第30話 不意打ちのような……
「すまん、やっぱ捻くれてる方で」
「あ、そう? やっぱこっちの方が良い?」
恥ずかしそうに体を縮めて歩いていた片瀬だったが、俺が言うとすぐにまた切り替わり、あっけらかんとしている、電気スイッチで点けたり消したりするように、いとも簡単に。
「どっちが良いとかじゃない。単純に、今の片瀬の方が喋りやすいってだけだ」
「ふぅん……ま、理由はどうあれ、花厳君はこっちのあたしをお望みと。そういうことだね?」
「……そうだな」
「じゃあ叶えてあげる。そのかわり、他言は無用、皆には内緒だよ?」
「皆にはって、柊も知らないのか? お前のその感じを」
片瀬にとっても大切な友達であろう柊の名を出し訊ねると、彼女は足を速めて俺の前を行き、立ち止まる。
そして片瀬はその場でひらりと優雅に身を翻し、とどめの一撃とでも言うようにあざとく前屈みに。上目遣いと悩ましいお胸、完全に童貞を殺しにきている。
「もちろん、柚希ちゃんは知らないし、柚希ちゃんにも内緒。花厳君だけ、特別だよ?」
「お、おう」
無理無理、これはダメだって。
視覚から伝わってくる片瀬の破壊力抜群ボディに耐えられなくなり、俺は思わず目を逸らしてしまう。へそではなく、顔で茶を沸かせてしまえそうだ。
「あれ? 花厳君、ちょっと顔赤くなっちゃってるけど、どうしちゃったのかな?」
「き、気のせいだろ」
「そっかぁ、気のせいかぁ……ふふ」
片瀬がどんな顔しながら俺を見ているか、想像せずともわかる。だからこそ、彼女の方を向けない。絶対調子に乗るだろうから。
「「……………………」」
遠くの景色を見つめる時間が続く。
見られているかどうかが問題じゃない。見られていると思い込んでしまえるこの状況がしんどい。
気持ち悪い表情になっていないか、足や手が小刻みに震えてたりしないだろうか。余計なことばかり心配になってしまう。
頼むからさっさと歩き出してくれ。そう願ってしまう。
「……柚希ちゃんで思い出したんだけどさ」
しかし彼女は現状を維持したまま、話題を変えてきた。
「な、なんだ?」
「柚希ちゃんが両国君に告白したの、花厳君も知ってるでしょ? そしてその結果も」
「……まあ」
柊が両国に振られたことを片瀬が知っていてもなんらおかしくはない。
『すまん、柊。見当外れなこと言っちゃって』
『ほんとよ…………ったく、これだからボッチは』
『ん? 柚希ちゃん、どうしたんだろ?』
あの時、片瀬は柊のあからさまな態度に気付いていなかった。ということはつまり、あの時点では柊に聞かされてなかったことになる。
大切な友達にはちゃんと伝えておかなきゃと柊が自ら打ち明けたか、もしくは風の噂で聞いたか。どちらもあり得るし、それについてはさして問題じゃない。
気になる点、あの時の片瀬は無知を演じていたのでは? という疑念。
俺は一度、片瀬が演じていると疑ってかかった。しかしあれは……なんというか、ぶっちゃけ無理矢理自分を納得させるためのこじつけで、片瀬にそんな芸当ができると思えないが本音だった。
けれど今は本気で疑っている。柊の策を見抜いている可能性だってある。
そう思わせるくらいの情報を、片瀬から与えられているわけだし。
「すごいよね。好きな人に想いを伝えるって。今だって、世界のどこかで誰かが意中の相手に告白しているかもしれない。それぐらいありふれた話なのに、未だにあたしは経験したことがない」
「そうなのか?」
「うん…………だから今日――初めてを経験してみようかな」
……………………は?
片瀬の含みある発言に、さっきまで考えていたことが全部吹っ飛んだ。
俺はゆっくりと、いや恐る恐る視線を戻す。
「いいかな? 経験してみても」
あざといポーズではない。手を後ろで組み、しゃんと立っている片瀬と……少女のように儚げな笑みを浮かべている片瀬と――目が合ってしまった。