第3話 ネタばらし
片瀬沙世。クリッとした目に亜麻色のボブヘア。花も恥じらうルックスの持ち主で、高校生らしからぬ豊満な乳を備えつけている。メイド服なんか着せた日には鼻血でフライボードできるまである破壊力だ。
そんな片瀬に負けず劣らずな柊だが、残念ながら胸は比較対照として扱われてしまうだろう。まだまだ発展途上なだけできっと伸びしろがあるからガンバレ。
閑話休題
現在の状況を説明しよう。まずは片瀬。彼女は俺から距離をとり、窓際で顔を真っ赤にしながら体をもじもじさせている。
なるほど、ああいった仕草で男のハートを鷲掴みにしてきたんだな。ふむ、並みの男ならそれで瞬殺だろうが……はッ、相手が悪かったな、俺にその手は効かない。
そしてもう一人、この場に俺を連れてきた柊はといえば、黙したまま突っ立っているだけ。強制連行した挙句に放置とかあんまりすぎんだろ。
まあでも、これからなにが起きるかくらいは予想がつく。というより、俺含めたこの面子で思い当たることなんて一つしかない。
ネタばらし、うやむやになりかけていた昨日のドッキリを終わらせようとしているのだ。
俺としてはお蔵入りでも全然良かったんだけど、あなた達がどうしてもドッキリ大成功をやりたいってんなら付き合いますよ。さ、どうぞ。
「「「……………………………………」」」
…………え、まだ引っぱるの?
まったく動きをみせない片瀬と柊。なに、モ〇スト? 引っぱれるだけ引っぱった方がいいと思ってんの?
さすがにそれはどうなの? と俺は柊に視線を送る。
彼女もまた、瞳だけを動かして俺を捉える。
「なにしてんの?」
いやなにしてんのはこっちのセリフなんだけど。
「えっと、なにかしてくるのを待ってんだけど……」
「は?」
たった一文字でなんつー威圧感なんだよ。思わずチビるとこだったぞ。
あはは……あは……。俺がぎこちなく笑っていると、柊はいっそう目を細めて問いかけてくる。
「あんた、ここに連れてこられた意味わかってんの?」
「え? あ、いや、それは……」
それを俺の口から言わせんの? ドッキリ大成功って結果が開示されてもないのにドッキリ仕掛けられた側が『これ、ドッキリですよね?』なんてドッキリの醍醐味ぶち壊しもいいとこだからね? ……どんだけドッキリ言うんだよ。
前代未聞もいいとこな無茶振りに俺は応えられずにいた。その姿に痺れを切らしたのか、柊の表情が露骨に呆れへと変化する。
「……沙世に言うことがあるでしょ」
「――いいよ柚希ちゃん……あたし、気にしてないから」
そう間髪入れずに言ったのは片瀬だった。彼女の浮かべている力ない笑みは、触れるだけで壊れてしまいそうな脆さを感じさせる。
「気にしてないなんて嘘。沙世、昨日めっちゃ泣いてたじゃん」
「あれは……目にゴミが入っただけだよ」
「強がんなくてもいいよ……あんなことされたら誰だってそうなるし」
ギロッと柊の目が再び俺に向けられる。
「だから許せない……人の――私の大切な友達の〝想い〟を踏みにじったコイツが許せないッ!」
あのドッキリにどんだけ思い入れがあったんだよッ⁉
「今、ここで、沙世に謝って!」
柊からおふざけのような空気は感じられない。極めて真剣なところが俺を困らせる。
謝る……というと、ラブレターを捨てたことについてか? 確かに、行いとしてはよろしいもんじゃなかったけれども、そもそもの話あんたらが人の心を弄んでさえこなかったらあんな酷いことしなかったからね? 俺も好きでやったわけじゃないし。
理不尽な要求によっぽど言ってやろうと思ったが、柊の敵意を一身に浴びた俺にそんな勇気はなく、
「わ、わかったよ」
渋々受け入れる。
仕方ない、ここは形だけでも謝っておいて、さっさとお暇させてもらおう。
俺は片瀬の傍まで足を進めた。向こうもあたふたと姿勢を正すが、表情はどこか沈んでいる。
なにしてんだかなぁ……。そんな感想を抱きながら俺がぺこりと頭を下げる。
「昨日はその、〝ドッキリを台無し〟にしてしまってすいませんでした」
「え……ドッキリ?」
反応が微妙というか、謝罪の言葉を飲み込めていないような声が降ってくる。
俺が顔を上げると、ポカンとした表情で見下ろしている片瀬と視線が交わった。
「ちょっと花厳ッ、あんたこの期に及んでまだふざける――」
「――待って! 柚希ちゃん! ……か、花厳君、あの、ドッキリって、どういうこと、かな?」
「どういうことって……そのまんまの意味ですよ。あの手紙は俺を騙そうとしてたんですよね?」
「え、あ、えっと……その……」
「違うんですか?」
俺が聞き返すと片瀬は首がもげるんじゃないかと心配になってしまうくらいブンブン横に振る。
「――ち、違くない! 花厳君の言った通り、あれはドッキリだったの!」
「ですよね」
「う……うん」
か細い声で答えた片瀬は、そのまま俯いてしまう。
なんか変な感じな終わり方だな。でもま、これで柊の気もすんだろうし、さっさと帰ろ。
「それじゃ俺はこれで――」
「――あ、あのッ、花厳君ッ!」
踵を返そうとする俺を片瀬が呼び止めてきた。
俺は無言で続きを促す。が、片瀬は視線を落とし指遊びしてるだけで切り出そうとしない。
吹奏楽部が練習を始めたのか、個性豊かな音たちが聴こえてくる。
「あ――あたしと!」
胸に手を当て顔を上げた片瀬の表情は、勇気に満ち溢れていた。
「あたしと友達になってくれませんかッ!」
「嫌です」
俺は即答し、今度こそ片瀬に背を向けた。
「――友達になってあげて」
のだが、何故か笑顔でいる柊に行く手を塞がれてしまう。
「いや百歩譲って謝るのはいいとしても、友達になる義理はないでしょ」
「友達に、なって、あげて?」
「わかったわかったわかったから離れて!」
笑顔のまま額に青筋を立て詰めよってきた柊に、早くも俺は白旗を振る。
ったく、注文多いわ怖いわで碌な女じゃねーなコイツ。そう悪態つきながら俺は片瀬へと向き直る。
勇気が空振りに終わった代償か、しゅんと縮こまっている片瀬。罪悪感を与えることに長けているんですね。
「ああ……その、やっぱ友達になりましょうか」
「――――――うんッ!」
ニコパッ、と破顔する片瀬。ほんと恐ろしい生物ですよ。
「じゃ、じゃあ、その、LINE交換、しない?」
「いやいくら友達だからってそれは――」
ガシッ、と肩を強めに掴まれる。後ろから感じるただならぬ気配に、俺は諦めることを余儀なくされる。
「と、友達なんですからLINE交換くらいしますよね……是非是非……」
「えへへ、ありがと!」
こうして俺のLINEに〝さよたん〟という新しい友達が追加されたのだった。