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第26話 沈黙の差異

 こっちに向かって走ってきていた片瀬は、俺の存在を認めるなり急停止。体を反転させ、なにやらこそこそしている。髪をいじっているのだろうか?


 見たところ、ペットと散歩中のようだ。突然立ち止まったあるじの周囲を、わんちゃんが『どうした! なにがあったッ!』と心配するように歩き回っている。


「花厳さん、沙世ちゃんとお知り合いなんですか?」


 片瀬が俺の名を口にしたからだろう。おばあさんが確認するように訊いてきた。


「あ、はい。学校が同じでして」


「そうでしたか」


「それよりも、さっき片瀬におばあちゃんって呼ばれてましたけど……その、祖母と孫の関係で?」


「ええ、そうです」


 おいおいマジかよ。え、この人と同じ血が片瀬にも通ってるってこと? まるで似てないんだが。


「――きゃッ」


 片瀬とおばあさん――否、片瀬ババさんが血縁関係であることに俺が内心で驚いていると、短い悲鳴が聞こえてきた。


 見れば片瀬が盛大にすっ転んでいた。リードが足に巻きついていたのに気付いていなかったのだろう。


 そんな孫の姿を見て、片瀬ババさんは頬に手を当て困ったように笑う。


「あらあら、あの子ったら本当におっちょこちょいなんだから」


「いつもあんな感じなんですか?」


「お恥ずかしながら。まったく、誰に似たんでしょうかね」


 少なくともあなたではないと思いますよ。


 そう心中で返し、俺は片瀬に視線を戻す。


 自力で立ち上がり、服についた汚れを手で払う片瀬。その傍でわんちゃんが尻尾をブンブンと振って呑気に主を待っている。


「……………………」


 やがて片瀬は、肩を落としたまま俺達のところに。よっぽど恥ずかしかったのか、耳たぶまで赤くし俯いている。


「……はい、おばあちゃん」


「わざわざありがとうね、沙世ちゃん」


「ちゃんと持ってかなきゃダメだよ。万が一の時に連絡取れなくなっちゃうから」


「どうにも携帯する習慣がなくてね。次からは忘れないように気を付けます」


「うん……」


 すっかり元気をなくしてしまった片瀬。一方で片瀬ババさんは「あらあら、まあ」と口元を押さえて上品に微笑んでいる。


 ――――お。


 主とは違ってわんちゃんは元気一杯の様子。ベンチに両手を乗せ、「へっへっ」と舌を出して俺を見つめている。


 なにこいつ、すんごい可愛いんだけど。


「――あ、こらタロウ! 花厳君に迷惑かけないの!」


「いや、別に迷惑じゃないから大丈夫」


 ご主人に注意されても屁とも思っていない、なんならご主人を転ばせた原因でもあるのに悪びれる素振りすら見せない図太いわんちゃんと睨めっこしながら、俺は片瀬に続ける。


「こいつ、タロウって名前なのか?」


「え……あ、うん。そうだよ」


「柴犬、だよな?」


「うん」


 ほほう、柴犬で名前はタロウとな? 良いではないか良いではないか。変にらず、履歴書の例に出てきそうなネーミングを敢えてチョイスするそのセンス、最高だ。


 野暮ったいくらいの方が馴染みやすくて良い。素敵な名前を貰ったな、タロウよ。


 よおーしよしよし、と俺はタロウの頭を撫で回す。


 喜んでいるのか、はたまた怒っているのか、タロウは尻尾を振ることで反応を示してくれている。前者だと良いんだが。


「我が家のアイドルを気に入ってくれたようでなによりです」


 そう嬉しそうに言った片瀬ババさんが、おもむろに立ち上がる。


「それじゃ私はこの辺で、お暇させていただきますね」


「え、おばあちゃん帰っちゃうの?」


「ええ。頑張ってね、沙世ちゃん」


「が、がが、頑張ってって、な、なんのこと?」


「ふふ――――花厳さん、また」


「あ、はい。また」


 俺が軽く会釈をすると、片瀬ババさんはにっこりと返し、去っていった。


「「……………………」」


 必然とでも言うのだろうか。訪れた無言の時間を、俺はタロウと戯れることで気を紛らわす。


「…………動物、好きなの?」


 不意を打つような片瀬からの素朴な疑問に、一瞬心臓が跳ね上がったが、それを悟られないよう俺は平静を装って答える。


「まぁ、嫌いじゃないな。動物に対しては素でいられるから楽だし、言葉を喋らないから安心だし、なにより可愛いからな」


「……なんか、好きな理由が独特だね」


「よく言われる……こともないな。友達いないから、そもそも答える機会ないし」


「あ……ご、ごめん」


「いや、そこは笑っていいとこだから。じゃないと俺が寂しいヤツみたいになるから。まあ実際そうなんだけども」


「そ、そうだよね……あはは……」


 どう見ても無理して笑っている片瀬。彼女の性格が意図せず俺のメンタルをブレイクしてくる。


「「……………………」」


 そして沈黙。片瀬ババさんとの間で生まれるものとはまるで別物。なんかしら話さないと、そういった強迫観念みたいなものが俺を焦らせる。


 真偽はともかくとして、片瀬が俺を好きという情報も、この空気を気まずく感じさせる要員の一つだ。元々低いコミュニケーション能力が、さらに削られているような、そんな感覚。次に発する声が、震えてしまいそうでちょっと怖い。


 こんなのが続くくらいなら、やっぱり拒絶してしまった方が楽か……、

『心に正直でいられる今を大切に。後悔のないよう……大切に』


 どうにも、今の俺じゃできる気がしないな。


 俺はタロウから手を離し、片瀬に視線を移した。


 目を地に落としている片瀬は、うなだれているようにも恥じているようにも見えた。


 ……まだ汚れてんじゃんかよ。


 タロウに視線を戻すと、『どうしたの? 早く撫でてよ!』とでも言うように首を傾げて舌を出していた。


 俺はタロウの頭をポンポンと優しく叩き、片瀬の元へ向かう。


「…………使ってくれ」


「…………え?」


 俺は尻ポケットからハンカチを取り出し、片瀬に差し出した。

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