うと、ついつい口元が緩んでしまう。でも大丈夫、周りに人はいないから。
彼に対するこの気持ちが、世間一般で言う〝好き〟と違うことに気付いたのは、ここ最近じゃない。去年の秋、文化祭や体育祭と学校行事が盛り沢山の頃に自覚した。
庇護欲。ちゃんとしているように見えてその実、ガラス細工のように脆い花厳君を守ってあげたい。
そして独占欲。外の世界で強がっている振りしているだけのか弱い花厳君をそのまま手元に置いておきたい。誰にも渡さず自分のものにしておきたい。
けど、この感情を表にだすのはダメ。花厳君があたしに心を許さない限りダメ。
最初はちょっと気になる人、くらいの存在だったんだけどなぁ……。
高校に入学する前、中学を卒業した後の春休み。体調が悪くなってしまったおばあちゃんをおぶって家まで送ってくれた人がいた…………花厳君だ。
おばあちゃんを助けてくれた花厳君にお母さんが何度も頭を下げていた。
花厳君は困ったように笑っていた。
その様子を、あたしは二階の窓から眺めていた。
後におばあちゃんが花厳君に救われたことを家族に語り、そこで本名を知った。
優しい人もいるもんだなぁ……。感想はせいぜいそれぐらい。
もちろんおばあちゃんを助けてくれたことに関しては家族として感謝していた。けれど、もうどうせ会うことはないだろうしと、テキトーな自分もいた。
おばあちゃんはきっと忘れないだろうけど、あたしは忘れる。
結局、恩知らずの冷めた中学生だったあたしは、春休みを謳歌していくうちに、花厳君の名が薄れていった。
完全に忘れなかったのは、おばあちゃんが度々口にしていたからだ。
そして迎えた高校の入学式。
見慣れない顔ぶれ、景色、そういった環境の変化に緊張していたあたしの耳に、その名は届いてきた。
「――花厳緒花!」
「……はい」
一人一人順番に名前を呼ばれていく中、一際声が小さかったその男の子は――おばあちゃんを助けてくれた人だった。
けれど初めて見た時と少し印象が違った。猫背で、睨みつけるような目つき、その横顔から優しいという言葉は連想されなかった。どちらかと言えば怖かった。