第24話 意外な事実1
しばらく降り続いていた雨も今日はお休み、曇天模様の空の下。
家から少し離れた河川敷、慣れた道を一人で歩く土曜の夕方。明日の今頃はきっと、学校だるいと憂鬱になっているだろう。
晴れていれば西日がエモい景色を作り出してくれるんだが……まあでも、天気が良い日より人が少ないから、これはこれで全然あり。
頭の中では相変わらず、正しい解を探し求めて走り回っているけれど、じっと座しているよりかは、精神的に優しい気がする。
そうこうしている内に、お馴染みの休憩スポットに着いた。
「……今日もいるのか」
広いグラウンドにポツンと置いてあるベンチに先客がいた。背筋をピンと伸ばし姿勢よく座っているその後ろ姿を見て、俺はすぐに誰だかわかった。
いや、正確に言うと誰だかはわからない。あの〝ご老人〟の名前を、俺は知らないから。
以前、河川敷の道でへたり込んでいたあのおばあさんを助けたことがあった。
辛そうにしているご老人に手を貸して欲しいと頼まれたら誰だって断れないだろう。俺はおばあさんを背負って自宅まで送り届けた。
以来、ここに顔を出すとちょくちょく話しかけられるようになった。ご婦人もあのベンチが相当気に入ったらしい。
気配を察したのか、おばあさんがこっちに顔を向け、おもむろにお辞儀をした。
倣って俺もぺこりと頭を下げる。
「こんちわっす」
「ええ、こんにちは」
どちらからともなく挨拶をし、返す。それが俺とおばあさんの決まった入り方。
「久しぶりですね、花厳さん」
「そうですね。元気してましたか?」
「はい。元気ですよ」
「それは良かったです」
おばあさんは優しそうに微笑み、視線を流れる川に戻す。俺はその横によっこいせと腰を下ろした。因みに、おばあさんが俺の名前を知っているのは助けた時に訊ねられたからだ。
俺はチラとおばあさんを横目で見やる。
黒を基調とした服装に、綺麗に染まっている白髪。いつもいつも穏やかな表情を浮かべていて、落ち着き払っている。
あまり多くは語らない人だが、不思議と会話がなくても間が持つ。
元々、一人を好んで訪れていたこの場所。誰かと一緒になんて望んでいなかったが、この人に限っては疲れないから別。むしろ心地良いまである。
こういう風な大人になりたいと、本心から思える数少ない人物だ。
「……どうかしましたか?」
俺からの視線に気づいたのか、おばあさんが首を傾げる。
「あ、いえ」
俺はなんでもないと返し、顔を前に向けた。が、横から視線が途切れず注がれているのを感じる。
「なにか……悩んでいるんですか?」
「え――」
すぐさま顔を戻すと温和な顔つきをしてるおばあさんと目が合った。
その瞳に、なにもかも見透かされているような気がして、俺の中で浮かんだ否定の言葉はあっけなく霧散する。
たとえるなら母親。嫌なことがあった日、心配をかけまいと平然を装って帰宅するも、すぐに見抜かれてしまう、あんな感じだ。
誤魔化せる気がしない。だから俺は、素直に認める。
「まあ、そうっすね……悩みといっても、ひどく自分勝手なもんですが」
「そうですか……」
訊くだけきいても、踏み込んではこない。この人ならではの会話の終わらせ方。
再び景色を眺めるおばあさん。けれどもその横顔は、景色ではないどこか遠くを見つめているよう。
独特だ。若輩者の俺じゃまずあんな顔はできない。積み重ねてきた人生経験が違いすぎる。
このおばあさんにも、悩みとかあるのだろうか?
ふと思った疑問、
「あの――――」
悩みってあります? 気付けば俺は、そう訊ねていた。